スーツ男の影響
数日後。
昼前、友丸の携帯が鳴った。
画面に表示された名前を見て、友丸は僅かに眉を寄せる。
珍しい相手だった。
「もしもし」
『坂田友丸。お前のせいで怪我人が多数出ている』
「俺のせいじゃねえだろ」
あまりにも理不尽な第一声に、友丸は即座に言い返した。
『撮影者の真似をして、小型ナイフで魔物へ突っ込む馬鹿が増えている』
「そいつらのせいじゃねえか」
『私もそう思う』
「じゃあなんで電話してきたんだよ」
『日本だけなら放っておく』
その言葉に、友丸が少し黙った。
嫌な予感がする。
『アメリカ、ヨーロッパ、中国、東南アジア。今や世界中だ。黒いスーツに小型ナイフで異界へ入る連中が急増している』
「……そんな流行ってんの?」
『お前は自分がどれだけ話題になっていると思っている』
「知らねえよ」
『だろうな』
呆れた声が返ってきた。
数日前、東京異界でも似たような冒険者を何人も見かけた。
まさか海外まで同じことになっているとは思わなかった。
『おかげで各国政府から日本政府へ要請が来ている。撮影者本人から、模倣をやめるよう注意してほしいそうだ』
「政府が注意すればいいだろ」
『各国とも、とっくにやっている』
「じゃあ俺が言っても同じじゃね?」
『本人が言うのと政府が言うのでは違う』
「面倒臭いな……」
友丸は椅子へ腰を下ろした。
すると電話の向こうから、さらに面倒そうな話が続いた。
『それから、各国からもう一つ要望が来ている』
「まだあんの?」
『今後は、他の異界から持ち帰った武器や防具を使えと』
「…………は?」
友丸は携帯を耳から離しかけた。
聞き間違いかと思った。
「なんで?」
『撮影者が明らかに特殊な装備を使っていると分かれば、スーツとナイフだけ真似する者も減る――というのが向こうの言い分だ』
「いや、それ俺の物だろ」
『そうだな』
「なんで外国の政府に使う装備まで決められなきゃならないんだ」
『私に怒るな』
「つけ上がってない?」
『つけ上がっている』
即答だった。
友丸は思わず黙った。
政府の人間が認めるくらいには、向こうの要求も行き過ぎているらしい。
「じゃあ断ってくれよ」
『もう断った。お前が何を持ち込み、何を使うかは日本政府が決めることでもない』
「ならいいじゃん」
『だから装備の話はな』
嫌な言い方だった。
『代わりに注意喚起くらいはしてくれ。こちらも各国に対して話をつけやすくなる』
「嫌だよ。俺、配信者じゃないし」
『世界中から配信者だと思われている』
「撮影してただけだぞ」
『龍をナイフで殺しながらな』
「たまたま持ってたのがあれだっただけだって」
『それを世界中の冒険者に説明してやれ』
完全に面倒事を押しつけられている。
友丸が返事をせずにいると、女がふと思いついたように言った。
『それとも、私と結婚するか?』
「しない」
『まだ何も言っていないぞ』
「どうせ結婚したら何とかしてやるとかだろ」
『よく分かったな。私と結婚するなら各国政府くらい黙らせてやる』
「注意喚起する方がマシだな」
『そこまで嫌か』
「面倒事が増えるだろ」
『失礼な男だ』
声は怒っていなかった。
むしろ少し楽しんでいる。
友丸は小さく息を吐いた。
「絢香に頼んで配信で言ってもらえば?」
『彼女は無理だろう』
「ああ……」
言ってから友丸も納得した。
数日前に見た絢香の店を思い出す。
長蛇の列にテレビクルー。
ただでさえ人気配信者だったところへ、氷竜の一件まで重なった。今はまともに時間を取れる状態ではないだろう。
少し考えて、別の顔が浮かんだ。
「……近藤に頼むか」
『近藤?』
「あいつなら顔も出してないし、俺が出ても問題ないだろ」
近藤の配信へ声だけ出て、真似をするなと注意する。
それなら大した手間でもない。
『できるのか?』
「聞いてみないと分からん」
『なら頼んだ』
「断られたら知らねえぞ」
『その時は結婚という選択肢が――』
「切るぞ」
『冗談だ』
絶対に半分くらい本気だろう。
友丸は通話を終えると、そのまま近藤へ連絡を入れた。
事情を話してみる。
しばらくして返ってきた答えは、思った以上にあっさりしていた。
『いいですよ。やりましょう』
「……軽いな」
ともあれ、近藤とのコラボ配信が決まった。




