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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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17/74

最強メンタルSランク西郷


翌日の昼。


都内のテレビ局では、昨日の深層配信が早くも特集として組まれていた。


大型モニターに映し出されているのは、雪原を進む絢香と、その先に現れた巨大な氷竜。


画面の隅には大きく、


『世界が注目! 謎の撮影者は何者?』


の文字が躍っている。


「昨日、最大同時接続数二千万人を記録した人気冒険者・絢香さんの深層配信。中でも世界的な注目を集めているのが、こちらの撮影者さんです」


女子アナウンサーの説明とともに、映像が切り替わった。


氷竜の爪が振り抜かれ、雪原を斬撃が走る。


撮影者はそれを避けながら接近。


尾撃を片腕で受け、その勢いを利用するように巨体へ飛び乗る。


そして小型ナイフを鱗の隙間へ何度も突き立てた。


映像が止まる。


「そこで本日は、現役Sランク冒険者の西郷さんにお越しいただきました」


「よろしくお願いします」


爽やかな笑顔で頭を下げたのは、二十代後半の男だった。


国内でも数少ないSランク冒険者の一人。


百名を超える大型クランに所属し、自身の配信チャンネルも国内有数の登録者数を誇る。整った容姿もあってテレビ出演も多く、異界に興味がない層にまで名前を知られている。


「早速ですが、西郷さん。この撮影者さんについて、どうご覧になりましたか?」


「強いですよ」


答えは早かった。


「少なくとも映像を見る限り、かなり高い身体能力を持っています。ただ――ネットは少し騒ぎすぎかなとは思います」


「騒ぎすぎ?」


「氷竜は確かに危険な魔物です。ただ、Sランクであれば龍種を独討伐できる人間は国内にもいます。今回の映像だけで世界最強クラスだとか、そういう評価をするのは早いでしょう」


女子アナが頷く。


「では、西郷さんでも?」


「倒せます」


さらりと言った。


そこに虚勢はない。


実際、西郷にはそれだけの実績がある。


「ただ、戦い方は褒められませんね」


再び映像を見る。


「まず武器が短すぎます。氷竜相手に小型ナイフを選ぶ理由が分からない。しかも映像を見る限り、高位の異界武器には見えません」


「服装についても話題になっています」


「これもですね」


黒い探索服姿が拡大される。


「性能は分かりません。ただ、メーカーも不明、装備構成も不明。防具らしい防具もない。これを見て初心者が真似するのは絶対にやめてください」


そこまでは、現役Sランクらしい真っ当な解説だった。


女子アナも感心したように頷いている。


「一方で、絢香さんはこの方をかなり信頼されているようでした」


西郷が止まった。


「…………」


「西郷さん?」


「はい」


大型モニターで別の場面が流れる。


『私、髪濡らしたくないから撮影者さんよろしく』


『はいはい』


『終わった?』


『終わったよ』


『早かったわね』


スタジオへ戻る。


西郷はモニターを見ていた。


「…………」


「非常に仲が良さそうですよね」


「そうですか?」


女子アナが僅かに笑う。


「昔からのお友達だそうです」


「友達ですよね?」


「そうおっしゃっていました」


「ですよね」


西郷が深く頷いた。


「友達です」


「はい」


「男女の友情は成立しますから」


「はい……?」


「むしろ素晴らしいことだと思います」


女子アナの口元が僅かに引きつった。


司会者が笑いながら口を挟む。


「西郷さん、絢香さんとは以前からお知り合いなんですか?」


「もちろんです」


「何度かコラボのお誘いも?」


「七回ですね」


即答だった。


女子アナが目を瞬く。


「回数、覚えていらっしゃるんですね」


「当然でしょう」


「ちなみに実現したことは?」


「ありません」


堂々としていた。


スタジオから小さな笑いが漏れる。


「全部断られた?」


「正確には三回断られて、二回既読無視、一回未読無視、一回『その日たぶん寝てる』んです」


「最後、断られてますよね?」


「予定が合わなかっただけです」


女子アナがカメラから顔を逸らした。


肩が僅かに震えている。


しかし西郷は止まらない。


「そもそもですね」


姿勢を正した。


「僕は以前から絢香さんを非常に尊敬しています」


「はい」


「料理ができる」


「はい」


「強い」


「はい」


「綺麗」


「……はい」


「優しい」


女子アナが一瞬考えた。


「それは……西郷さんにも?」


「もちろんです!」


声が大きくなった。


「去年、僕の配信にコメントしてくれました!」


「なんと?」


「『うるさい』と!」


スタジオが静まり返った。


女子アナが俯く。


司会者が口元を押さえる。


「……それ、優しいんですか?」


「見てくれていたんですよ!?」


「なるほど……」


「何万人も配信者がいる中で僕の配信を見て! わざわざ文字を打って! 送信ボタンまで押してくれた!」


「前向きですね」


「しかも四文字!」


「四文字しか、では?」


「四文字もです!」


西郷がカメラへ向き直った。


もはや撮影者の分析番組ではなかった。


「僕はこの場を借りて言わせてもらいます!」


「西郷さん?」


「絢香さん!」


女子アナがとうとう吹き出した。


「僕はあなたを愛しています!」


全国放送だった。


「八回目のコラボ、お待ちしています!」


「告白じゃなくてコラボなんですね……」


「まずはそこからです!」


「七回断られてますけど」


「八回目があります!」


「強いですね、西郷さん」


「Sランクですから!」


「そこにランク関係あります?」


スタジオに笑いが広がった。


やがて女子アナがどうにか進行を戻す。


「えー……西郷さんの熱いお気持ちは、十分すぎるほど伝わりました」


「ありがとうございます」


「では改めまして、謎の撮影者について――」


「一つだけいいですか?」


「まだあるんですか?」


西郷がモニターを指差した。


そこには、絢香と撮影者が並んで雪原を歩いている場面が映っている。


「この男」


声が低くなった。


「距離近くないですか?」


女子アナが固まった。


司会者が天井を仰ぐ。


「西郷さん」


「はい」


「先ほど男女の友情は素晴らしいと」


「それとこれは別問題です」


「別なんですか?」


「別です」


「何が違うんでしょう」


「僕にも分かりません!」


「分からないんですね……」


女子アナは笑顔のまま、そっと手元の台本へ視線を落とした。


今日の特集は、謎の撮影者について現役Sランク冒険者に分析してもらう予定だった。


少なくとも、打ち合わせではそう聞いていた。

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