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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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必殺技


「じゃあ、五分後にもう一回配信する」


友丸がそう告げた途端、コメント欄が疑問符で埋まった。


ナイフの実演は終わった。


使い慣れている者なら武器になる。だが、異界でのメイン武器としては勧めない。


今回の注意喚起としては、それで十分なはずだった。


「海外の政府から、日本政府に話が来てるらしくてな」


友丸は面倒そうに続ける。


世界中で『撮影者さん』の真似をする者が増えている。


スーツ姿で異界へ入り、小型ナイフを片手に魔物へ挑む者まで現れ、すでに怪我人も出ているらしい。


そこで海外の政府から、日本政府へ要望が来た。


――どうせ流行るなら、もっとまともな武器と防具を使わせてくれ。


「俺に言われても困るんだけどな」


本当にその通りである。


友丸は誰かに真似してくれと頼んだ覚えなど一度もない。


だが日本政府からも、他に武具を持っているなら一度くらい使ってくれと言われてしまった。


「着替えるから、五分休憩」


それだけ言い残し、友丸は配信を切った。


五分後。


配信を再開した瞬間、待ち構えていた視聴者が雪崩れ込んできた。


先ほどの告知は、わずか五分の間に世界中へ拡散されていたらしい。


同時視聴者数は凄まじい勢いで跳ね上がり、あっさり三千万を突破した。


その数字を確認したコンが、楽しそうに笑う。


「今度は子ども達と海外ニキ達が阿鼻叫喚しますね」


そう言って、カメラを友丸へ向けた。


コメント欄が止まった。


《…………》


《え?》


《SAMURAI?》


次の瞬間、爆発した。


《SAMURAI!!!!》


《WHAT!?》


《刀でかすぎだろ!》


《紫!?》


《撮影者さん今度は侍になったぞ!》


《COOOOOOL!!》


《子供が絶対真似するやつ》


《日本政府、本当にこれでいいのか?》


画面の中央に立っていたのは、先ほどまでのスーツ姿の男ではない。


全身を覆う古めかしい甲冑。


そして腰には、刀と呼ぶにはあまりにも巨大な代物が差されていた。


全長は二メートル近い。


何より目を引くのは、その色だった。


紫。


鮮やかでも上品でもない。


見るからに毒々しい、触れることすら躊躇わせる紫色だった。


コンが深々とため息を吐く。


「……撮影者さん」


「なんだ」


「絶対、真似する人増えますよ」


「知らん」


「今回、真似する人を減らすための配信ですよね?」


「政府に別の武具を使えって言われたから使ってるだけだ」


間違ってはいない。


ただし、日本政府が想定していた『まともな武具』がこれだったかは甚だ疑わしい。


友丸は腰の紫刀へ手を置いた。


「これは昔、異界の遺跡で見つけた」


異界では、魔物の素材や未知の鉱物だけが見つかるわけではない。


遺跡などから武器や防具、道具、薬――時には用途すら分からない品が発見されることがある。


現代の技術では再現できない物も少なくない。


そして当然、安全な物ばかりでもなかった。


「これもその一つ。刀と甲冑で一対。二つ揃って一つの武具らしい」


コンのカメラが甲冑から紫刀へ動く。


「かなり珍しい物ですよね?」


「らしいな」


「なんで今まで使わなかったんです?」


「危ないから」


カメラが止まった。


「……はい?」


「倉庫で埃かぶってた」


「ちょっと待ってください」


「なんだ」


「海外の政府は、もっとまともな武具を使ってくれって言ったんですよね?」


「ああ」


「それ、危ないんですよね?」


「ああ」


「まともとは?」


「防御力がある防具、これしか持ってないんだよ」


仕方なかった。


友丸としては、それだけである。


コンはしばらく何か言いたそうにしていたが、やがて諦めた。


友丸は仮面の上へ小型カメラを固定する。


「効果も見せる」


「……大丈夫なんです?」


「だから確認する」


すぐには始めない。


二人で周囲を見渡した。


広大なサバンナに人影はない。


それでも友丸は念入りに気配を探り、コンもカメラを回しながら周囲を確認する。


他の冒険者はいない。


それを確認してから、友丸が手を振った。


「コン、後ろから撮ってくれ」


「どのくらい離れれば?」


「かなり」


「かなり?」


「かなり」


コンは黙って下がった。


こういう時の友丸には従った方がいい。


付き合いの長さが、そう告げている。


十分に距離を取ったところでカメラを構える。


友丸の頭部に固定されたカメラは正面を。


コンのカメラは、友丸を含めたサバンナ全体を捉えていた。


友丸が紫刀を腰へ据える。


左手で鞘を押さえ、右手を柄へ。


腰を落とした。


居合抜きの構え。


直後。


甲冑から煙が噴き出した。


肩。


腕。


腰。


脚。


甲冑の隙間という隙間から白い煙が溢れ、友丸の全身を包んでいく。


風に流れる煙。


その中心で、紫色の大刀へ手を掛けた甲冑姿の男が微動だにしない。


コンの口から、思わず本音が漏れた。


「……カッコよ」


コメント欄も同意見だった。


《うおおおおおおお!!》


《SAMURAI!!》


《甲冑から煙出てる!!》


《映画じゃねえぞこれ!》


《日本ずるい》


《これ絶対流行る》


《注意喚起とは》


友丸は見ていない。


静かに息を吸う。


吐く。


右手が動いた。


抜刀。


紫色の刀身が鞘から走る。


