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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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配信者さんの真似

「……金がない」


財布を開いた友丸は、しばらく中身を見つめていた。


家賃を払い、ナイフの修理代を払い、溜めていた光熱費もまとめて片づけた。


その結果、財布は見事なまでに軽くなっている。


別に今日明日の飯に困るわけではない。


ただ、このまま何もしなければ、そう遠くないうちに困る。


氷竜の牙を売ればしばらく働かなくても済む程度の金にはなるだろうが、あれは冴木に預けたままだ。


売るにしても少し待てと言われている。


となれば、やることは決まっていた。


「潜るか」


結局、友丸は小太刀を持ってアパートを出た。


東京ゲートへ着いたのは、昼前だった。


平日にもかかわらず、巨大な複合施設の中は相変わらず人が多い。


異界へ向かう冒険者。


素材を抱えて戻ってきた一団。


買い取り所に並ぶ者。


配信用の機材を抱えた若者たち。


いつもと変わらない光景――のはずだった。


「…………」


自動改札へ向かっていた友丸の足が止まる。


黒いスーツ姿の男がいた。


それだけなら珍しくない。


最近は探索防具も随分と種類が増え、普段着に近いデザインの物も多い。


問題は、その男が手にしている武器だった。


小型ナイフ。


少し離れたところにもいる。


こちらは二人組で、揃って細身の黒い服を着ている。


腰に下げているのは、やはり小型ナイフ。


さらにその先では、カメラを構えた若い配信者が声を張り上げていた。


「今日は話題の撮影者さんスタイルで、東京異界に挑戦していきます!」


友丸はその横を通り過ぎた。


数歩進んでから、自分の格好を見る。


くたびれたロンT。


何度も穿いたズボン。


腰にはいつもの小太刀。


数日前、世界中から注目された撮影者本人とは到底思えない。


「……流行ってるのか?」


知らない間に探索装備の流行でも変わったのだろうか。


そんなことを考えながら冒険者カードを改札へ通し、東京異界へ入る。


浅層も、やはり普段とは少し違っていた。


採取依頼を受けた新人。


企業所属らしい統一装備の一団。


数人で固まって進むパーティー。


その中に、明らかに小型ナイフを持った冒険者が増えている。


「うおっ!」


少し先で声が上がった。


若い男が、ゴブリンの振り下ろした棍棒を慌てて避ける。


手には小型ナイフ。


反撃しようと踏み込むが、間合いが近すぎる。


ゴブリンがもう一度棍棒を振り上げたところで、仲間の槍が横から伸びて牽制した。


「危な……」


友丸は思わず呟いた。


小型ナイフそのものが悪いわけではない。


取り回しがよく、狭い場所では便利だ。


解体にも使えるし、使い慣れた人間なら十分武器にもなる。


ただ、刃が短いということは、それだけ魔物の懐へ入らなければならないということでもある。


慣れていない人間が、わざわざ主武器に選ぶような物ではない。


「撮影者さんみたいに懐まで入ればいいんだって!」


「お前さっき死にかけてただろ!」


「今のはタイミングが悪かっただけ!」


後ろから聞こえてきた会話に、友丸は振り返った。


そこでようやく気づいた。


「……俺の真似か」


どうやらそうらしい。


少しだけ申し訳ない気持ちになったが、別に真似してくれと頼んだ覚えはない。


そもそも友丸自身、普段からナイフ一本で戦っているわけでもなかった。


今日は普通に小太刀を持ってきている。


友丸はそれ以上考えるのをやめた。


今日の目的は金である。


浅層を適当に回り、換金しやすい素材を集めていく。


遭遇した魔物は小太刀で手早く処理した。


途中、黒いスーツ姿の配信者と何度かすれ違ったが、誰も友丸には興味を示さない。


当然だった。


彼らが探しているのは、黒いスーツを着て小型ナイフを使う謎の撮影者。


目の前を歩いているのは、くたびれた格好のCランク冒険者である。


一時間ほどで、手持ちの袋がそれなりに膨らんだ。


「こんなもんか」


ちょうど腹も減ってきた。


友丸は探索を切り上げ、一区へ向かった。


東京異界の入口に近い一区には、冒険者向けの店が集中している。


武器屋、防具屋、買い取り所、簡易宿泊施設。


そして食堂。


友丸が最初に向かったのは、絢香の店だった。


何か適当に食べさせてもらおう。


そう思って通りへ入ったところで、足が止まる。


「……なんだこれ」


行列だった。


店の前から伸びた列が、隣の建物を越えている。


普段から人気店ではある。


異界素材を使った料理で知られているし、絢香自身が人気配信者でもある。


