秋葉原へ行こう
翌日。
友丸は秋葉原に来ていた。
かつて電気街として知られ、時代とともにアニメやゲーム、配信文化の街としても発展した場所だが、異界の出現から四十年が経った現在、電気街としての顔も再び強くなっている。
理由は単純だった。
異界で使う電子機器の需要が、とにかく多い。
耐衝撃カメラ、高感度マイク、小型通信機器、予備電源、魔素環境に対応した各種端末。探索用に改造された市販品から専門機器まで、必要な物は秋葉原へ来れば大抵揃う。
配信冒険者にとっても馴染み深い街だった。
そんな大通りから少し外れた路地に、小さな電機修理店がある。
友丸は慣れた様子で扉を開けた。
「近藤、いる?」
「……います」
奥から小さな声が返ってくる。
作業台の向こうに、一人の女が座っていた。
背中まで伸びた長い髪。
前髪も長く、目元はほとんど見えない。
薄暗い店内で黙々と電子基板へ向かっている姿だけを見れば、とても三百万人以上の登録者を抱える人気配信者には見えなかった。
近藤。
小さな電機修理店を営む一方で、Aランク冒険者として活動している配信者でもある。
「昨日の話だけど」
「……はい」
「本当にいいの?」
「……別に」
会話が続かない。
友丸も特に気にしなかった。
昔からこうである。
二人が知り合ったのは東京異界の深層だった。
友丸が一人で歩いていたところ、同じように一人で歩いていた近藤と出会った。
お互い、前髪で顔がよく見えなかった。
妙な親近感があった。
もっとも、髪を伸ばしている理由は少し違う。
近藤には近藤なりの理由がある。
友丸は単純に、
「髪切りに行くの、面倒臭いんだよな」
「……知ってます」
それだけだった。
近藤が作業を止める。
「それで……何をするんですか」
「政府から、真似すんなって言えって」
「……それだけ?」
「それだけ」
「……五分で終わりますね」
「俺もそう思ってる」
話が早い。
友丸は近くの椅子へ座った。
「ただ、場所どうする?」
「いつもの場所だと……人、来ますよ」
「だよな」
近藤は普段、東京異界の浅層から中層を中心に配信している。
魔物の特徴。
危険な攻撃。
安全な距離の取り方。
初心者にも分かるよう説明しながら実際に討伐するのが、彼女の配信スタイルだった。
冒険者の間でも知名度は高い。
まして今回は、世界中で話題になっている『撮影者』本人が出る。
事前に場所が知られれば、野次馬が集まるのは目に見えていた。
「じゃあ深層でいいか」
「……はい」
即決だった。
人が来ない場所なら、人が来ない場所へ行けばいい。
二人ともAランクとCランクという違いこそあれ、深層へ入ること自体に抵抗はない。
「あと俺、顔どうする?」
「……これ」
近藤が作業台の下へ手を伸ばした。
ごそごそと探した後、何かを取り出す。
子ども向けのアニメキャラクターのお面だった。
「…………」
友丸は受け取った。
派手な色使いのヒーローが、満面の笑みを浮かべている。
「これ被るの?」
「……私も被ります」
そう言って近藤が、もう一つのお面を取り出した。
こちらも同じアニメに登場するキャラクターだった。
友丸は知っている。
近藤は配信中、常にこの手のお面を被っている。
素顔を一切公開していない。
そして――。
「じゃあ、一回確認しますね」
近藤がお面を被った。
次の瞬間だった。
「はーい! というわけで今回は特別ゲストと一緒に、東京異界の深層からお届けしまーす!」
「…………」
声量が三倍くらいになった。
椅子から立ち上がり、カメラもないのに両腕まで大きく広げている。
「そして今回のゲストはー! なんと! 今、世界中で話題沸騰中のあの人です!」
近藤がお面を外す。
「……こんな感じで」
「毎回思うけど、疲れない?」
「……仕事なので」
一瞬で元に戻った。
友丸は手元のお面を見る。
近藤が子どもたちから絶大な人気を誇る理由は、初心者向けの丁寧な解説だけではない。
魔物を倒す時には、毎回アニメの必殺技のような技名まで叫ぶ。
それが子どもに受け、一部のアニメ好きにも受け、気づけば登録者は三百万人を突破していた。
「俺もあれやるの?」
「……必殺技ですか?」
「やらない」
「……残念」
「絶対やらないからな」
近藤は少しだけ考え、それから頷いた。
「……じゃあ明日、深層で」
「了解」
政府から頼まれたのは、世界中へ向けた注意喚起。
その撮影場所は東京異界深層。
出演者は、子ども向けアニメのお面を被ったAランク配信者と、同じく子ども向けのお面を被った謎の撮影者。
友丸は手元の満面の笑みを浮かべるお面を見下ろした。
「……これで本当に注意喚起になるのか?」
「……たぶん」
近藤の返事は、あまり自信がなかった。




