関東Sランク達の評価
都内某所にある政府施設、その地下会議室には、国内でも限られた人間しか足を踏み入れられない面々が集まっていた。
関東を主な活動拠点とするSランク冒険者たち。
一人で大規模な魔物災害へ対処できる戦力であり、場合によっては国家から直接協力を求められる者たちだ。
そんな人間が同じ部屋に何人もいるのだから、さぞ物々しい会議が行われている――というわけでもない。
「では、今月確認された新種については、各自資料に目を通しておいてください。東京異界第四十七区画については、引き続き立入制限を継続します」
政府担当者が淡々と説明を終える。
西郷は欠伸を噛み殺しながら、分厚い資料を閉じた。
月に一度の関東Sランク定例会議。
異界の変化や新種の魔物、政府からの協力要請などを共有するための場であり、出席者にとっては見慣れた光景だった。
「以上で定例の議題は終了です」
ようやく終わりか。
そんな空気が流れた直後だった。
「続いて、臨時の議題に移ります」
正面の大型モニターが切り替わる。
映し出された人物を見て、西郷は盛大に顔をしかめた。
「……やっぱり、それやんのか」
黒に近い甲冑。
顔を完全に覆う面。
そして、二メートル近い毒々しい紫色の刀。
昨日、世界中を騒がせた男だった。
撮影者さん。
その呼び名だけなら随分と平和だが、今や海外メディアまで連日取り上げる時の人である。
「昨日の配信終了以降、複数の国から日本政府へ問い合わせが入っています」
担当者が資料をめくる。
「主な問い合わせは三点。彼は日本政府所属の冒険者なのか。Sランクとして認定されている人物なのか。そして――」
モニターの中で、甲冑の男が紫色の刀へ手をかける。
『斬』
一閃。
巨大な魔物の身体へ深い斬撃が走った。
「彼は何者なのか」
そこで映像が止まった。
「知らねえよ」
西郷が即答した。
「こちらもです」
「お前らが言うなよ」
会議室のあちこちから苦笑が漏れる。
四十代ほどの女性が頬杖をついた。
「政府、本当に知らないの?」
「把握していません」
「所属も?」
「不明です」
「本名は?」
「不明です」
「冒険者ランク」
「それも不明です」
女性が呆れたように西郷を見る。
「何なら分かってるのよ」
「俺に聞くな」
「少なくとも、日本人である可能性は極めて高いと考えています」
「そこからなの?」
また笑いが起こった。
もっとも、政府側が冗談を言っているわけではない。
本当に分からないのだ。
本人は素性を明かさない。
顔も隠している。
分かっているのは、異界の深層を歩き回れるだけの実力があり、異様なほど戦闘に慣れているということくらいだった。
細身のSランクがタブレットを操作する。
映像が巻き戻った。
「で、実際どうなんだ?」
その一言で、会議室の空気が少しだけ変わる。
「こいつ、本当にSランク級なのか?」
今度は冒険者としての話だった。
女性もモニターへ視線を戻す。
「身体能力だけなら、少なくともAランク以上でしょうね」
「俺もそんなもんだと思う」
西郷が答える。
「ただ――」
映像の中で、巨大な魔物の爪が振り下ろされた。
撮影者さんは半歩ずれる。
それだけで避けた。
反撃。
踏み込む。
斬る。
魔物が振り返るより先に、もう死角へ抜けている。
「こいつ、戦闘経験がおかしい」
西郷の言葉に、誰も反論しなかった。
速い。
強い。
そんな単純な話ではない。
相手が動き出す前に、その次を読んでいる。
どこへ立てば攻撃されるのか。
どこなら避けられるのか。
どの瞬間に踏み込めば殺せるのか。
それを考えているようにすら見えない。
身体が勝手に動いている。
そんな戦い方だった。
「能力でゴリ押してるタイプじゃないわね」
「少なくとも映像を見る限りはな」
西郷は顎を掻く。
「長いこと実戦やってる奴の動きだ」
映像が切り替わる。
今度は例の紫色の刀だ。
「問題はこっちだな」
細身の男が呟いた。
配信内で本人が語ったところによれば、異界で拾った武器らしい。
しかも特殊な一点物というわけではなく、同系統の武器が存在する規格化された装備。
使用すると敵だけでなく使用者の血まで吸い、酷く疲れるため普段は使いたくない。
本人はそんな説明をしていた。
「物騒ねえ」
「異界産なんざ、そんなもんだろ」
西郷が肩をすくめる。
「だから、この映像だけで本人の戦闘力を測るのは無理だ。刀がどこまで強いのか分からねえ」
「つまり、撮影者さんがSランクかどうかは?」
