撮影者さん説明する
サバンナ階層へ到着すると、二人は早速配信の準備を始めた。
近藤が機材を組んでいる間に、友丸も装備を替える。
取り出したのは、以前、異界の遺跡で見つけた黒いスーツだった。
氷竜を倒した時に着ていた物と同じで、見た目こそ普通のスーツに近いが、れっきとした異界産の防具である。
腰には、あの時使った小型ナイフ。
ここまで揃えば、顔を隠していても分かる者には分かるだろう。
最後に、近藤から渡されたお面を被る。
子ども向けアニメに登場するヒーローの顔が、爽やかな笑顔を浮かべていた。
「……似合ってます」
「スーツと合ってなくない?」
「……子どもには受けると思います」
「受けなくていいんだけど」
友丸が首を傾げている間に、近藤も自分のお面を取り出した。
普段の彼女なら、背中まで伸びた髪に目元まで覆う前髪。声も小さく、人と目を合わせることすら苦手である。
だが、お面を被った瞬間――。
「それじゃあ今日も元気にいきましょー! コンちゃんねる、スタートでーす!」
別人になった。
「……毎回すごいな」
友丸の呟きを置き去りにして、配信が始まる。
待機していた視聴者が一斉に流れ込み、コメント欄が猛烈な速度で動き始めた。
『きた!』
『コンちゃん待ってた!』
『今日どこ?』
『背景すごくない?』
『こんな階層あった?』
最初に注目されたのは、コンではなく背後の景色だった。
どこまでも続く草原。
遠くには巨大な獣の群れらしき影があり、時折、聞いたこともない鳴き声が風に乗って届く。
普段、浅層から中層を中心に配信しているコンの視聴者にとって、見覚えのない場所だった。
「皆さん、気になりますよねー! でも今日は場所より、もっと気になることがあります!」
コンがカメラへ人差し指を立てる。
「実は今回、とんでもない方に来ていただきました!」
『ゲスト?』
『珍しい』
『誰だろ』
『有名な冒険者?』
「私も、この方を配信に呼ぶ日が来るとは思っていませんでした!」
少し離れたところで待っていた友丸が首を傾げた。
昨日頼んだ時は、近藤の方があっさり了承していたはずなのだが。
配信というのは、こういうものなのだろう。
「今、世界中がその正体に注目している人物! 氷竜討伐の映像を撮影し、一夜にして世界中で話題になった――!」
コメント欄の流れが変わった。
『え?』
『待って』
『まさか』
『いやいやいや』
コンが勢いよく横へ手を向ける。
「撮影者さんでーす!」
友丸がカメラの前へ出た。
黒いスーツ。
腰の小型ナイフ。
そして、子ども向けのヒーローのお面。
「どうも」
コメント欄が爆発した。
『ええええええ!?』
『撮影者さん!?』
『スーツ同じじゃん!』
『あのナイフだ!』
『本物!?』
『なんでそのお面w』
『声! あの声だ!』
『コンちゃんどういう繋がり!?』
友丸は流れていく文字を眺めた。
さすがに反応が速すぎて読めない。
視聴者数も凄まじい勢いで増えている。
コンが友丸へマイクを向けた。
「まず皆さんが気になっていると思います! 撮影者さん、どうして今回コンちゃんねるに?」
「コンとは前から知り合いだから」
『前から!?』
『初耳』
『どうやって知り合ったんだよ』
『コンちゃん説明して!』
「その話はまた今度です!」
コンが強引に押し切った。
友丸も二人の出会いを詳しく説明するつもりはない。
深層でたまたま会った。
言葉にすれば、それだけなのだから。
「今回はちゃんとした理由があります」
コンの声から、ほんの少しだけふざけた調子が抜ける。
「氷竜の配信以降、撮影者さんの格好を真似する冒険者が世界中で増えています」
『スーツとナイフか』
『めちゃくちゃいる』
『うちのクランにもいるぞ』
「それで怪我人が増えてるらしい」
友丸が続けると、コメントが一斉に流れた。
『らしいってw』
『他人事すぎる』
『原因の人が言うな』
「俺が真似してくれって言ったわけじゃないからな」
それは先に言っておきたかった。
「海外から日本政府にも色々言われてるみたいで、本人から危険だって説明してくれって頼まれた。だから今日はコンに手伝ってもらってます」
『政府案件!?』
『規模がおかしい』
『世界中で問題になってんのか』
コンも頷く。
