撮影者さん、必殺技を叫ぶ
「じゃあ、五分後にもう一回配信する」
友丸がそう告げると、コメント欄に疑問符が並んだ。
《もう一回?》
《ナイフ講座の続き?》
《まだ何かやるの?》
ナイフの実演は終わっている。使い慣れた者なら武器になるが、異界での主武器としては勧めない。その理由も実演を交えて説明した。注意喚起としては、それで十分なはずだった。
「海外の政府から、日本政府に話が来てるらしくてな」
友丸は面倒そうに続けた。
「どうせ真似されるなら、もっとまともな武器と防具を使ってほしい、と」
「撮影者さんの真似をして、怪我をする人が出てるそうですからね」
「俺に言われても困るんだけどな」
スーツ姿で異界へ入り、小型ナイフで魔物に挑む。世界中でそんな者が増えているらしいが、友丸は真似してくれと頼んだ覚えなど一度もない。
それでも日本政府から、他に武具を持っているなら一度くらい使って見せてほしいと言われてしまった。
「まあ、撮影者さんが勧めたわけじゃないですからね」
「だろ?」
「ちなみに、今度は何を使うんです?」
「着替えたら分かる。五分休憩」
友丸はそれだけ言い残し、配信を切った。
◇
五分後、配信を再開すると、待ち構えていた視聴者が一斉に入ってきた。
短い告知は、その間に海外へも広まっていたらしい。同時視聴者数はみるみる増え、三千万を突破しても勢いが衰えなかった。
数字を確認したコンが、楽しそうに笑う。
「お待たせしました。今度は子どもたちと海外ニキたちが大騒ぎしますよ」
そう言ってカメラを向けた先には、甲冑姿の友丸が立っていた。
肩から脚までを覆う、古めかしい造りの甲冑。その腰には、全長二メートル近い大刀が差されている。鞘も柄も紫色で、装飾というには毒々しい色合いだった。
《え?》
《SAMURAI?》
《刀でかくない?》
戸惑うコメントが流れたのは、最初の数秒だけだった。
《SAMURAI!!!!》
《WHAT!?》
《紫の刀!?》
《撮影者さん今度は侍になったぞ!》
《COOOOOOL!!》
《子供が絶対真似するやつ》
《日本政府、本当にこれでいいのか?》
コンは友丸の全身を映してから、腰の大刀へカメラを寄せた。
「……撮影者さん」
「なんだ」
「絶対、真似する人が増えますよ」
「知らん」
「今回、注意喚起のための配信ですよね?」
「別の武具を使えって言われたから、使ってるだけだ」
言われたとおりではある。ただ、日本政府の担当者がこの姿を想像していたかどうかは分からない。
友丸は紫刀の柄へ手を置いた。
「これは昔、異界の遺跡で見つけた」
異界では魔物の素材や未知の鉱物のほかに、武器や防具、薬などが見つかることもある。特に遺跡から発見される品には、現代の技術で再現できないものも多かった。
使い道が分からないまま保管されている品もあれば、効果が判明しても扱いに困る品もある。
「刀と甲冑で一対なんだ。揃えて使う武具らしい」
「かなり珍しいものですよね?」
「らしいな」
「それなら、どうして今まで使わなかったんです?」
「危ないから」
刀を映していたカメラが、ゆっくり友丸の顔へ戻った。
「……危ない?」
「ああ。ずっと倉庫で埃かぶってた」
「ちょっと待ってください。海外の政府は、もっとまともな武具を使ってくれって言ったんですよね?」
「そうだな」
「そこで、危なくて倉庫にしまってた武具を持ってきたんですか?」
「防御力がある防具、これしか持ってないんだよ」
コンは口を開きかけ、結局そのまま閉じた。
《選択肢がなかった》
《防御力はあるんだな》
《攻撃力が不安なんですが》
《倉庫に戻した方がよくない?》
友丸は仮面の上へ小型カメラを固定し、コンに向き直った。
「効果も見せる。その前に、周りを確認するぞ」
広いサバンナに人影は見当たらない。それでも、見える範囲に誰もいないというだけでは足りなかった。
友丸が周囲の気配を探る間、コンもカメラを回しながら遠くまで目を配った。近づいてくる者も、草木の陰にいる者もいない。