担当者に聞かれ、西郷は少し考えた。
「分からん」
即答だった。
「少なくともA以上。戦いには馬鹿みたいに慣れてる。そこまでは言える。Sかどうかは、まともな武器持たせて何度か戦わせなきゃ判断できねえよ」
他のSランクたちも概ね同意する。
世界中ではすでに『日本に新たな最強の冒険者が現れた』などと騒がれているが、現役のSランクたちの評価は意外なほど冷静だった。
そのときだった。
「でも、正体なら簡単に調べられるんじゃないですか?」
声を上げたのは、この中では最も若い男だった。
二十代半ば。
Sランクへ昇格してから、まだそれほど年月が経っていない。
「絢香って配信者、知り合いなんでしょう?」
西郷の眉が僅かに動いた。
政府担当者は表情を変えない。
「本人へはすでに確認しています」
「それで?」
「回答は得られていません」
「なら、もっと強く聞けばいい」
男は何でもないことのように言った。
「政府案件なんですよね? 無理にでも聞き出せば――」
ガタン。
椅子が鳴った。
若い男が口を止める。
西郷が立っていた。
「おい」
低い声だった。
先ほどまでの緩い空気が消えている。
「今の、もう一回言ってみろ」
「……何ですか」
「絢香さんに何するって?」
「別に、危害を加えろとは言ってません。事情聴取くらい――」
「無理にでも聞き出すっつったよな」
「国家の安全保障に関わるなら当然でしょう」
西郷が一歩出る。
それだけで、若い男の表情が強張った。
「関係ねえ女締め上げて、それで何がSランクだ」
「西郷さんには関係ないでしょう」
「あ?」
空気が軋む。
Sランク同士が本気でぶつかれば、この程度の会議室など壁一枚残るかも怪しい。
しかし、他のSランクたちは止めなかった。
むしろ若い男を見る目の方が冷たい。
政府担当者が小さく息を吐いた。
「西郷さん、そこまでにしてください」
「……チッ」
「それと」
担当者は若い男へ視線を向けた。
「政府として、彼女に強制的な聴取を行う予定はありません」
「ですが――」
「どうしても実行したいのであれば、政府は止めません」
若い男が怪訝そうな顔をする。
担当者は淡々と続けた。
「綾香様のお兄様に殺されたいのでしたら、ご自由にどうぞ」
沈黙。
若い男が目を瞬いた。
「…………様?」
誰も答えない。
西郷は椅子へ戻りながら額を押さえた。
女性のSランクは露骨に視線を逸らす。
細身の男など、先ほどからタブレットを見たまま顔を上げようともしない。
「いや、待ってください」
若い男が周囲を見る。
「なんですか、その反応」
返事はない。
「絢香の兄って、何者なんです?」
政府担当者は資料を一枚めくった。
「今回の議題とは関係ありません」
「絶対あるでしょう」
「ありません」
「じゃあ、なんで『様』なんですか」
「関係ありません」
若い男は納得できない顔をしていたが、西郷は教えてやる気などなかった。
知らないなら、そのままの方がいい。
世の中には、Sランクになった程度で首を突っ込まない方がいい相手もいる。
「話を戻します」
担当者がモニターへ向き直る。
そこには再び、甲冑姿の撮影者さんが映っていた。
「現時点で、日本政府は彼を危険人物とは判断していません。犯罪行為は確認されておらず、昨日の配信についても、発端はこちらからの注意喚起要請です」
「むしろ協力してもらってる側だろ」
西郷が言う。
「その認識です」
だから、拘束する理由もなければ、無理に正体を暴く理由もない。
問題は別にある。
「ただし、彼の影響力は無視できない規模になりました」
昨日の配信だけで一億人。
切り抜きや転載まで含めれば、映像を目にした人間はその比ではない。
各国政府が問い合わせてくるのも当然だった。
「当面は接触を試みながら静観します。本人から協力の意思が示された場合は、改めて対応を協議します」
誰も異論を挟まなかった。
敵ではない。
少なくとも今は。
ならば、わざわざ敵に回す必要もない。
西郷はモニターを眺めた。
黒い甲冑。
顔を隠す面。
毒々しい紫色の大刀。
どう考えても目立つために選んだとしか思えない格好である。
なのに本人は正体を明かす気がない。
「……しかし」
西郷が呟いた。
「こいつ、なんで装備変えるたびに騒ぎでかくしてんだ?」
誰も答えなかった。
少なくとも、この会議室にいる人間の中に。
昨日の配信が終わったあと、当の本人が自宅でのんびり寝ていたことを知る者はいなかった。