「私も最近、ナイフ一本で魔物へ突っ込む方を何度か見ました。危ないので、本当にやめてくださいね!」
「別にナイフが悪いわけじゃないけどな」
友丸は腰から一本のナイフを抜いた。
「慣れてる人には使いやすい。軽いし、取り回しもいい。狭い場所なら長い武器より便利な時もある」
刃渡りは短い。
大型の魔物を前にすれば、頼りなく見えるほどだ。
「ただ、魔物相手だと――」
そこで言葉を止める。
友丸の顔が草原の奥へ向いた。
「どうしました?」
「あれ、ちょうどいいな」
背の高い草が揺れていた。
直後、巨大な影が姿を現す。
虎に似た魔物だった。
四足で立っているにもかかわらず、その頭は人間の遥か上。頭から尾まで含めれば十メートル近い。
こちらを認識したのか、巨大な牙を剥き出しにする。
『でかっ』
『待って待って』
『コンちゃん逃げて!』
『何がちょうどいいんだよ!』
友丸は自分が持っていたカメラをコンへ差し出した。
「これもお願い」
「実演ですね!」
「うん。少し上からも撮って。あと、ついてきて」
「了解です!」
一台のカメラを受け取ったコンが、すぐに友丸の後ろへ回る。
虎型の魔物が低く身を沈めた。
友丸はナイフ一本を持って歩き出す。片手にはカメラ。
「ナイフを使うなら、これくらい近づく必要がある」
言い終わるより先に、虎が地面を蹴った。
巨体が一気に迫る。
振り抜かれた前脚が画面を覆い――。
一瞬、映像が暗転した。
『え?』
『消えた?』
『どこ!?』
次の瞬間。
友丸はすでに虎の懐へ潜り込んでいた。
ナイフを腹部へ突き立てる。
咆哮。
巨体が身体を捻り、前脚が横薙ぎに振るわれる。
その時にはもう、友丸は後方へ抜けていた。
だが、離れたのも一瞬。
踏み込む。
刺す。
かわす。
また入る。
虎が爪を振り下ろすたび、紙一重でその範囲から外れ、直後には再び懐へ潜り込む。
一撃では終わらない。
刃が短い以上、大型の魔物へ致命傷を与えるには何度も接近しなければならない。
そのたびに、巨大な牙と爪の間合いへ自分から入っていく。
『速すぎる』
『これ無理だ』
『一回ミスったら死ぬじゃん』
『ナイフ買った俺、そっと箱に戻す』
『ていうかコンちゃん普通について行ってない?』
カメラは、一度も友丸を見失っていなかった。
友丸が加速すれば、コンも加速する。
背後から、時には少し高い位置から、戦闘の全体像を正確に捉えていく。
最後に友丸が大きく踏み込んだ。
爪を潜り抜け、首元へ。
ナイフが深く突き刺さる。
虎型の魔物が数歩よろめき――轟音とともに倒れた。
友丸は刃を抜く。
「こんな感じ」
『こんな感じじゃない』
『よく分かった』
『絶対真似しません』
『説明として完璧なの腹立つw』
友丸はコンのカメラへナイフを向けた。
「Aランクくらいの身体能力があるか、ナイフの扱いにかなり慣れてる人ならいいと思う。でも、異界でメイン武器にするなら俺は勧めない」
コンも隣から付け加える。
「特に初心者の皆さん! 見た目だけで真似するのは絶対にやめましょう!」
今度は素直なコメントが多かった。
『はーい』
『槍使います』
『長剣に戻します』
『説得力ありすぎた』
その中に、一つの質問が流れた。
『そのナイフって氷竜倒した時の?』
友丸が拾う。
「そうだよ」
再びコメントが加速した。
『マジか!』
『伝説のナイフじゃん』
『メーカーどこ!?』
『異界産?』
『いくらするんだ』
「ホームセンターで買った」
コメント欄が止まったように見えた。
「千円くらい」
そして、一気に流れる。
『は?????』
『1000円!?』
『嘘だろw』
『氷竜倒した武器だぞ!?』
『どこのホームセンターだよ』
友丸は手元のナイフを見た。
「ただ、この前ので刃こぼれしたから研ぎに出したんだよ」
『そりゃそうだろ』
『むしろ原形残ってるのか』
「三千円取られた」
『安いだろ!』
『そっち気にしてんの!?』
『新品三本分w』
『氷竜倒したんだから払えよ!』
友丸は少し不満だった。
「だって新品なら三本買えるぞ」
コンがとうとう耐えきれなくなった。
「撮影者さん! そういう問題じゃありませんから!」
世界中の冒険者へ危険性を伝えるための注意喚起配信。
少なくとも、始めた時はそういう予定だった。