それにしても今日は多すぎた。


しかも客だけではない。


店の前にはテレビクルーまでいる。


カメラを向けられた客が、楽しそうにインタビューへ答えていた。


「この前の配信を見て来ました!」


「深層で食べてた料理、食べてみたくて!」


「撮影者さんもここに来るかもしれないですよね?」


友丸は黙って踵を返した。


無理だ。


飯を食うためだけに並ぶ人数ではない。


それ以上に、あのテレビカメラの前へ出ていく気になれなかった。


一区を少し歩き、別の食堂へ入る。


こちらもそれなりに混んでいたが、幸い空席はある。


友丸は日替わり定食を注文し、壁際の席へ座った。


料理を待っていると、周囲の会話が自然と耳に入ってくる。


「もう出るらしいぞ」


「何が?」


「スーツ型の探索防具」


隣のテーブルにいた男が、携帯の画面を見せる。


「これ」


「早くないか?」


「元々開発中だったらしい。撮影者さんで一気に注目集まったから、発売を前倒しするって」


「便乗じゃねえか」


「メーカーも隠してないぞ。『次世代探索スタイル』だって」


「たくましいな」


友丸は水を飲みながら聞いていた。


少し離れた席からも声がする。


「俺、予約した」


「マジで?」


「軽いらしいぞ」


「お前、先月フルプレート買ったばっかだろ」


「これからは軽装の時代だよ」


「昨日まで重装こそ正義って言ってたじゃねえか」


「時代は変わるんだ」


「三日で?」


別の席ではナイフの話だった。


「小型ナイフ、どこも売れてるってよ」


「撮影者さん効果?」


「らしい」


「真似するのは勝手だけど、主武器にするのはやめとけよ」


「なんで?」


「あれ、ナイフが強いんじゃなくて本人が強いだけだろ」


その意見には、友丸も心の中で頷いた。


ちょうど日替わり定食が運ばれてくる。


焼き魚に白飯、味噌汁と小鉢。


「いただきます」


ようやく落ち着いて飯が食える。


焼き魚へ箸を伸ばしたところで、店内のテレビから聞き覚えのある単語が流れてきた。


『――謎の撮影者を巡っては、現役Sランク冒険者の西郷さんのコメントも大きな話題となっています』


友丸がなんとなく顔を上げる。


画面には、先日放送された情報番組の一部が流れていた。


西郷。


国内でも数少ないSランク冒険者の一人。


百名規模の大型クランに所属し、自身も人気配信者。


容姿も良く、テレビへの出演も多いため、異界に詳しくない人間でも顔くらいは知っている。


友丸も名前は知っていた。


画面では、西郷が撮影者の戦い方や装備について話している。


『実力は高いと思います。ただ、小型ナイフで龍種へ接近するのは危険ですし、見た目だけを真似するのは勧めません』


「そりゃそうだ」


友丸は味噌汁を飲んだ。


その後、画面が切り替わる。


今度は西郷が妙に熱い表情で何かを語っていた。


テロップには大きく、


『絢香さん! 僕はあなたを愛しています!』


「また流されてる」


近くの席で笑い声が上がった。


「昨日から何回見たんだよ、これ」


「撮影者の解説で呼ばれたのに、途中から全部絢香の話だったからな」


「七回コラボ断られてるの全国にバラされたのも笑った」


友丸の箸が止まる。


隣の席へ少し顔を向けた。


「西郷って、絢香のこと好きなの?」


男がこちらを見る。


数秒、間があった。


「……知らなかったの?」


「うん」


「冒険者で知らない奴、初めて見た」


「そんな有名?」


「西郷が絢香さんに相手にされてないの、下手したら本人の戦績より有名だぞ」


「へえ」


初めて知った。


友丸はもう一度テレビを見る。


ちょうど配信映像が映っていた。


雪原を歩く絢香と、その横でカメラを持つ黒い人影。


画面の下には、


『西郷「距離が近い!」』


と大きな文字まで出ている。


友丸は焼き魚を一口食べた。


「……大変だな」


自分のことなのだが、いまいち実感がない。


それより気になったのは、後ろの席から聞こえてきた話だった。


「そういや、撮影者モデルのナイフも出るって」


「もう?」


「同型じゃなくて、撮影者スタイルだってさ」


「スーツ型防具も来月出るんだろ?」


「絶対売れるだろ」


「本人に金入るのかな」


「入るわけないだろ。誰かも分かってねえんだから」


友丸の箸が止まった。


ゆっくりと顔を上げる。


それから自分の腰にある小太刀を見る。


スーツ型防具。


小型ナイフ。


配信企画。


関連商品。


本人の知らないところで、随分と大きな金が動き始めているらしい。


「……一円も入らないのか」


今日一番、少しだけ損をした気分になった。

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