いざ撮影場所へ
翌朝。
東京異界の入口近くで、友丸は壁にもたれて近藤を待っていた。
周囲には朝から大勢の冒険者が行き交っている。
黒いスーツ姿も相変わらずちらほら見かけたが、友丸へ視線を向ける者はいない。
当然といえば当然だった。
伸び放題の髪に、古びた服。腰に提げているのも、いつもの小太刀である。
数日前、氷竜を倒して世界中で話題になった『撮影者』が、そんな格好で突っ立っているとは誰も思わない。
しばらくして、人混みの中から一人の女が歩いてきた。
「……お待たせしました」
「おはよう」
背中まで伸びた髪に、目元を覆う長い前髪。
近藤も今日はお面をつけていない。
二人はそのまま並んで自動改札へ向かった。
どちらも人目を避けることには慣れている。
特別なことをしているようには見えないが、自然と人混みに紛れ、気配も薄い。
そのせいもあって、誰一人として二人に気づかなかった。
片方は世界中が正体を探している謎の撮影者。
もう片方は、登録者三百万人を超える人気配信者。
その二人が並んで歩いているというのに、振り返る者すらいない。
「……楽でいいな」
「……ですね」
二人は冒険者カードを通し、東京異界へ入った。
今回、撮影機材は近藤が用意している。
もっとも、普段の配信場所で撮影するつもりはなかった。
撮影者本人が出演すると知られれば、何が起きるか分からない。
人が来ると面倒臭い。
二人の意見は、それだけで一致していた。
浅層を抜け、中層を越え、そのまま奥へ進んでいく。
日が傾き始めた頃、二人が辿り着いたのは見覚えのある森だった。
数日前、絢香とキャンプした場所である。
「今日はここまででいいか」
「……はい」
森の入口で一泊する。
簡単に食事を済ませ、翌朝には再び出発した。
そこから先は、一般の冒険者が気軽に足を踏み入れる領域ではない。
砂漠の階層を横断する。
さらに進めば、景色は一変した。
一面の雪原。
かつて氷竜がいた場所だった。
近藤が周囲を見回す。
「……ここですか」
「うん」
「……本当に一人で?」
「絢香もいたぞ」
「戦ったのは?」
「俺」
「……ですよね」
近藤はそれ以上聞かなかった。
二人は雪原も越えていく。
やがて白一色だった景色が途切れ、乾いた風が吹き抜けた。
広大な草原。
遠くには背の高い草が波打ち、そのさらに向こうを巨大な獣影がゆっくりと横切っている。
サバンナ階層だった。
近藤が辺りを見渡した。
「……ここなら、まず来ませんね」
「だろ」
撮影者本人が出るから人が集まる。
なら、人が来られない場所で撮ればいい。
二人にとっては、それだけの話だった。
近藤が背負っていた荷物を下ろし、撮影機材の準備を始める。
その横で友丸は適当な岩へ腰を下ろした。
「そういや近藤」
「……はい?」
「Sランクの審査、まだ受けてないの?」
近藤の手が止まった。
「……受けてません」
「なんで?」
「……面接があるので」
「ああ」
友丸は納得した。
近藤はAランク冒険者だ。
ただし、それは実力がAランクという意味ではない。
実際の戦闘能力だけなら、すでにSランク相当と見られている。
炎を操る能力の覚醒者。
火力だけなら国内でも有数であり、それも近藤が人気を集めた理由の一つだった。
なにしろ彼女の配信スタイルと、あまりにも相性がいい。
お面を被った近藤が、
『灼熱ぅぅぅ! 超爆炎バーニング――!』
などと叫ぶ。
直後、本当に巨大な炎が魔物を吹き飛ばす。
子どもが喜ばないはずがなかった。
「受ければいいじゃん」
「……嫌です」
「Sランクになれるだろ」
「……審査で人と話します」
「うん」
「……Sランクになったら、もっと人前に出ます」
「まあ、そうだな」
「……嫌です」
「そっか」
友丸はあっさり引き下がった。
気持ちは分からなくもない。
近藤がお面を被れば、話はまったく別なのだが。
準備を終えた近藤が鞄から二つのお面を取り出した。
一つを自分へ。
もう一つを友丸へ差し出す。
「……これ、坂田さんのです」
友丸は受け取った。
子ども向けアニメに登場するヒーローのお面が、爽やかな笑顔を浮かべている。
「これ被って注意するの?」
「……顔、出せないので」
「そうだけどさ」
世界各国の政府まで巻き込んだ騒動への注意喚起である。
その本人が、子ども向けのお面を被って登場する。
友丸はしばらくお面を眺めた。
まあいいか。
顔が出なければ何でもいい。
その横で、近藤も自分のお面を被る。
そして――。
「はぁーい! みんなー! 今日も元気に異界を楽しんでるかなぁー!」
サバンナに、とんでもなく明るい声が響き渡った。
友丸は無言で近藤を見る。
つい数秒前まで、面接が嫌だとぼそぼそ喋っていた女と同一人物には見えない。
「今日はなんとぉー! 超! 超! 超特別ゲストが来てくれていまーす!」
「まだ撮ってないぞ」
近藤の動きが止まった。
お面を外す。
「……練習です」
「そう」
「……本番は、もっとちゃんとやります」
「これ以上やるの?」
「……はい」
友丸は手にしたヒーローのお面を見つめた。
少しだけ、帰りたくなった。