二人で確認を終えてから、友丸は背後を示した。
「後ろから撮ってくれ。距離は取れよ」
「どのくらいです?」
「かなり」
「もう少し具体的にお願いします」
友丸に手で促され、コンは後ろへ下がっていった。途中で一度振り返ったが、まだ下がれと合図が来る。
ようやく友丸が頷いたところで、カメラを構え直した。
「……ここまで離れる必要があるんですね」
返事の代わりに、友丸が正面を向く。
仮面に固定したカメラは、友丸の視線の先を映していた。コンの映像には、甲冑姿の背中と、その向こうに広がるサバンナが収まっている。
友丸は刃をわずかに引き出し、親指を当てた。血が刀身へ触れたのを確かめて鞘へ戻すと、左手で鞘を押さえ、右手を柄に添える。
腰を落とした直後、甲冑の隙間から白い煙が噴き出した。
肩や腕、腰や脚から溢れた煙が全身を包み、風に押されて後ろへ流れてくる。その中で友丸は構えを崩さず、紫刀の柄へ手を掛けていた。
コンが思わず呟く。
「……カッコよ」
《分かる》
《甲冑から煙出てる!!》
《SAMURAI!!》
《映画じゃねえぞこれ!》
《日本ずるい》
《これ絶対流行る》
《注意喚起どこ行った》
友丸にはコメントを見る余裕も、見る気もなかった。
息を整え、腰をひねる。右手が柄を引き、鞘から抜けた紫色の刀身が正面を横に払った。
コンの画面では、その動きをほとんど捉えられなかった。
爆発も轟音もない。友丸の正面を映す映像に、横一線の歪みが走っただけだった。
「……?」
コンはカメラ越しにサバンナを見つめた。
一見、何も変わっていない。土煙も上がらず、草も風に揺れている。だが、さっきまで画面の右側にあった木が、妙に低くなっていた。
上半分がない。
幹が途中で途切れ、その先にあるはずの枝も葉も消えていた。倒れたのなら周囲に残っているはずだが、それらしいものは見当たらない。
「……え?」
コンはカメラを動かした。
隣の木も同じだった。その奥にある木も、さらに遠くの木も、同じ高さで途切れている。拡大してみても、切り落とされたはずの上半分はどこにもなかった。
友丸の正面から、遥か彼方まで。
視認できる限り、木々はすべて同じ状態になっていた。
その途中に、二十メートルはある大型の魔物がいた。
いや、まだ下半身はそこにある。だが、胴体の途中から上が消えていた。頭も腕も地面には落ちておらず、血が噴き出す様子さえない。
残された脚が折れ、巨体が地面へ崩れた。
コンは無言のまま、カメラを向け続けていた。
《……は?》
《上どこ行った?》
《今の何?》
流れ続けていたコメントが、目に見えて少なくなった。
友丸は刀を鞘へ戻すと、小さく息を吐いた。甲冑から噴き出していた煙が収まり、風に流されて薄れていく。
「この刀、血を吸わせると次元を切るんだ」
コンから返事はなかった。
「甲冑と一緒に使って、今ので三割くらい」
《三割!?!?!?》
《THIRTY PERCENT!?》
《地平線の方まで消えてないか!?》
《FULL POWERは!?》
《NO FULL POWER!!》
《絶対やるな!!》
《次元を切るってなんだよ!!》
《日本政府これ見てる!?》
《これがまともな武器!?》
《SAMURAI!!!!》
コメント欄が再び埋まった。
友丸は背後を振り返る。
「コン?」
呼ばれても、コンは消えた木々の方を見ていた。
「おい」
「……はい!」
ようやく友丸へ顔を向け、それから手元の画面を確認する。流れてくるコメントに目を通したところで、何を言うべきか思い出したらしい。
「えー……皆さん。今のを見て、遺跡で武具を拾えば自分にもできる、とは絶対に思わないでください」
そこで言葉を切り、甲冑姿の友丸を見た。
「珍しい武具なのは確かですけど、たぶん一番おかしいのは、使ってる人です」
「失礼だな」
「あの景色を見ても同じことが言えます?」
