最強メンタルSランク西郷
翌日の昼。
都内のテレビ局では、昨日の深層配信が早くも特集として組まれていた。
大型モニターに映し出されているのは、雪原を進む絢香と、その先に現れた巨大な氷竜。
画面の隅には大きく、
『世界が注目! 謎の撮影者は何者?』
の文字が躍っている。
「昨日、最大同時接続数二千万人を記録した人気冒険者・絢香さんの深層配信。中でも世界的な注目を集めているのが、こちらの撮影者さんです」
女子アナウンサーの説明とともに、映像が切り替わった。
氷竜の爪が振り抜かれ、雪原を斬撃が走る。
撮影者はそれを避けながら接近。
尾撃を片腕で受け、その勢いを利用するように巨体へ飛び乗る。
そして小型ナイフを鱗の隙間へ何度も突き立てた。
映像が止まる。
「そこで本日は、現役Sランク冒険者の西郷さんにお越しいただきました」
「よろしくお願いします」
爽やかな笑顔で頭を下げたのは、二十代後半の男だった。
国内でも数少ないSランク冒険者の一人。
百名を超える大型クランに所属し、自身の配信チャンネルも国内有数の登録者数を誇る。整った容姿もあってテレビ出演も多く、異界に興味がない層にまで名前を知られている。
「早速ですが、西郷さん。この撮影者さんについて、どうご覧になりましたか?」
「強いですよ」
答えは早かった。
「少なくとも映像を見る限り、かなり高い身体能力を持っています。ただ――ネットは少し騒ぎすぎかなとは思います」
「騒ぎすぎ?」
「氷竜は確かに危険な魔物です。ただ、Sランクであれば龍種を独討伐できる人間は国内にもいます。今回の映像だけで世界最強クラスだとか、そういう評価をするのは早いでしょう」
女子アナが頷く。
「では、西郷さんでも?」
「倒せます」
さらりと言った。
そこに虚勢はない。
実際、西郷にはそれだけの実績がある。
「ただ、戦い方は褒められませんね」
再び映像を見る。
「まず武器が短すぎます。氷竜相手に小型ナイフを選ぶ理由が分からない。しかも映像を見る限り、高位の異界武器には見えません」
「服装についても話題になっています」
「これもですね」
黒い探索服姿が拡大される。
「性能は分かりません。ただ、メーカーも不明、装備構成も不明。防具らしい防具もない。これを見て初心者が真似するのは絶対にやめてください」
そこまでは、現役Sランクらしい真っ当な解説だった。
女子アナも感心したように頷いている。
「一方で、絢香さんはこの方をかなり信頼されているようでした」
西郷が止まった。
「…………」
「西郷さん?」
「はい」
大型モニターで別の場面が流れる。
『私、髪濡らしたくないから撮影者さんよろしく』
『はいはい』
『終わった?』
『終わったよ』
『早かったわね』
スタジオへ戻る。
西郷はモニターを見ていた。
「…………」
「非常に仲が良さそうですよね」
「そうですか?」
女子アナが僅かに笑う。
「昔からのお友達だそうです」
「友達ですよね?」
「そうおっしゃっていました」
「ですよね」
西郷が深く頷いた。
「友達です」
「はい」
「男女の友情は成立しますから」
「はい……?」
「むしろ素晴らしいことだと思います」
女子アナの口元が僅かに引きつった。
司会者が笑いながら口を挟む。
「西郷さん、絢香さんとは以前からお知り合いなんですか?」
「もちろんです」
「何度かコラボのお誘いも?」
「七回ですね」
即答だった。
女子アナが目を瞬く。
「回数、覚えていらっしゃるんですね」
「当然でしょう」
「ちなみに実現したことは?」
「ありません」
堂々としていた。
スタジオから小さな笑いが漏れる。
「全部断られた?」
「正確には三回断られて、二回既読無視、一回未読無視、一回『その日たぶん寝てる』んです」
「最後、断られてますよね?」
「予定が合わなかっただけです」
女子アナがカメラから顔を逸らした。
肩が僅かに震えている。
しかし西郷は止まらない。
「そもそもですね」
姿勢を正した。
「僕は以前から絢香さんを非常に尊敬しています」
「はい」
「料理ができる」
「はい」
「強い」
「はい」
「綺麗」
「……はい」
「優しい」
女子アナが一瞬考えた。
「それは……西郷さんにも?」
「もちろんです!」
声が大きくなった。
「去年、僕の配信にコメントしてくれました!」
「なんと?」
「『うるさい』と!」
スタジオが静まり返った。
女子アナが俯く。
司会者が口元を押さえる。
「……それ、優しいんですか?」
「見てくれていたんですよ!?」
「なるほど……」
「何万人も配信者がいる中で僕の配信を見て! わざわざ文字を打って! 送信ボタンまで押してくれた!」
「前向きですね」
「しかも四文字!」
「四文字しか、では?」
「四文字もです!」
西郷がカメラへ向き直った。
もはや撮影者の分析番組ではなかった。
「僕はこの場を借りて言わせてもらいます!」
「西郷さん?」
「絢香さん!」
女子アナがとうとう吹き出した。
「僕はあなたを愛しています!」
全国放送だった。
「八回目のコラボ、お待ちしています!」
「告白じゃなくてコラボなんですね……」
「まずはそこからです!」
「七回断られてますけど」
「八回目があります!」
「強いですね、西郷さん」
「Sランクですから!」
「そこにランク関係あります?」
スタジオに笑いが広がった。
やがて女子アナがどうにか進行を戻す。
「えー……西郷さんの熱いお気持ちは、十分すぎるほど伝わりました」
「ありがとうございます」
「では改めまして、謎の撮影者について――」
「一つだけいいですか?」
「まだあるんですか?」
西郷がモニターを指差した。
そこには、絢香と撮影者が並んで雪原を歩いている場面が映っている。
「この男」
声が低くなった。
「距離近くないですか?」
女子アナが固まった。
司会者が天井を仰ぐ。
「西郷さん」
「はい」
「先ほど男女の友情は素晴らしいと」
「それとこれは別問題です」
「別なんですか?」
「別です」
「何が違うんでしょう」
「僕にも分かりません!」
「分からないんですね……」
女子アナは笑顔のまま、そっと手元の台本へ視線を落とした。
今日の特集は、謎の撮影者について現役Sランク冒険者に分析してもらう予定だった。
少なくとも、打ち合わせではそう聞いていた。