それだけだった。


爆発はない。


轟音もない。


巨大な斬撃が飛んだわけでもない。


ただ一瞬。


友丸の正面に広がる景色へ、横一線の歪みが走った。


そして、何も起こらない。


「……?」


コンがカメラ越しに目を凝らす。


数秒後。


異変に気づいた。


「…………え?」


木が、おかしい。


サバンナに点在していた木々の上半分がない。


一本ではない。


二本でもない。


友丸の正面。


そこから遥か彼方まで。


同じ高さから上だけが、綺麗に消えていた。


コンがカメラを奥へ向ける。


その先もない。


さらに先も。


ない。


地平線まで。


「…………」


途中には大型の魔物もいた。


二十メートルはある巨体。


その魔物もまた、下半身だけを残して立っていた。


上半身は落ちていない。


血を撒き散らしているわけでもない。


最初からそこに存在しなかったかのように――消えている。


三千万人以上が見守るコメント欄から、文字が消えた。


ほんの数秒。


世界中が沈黙した。


その中心で、友丸だけがいつも通りだった。


紫刀を振り、鞘へ戻す。


「ふぅ……」


小さく息を吐いた。


甲冑から立ち昇っていた煙が、ゆっくり薄れていく。


「この刀、血を吸わせると次元を切る」


コンは返事をしない。


「甲冑と一対でな。二つ揃えて使う」


まだ返事がない。


友丸は消えてしまったサバンナの向こうを眺め、


「今ので三割くらい」


世界が正気を取り戻した。


《三割!?!?!?》


《THIRTY PERCENT!?》


《地平線まで消えたぞ!?》


《FULL POWERは!?》


《NO FULL POWER!!》


《絶対やるな!!》


《次元を切るってなんだよ!!》


《日本政府これ見てる!?》


《これがまともな武器!?》


《SAMURAI!!!!》


コメント欄が完全に壊れた。


「コン?」


「…………」


「おい」


「……はっ!」


ようやくコンが我に返る。


三百万人を超える登録者を抱える配信者の本能か、すぐさまカメラへ向き直った。


「えー……皆さん」


一度言葉を切る。


さすがに何をどう解説すればいいのか迷ったらしい。


「今のを見て、『異界の遺跡で武具を拾えば自分にもできる』とか、絶対に思わないでください」


ちらりと友丸を見る。


「この武具が珍しいのもありますけど……たぶん、一番おかしいのは使ってる人です」


「失礼だな」


「地平線まで消しておいて何言ってるんですか」


友丸は肩を竦める。


「だから使わないんだよ。疲れるし」


「今ので疲れるんですか?」


「結構な」


「ちなみに、これまで何回くらい使ったんです?」


「今回で二回目」


「…………二回目?」


「ああ」


「本気で使ったことは?」


「ない」


コンが固まった。


また数秒。


だが今度の沈黙は、先ほどとは少し違った。


その視線がゆっくりと紫刀へ向かう。


何かを考えている。


そして。


「撮影者さん」


「なんだ」


「もう一回お願いします」


「嫌だ」


即答だった。


「お願いします!」


「疲れるって言っただろ」


「もう一回だけ!」


「やらん」


「お願いします!」


「嫌だ」


コンは引かない。


むしろ目が輝き始めている。


「じゃあ威力落としていいですから!」


「そういう問題じゃない」


「一回! 本当に一回だけ!」


友丸が無視しようとした、その時だった。


「あと今度は、必殺技名を叫んでからお願いします!」


「絶対嫌だ」


今日一番速い拒絶だった。


だが、三千万人の意見は違った。


《必殺技!!!!》


《PLEASE!!》


《SPECIAL ATTACK!!》


《コン頑張れ!!》


《ここで引くな!!》


《海外ニキ一同からお願いします》


《技名を叫べSAMURAI!!》


「ほら! 世界が求めてます!」


「知らん」


「お願いします!」


「嫌だ」


「一回だけ!」


「嫌だ」


「一生のお願いです!」


「配信者の一生、軽すぎるだろ」


それでもコンは諦めない。


国内勢も海外勢も、完全にコン側だった。


画面を埋め尽くす《PLEASE》の文字。


友丸はしばらく無言で耐えていた。


やがて。


「……はぁ」


盛大なため息を吐く。


「一回だけだからな」


「やった!」


コンが拳を握った。


「威力は落とすぞ」


「もちろんです!」


「あと必殺技は言わん」


「そこまでセットです!」


「話が違うだろ」


「お願いします!」


「お前な……」


再び押し問答が始まる。


コメント欄も止まらない。


結局。


数分後。


友丸は再び紫刀を腰へ据えていた。


「……一回だけだからな」


「はい!」


「二度とやらんぞ」


「はい!」


「本当だな?」


「早くお願いします!」


「お前、絶対聞いてないだろ」


友丸は深々と息を吐く。


左手を鞘へ。


右手を柄へ。


腰を落とす。


再び居合の構え。


甲冑の隙間から――煙が噴き出した。


今度は誰も驚かない。


三千万人を超える視聴者が、その先に何が起きるのかを知っている。


コメント欄が猛烈な勢いで流れていく。


コンは十分に距離を取り、カメラを構えた。


「撮影者さん!」


「……なんだ」


「必殺技名、忘れないでくださいね!」


「…………」


煙の向こうで、友丸の右手が紫刀の柄を握る。


数秒の沈黙。


そして友丸は、心底嫌そうな声で必殺技の名を口にした。

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