「だから普段は使わないんだよ。疲れるし」
友丸は腕を回し、肩の具合を確かめた。
コンが近づいてくる。
「見た感じ、平気そうですけど」
「結構疲れてるぞ」
「ちなみに、これまで何回くらい使ったんです?」
「今回で二回目」
「……二回目?」
「ああ」
「本気で使ったことは?」
「ない」
コンは紫刀へ目を落とした。
最初は信じられないものを見る顔だった。だが、刀と友丸を交互に眺めているうちに、少しずつ表情が変わっていく。
友丸は嫌な予感がした。
「撮影者さん」
「なんだ」
「もう一回お願いします」
「嫌だ」
間を置かずに断ったが、コンは引かなかった。
「威力を落としていいですから!」
「疲れるって言っただろ」
「一回だけです。今度はちゃんと撮ります!」
「撮れてたじゃないか」
「映像は撮れてます。でも、僕が何も喋れてないんですよ!」
「知らんがな」
《気持ちは分かる》
《解説する前に終わったもんな》
《もう一回見たい》
《PLEASE!!》
《今度はもっと威力落としてくれ》
コンは画面を友丸へ向けた。
「ほら、視聴者の皆さんも見たいって」
「一回目の映像を見返せばいいだろ」
「それはあとで何回でも見ます」
「じゃあ十分だ」
友丸が話を切り上げようとしたところで、コンがもう一歩近づいた。
「あと今度は、必殺技名を叫んでからお願いします!」
「絶対嫌だ」
さっきよりも速い拒絶だった。
コンは引くどころか、楽しそうに笑った。
「この格好で居合ですよ? 技名がないのはもったいないです!」
「何がもったいないんだ」
「甲冑から煙まで出るんですよ!」
「お前、注意喚起する気あるのか?」
コンは一瞬黙ったが、手元の画面を見てすぐに立ち直った。
《必殺技!!!!》
《SPECIAL ATTACK!!》
《技名を叫べSAMURAI!!》
《コン頑張れ!!》
《海外ニキ一同からお願いします》
《これは聞きたい》
「あります。真似しないように、あとでもう一度ちゃんと言います」
「あとで済ませるな」
「だから、お願いします。一回だけ!」
画面には《PLEASE》が流れ続けていた。国内の視聴者も海外の視聴者も、この件に関しては意見が一致しているらしい。
友丸が黙っていると、コンはカメラを持ったまま頭を下げた。
「一生のお願いです!」
「配信者の一生、軽すぎるだろ」
友丸は仮面の奥で目を閉じた。
ここで断っても、しばらくは同じやり取りが続くだろう。コンの顔を見れば、そのくらいは分かった。
長いため息を吐く。
「……一回だけだからな」
「やった!」
コンが拳を握り、コメント欄にも歓声が並んだ。
「威力は落とすぞ」
「もちろんです!」
「あと、技名は言わん」
「そこまでお願いします!」
「勝手に条件を増やすな」
「さっきからお願いしてます!」
確かに言ってはいた。友丸は了承していないのだが、コンはその違いを気にするつもりがないらしい。
さらに押し問答を続けた末、友丸はもう一度、サバンナの方へ向き直った。
周囲に変化がないことを確かめ、刀身へ血を吸わせる。コンは先ほどと同じ位置まで下がり、今度こそとばかりにカメラを構えていた。
「一回だけだぞ」
「はい!」
「これで終わりだからな」
「はい! お願いします!」
返事だけはいい。
友丸は左手で鞘を押さえ、右手を柄へ添えた。腰を落とすと、再び甲冑の隙間から白い煙が溢れ出す。
《来るぞ!!》
《SAMURAI!!》
《録画した》
《技名何だろう》
《PLEASE!!》
コンは画角を確かめながら、友丸へ声を張った。
「撮影者さん! 必殺技名、忘れないでくださいね!」
忘れてくれていたらよかったのに、と思った。
ここまで来て、まだそれを求めるのか。友丸は柄を握ったまま、数秒ほど黙っていた。
背後ではコンが待っている。カメラの向こうでは、三千万人以上が待っている。
友丸は諦めて息を吐くと、心底嫌そうな声で、必殺技の名を口にした。
タイトル変更。旧タイトル、必殺技




