企業PRをしよう
異界関連企業。
四十年前には存在すらしなかったその業種は、今では世界経済を支える巨大産業の一つとなっている。
異界から持ち帰られた素材を加工する企業もあれば、探索用装備を開発する企業もある。魔物の素材を専門に扱う会社、異界植物から医薬品を開発する会社、各国政府から許可を得て資源採取そのものを請け負う企業まで、その仕事は多岐にわたる。
当然、そこで働く人間すべてが冒険者というわけではない。
研究者、技術者、整備士、分析官、運搬員、営業職。
異界へ直接足を踏み入れる仕事だけでも、数え切れないほどの職種が存在する。
だが――その事実は、意外と知られていない。
『はい。ということで、本日は実際の仕事風景を見てもらおうと思います』
カメラへ向かって話しているのは、ヘルメットを被った若い男性社員だった。
その背後には巨大なゲートと、そこを行き交う人々の姿がある。
金属製のコンテナを運ぶ作業員。
装備を確認している冒険者。
採取物を満載した運搬車。
白衣の上から防護ベストを着込み、何やら話し合っている研究員たち。
そしてゲートの向こうには、地球とは明らかに異なる深い緑の森が広がっていた。
ここは日本国内に存在する大型異界の一つ。
今日行われているのは攻略でも、大規模な資源調査でもない。
異界関連事業を手掛ける大手企業による、人材募集のためのPR撮影だった。
若者の採用を増やしたい。
異界企業が実際にどのような仕事をしているのか知ってもらいたい。
そんな目的で企画された配信である。
参加しているのは十名ほど。
撮影担当に、採取担当、調査担当、それに護衛を兼ねた若手冒険者が数名。
危険な場所へ向かうわけではない。
撮影範囲は、入口からそう離れていない管理区域内に限定されている。
毎日、多くの人間が出入りしている場所だ。
そのため高額な報酬が必要になるベテラン冒険者など、一人も同行していなかった。
『あちらを見てもらうと分かるんですけど、入口付近でも異界特有の植物はかなり生えています』
カメラが動く。
採取担当の女性が、地面に生えている青みがかった植物の前へしゃがみ込んだ。
『これは?』
『リュウセイ草ですね。珍しいものではありませんけど、乾燥させたものが医薬品の原料として使われています。根を傷つけないように、この辺りから――』
専用の器具が土へ入っていく。
植物が掘り出される様子を、カメラが近くから撮影する。
その後も撮影は順調に進んだ。
異界内で働く社員への簡単なインタビュー。
素材の採取方法。
携帯型の魔素濃度計の使い方。
途中では小型の魔物が姿を現し、護衛役の冒険者が討伐する場面も撮影できた。
派手さはない。
未踏区域へ挑むわけでもなければ、巨大な魔物と戦うわけでもない。
配信を見ている人数も、それほど多くなかった。
画面に表示されている同時視聴者数は千人にも届いていない。
その大半が就職活動中の学生や、異界関連企業への転職を考えている者たちだった。
コメント欄にも、
《思ってたより普通の仕事なんだな》
《研究職でも異界入ることあるのか》
《来年ここ受けようと思ってる》
《採取部門ちょっと面白そう》
そんな書き込みがゆっくりと流れている。
企業側も、それで十分だった。
これは娯楽配信ではない。
一人でも多くの学生に会社を知ってもらえれば成功。
その程度の企画だった。
撮影開始から二時間ほどが経った頃だった。
一行は入口から少し離れた林の中へ入っていた。
もちろん管理区域内である。
何度も調査され、地図も作られている。
先頭を歩いていた社員が振り返った。
「次、こっちの岩場を撮ります?」
「そうですね。せっかくだから採掘作業も――」
その瞬間だった。
足元が光った。
「え?」
誰かが声を漏らした時には、遅かった。
地面に複雑な光の線が走る。
円。
文字。
見たことのない紋様。
それらが一瞬で四人の足元へ広がった。
「離れろ!」
護衛の冒険者が叫ぶ。
だが。
光が弾けた。
四人の姿が消えた。
「……え?」
撮影担当者の間の抜けた声だけが残った。
数秒。
誰も動けなかった。
先ほどまで四人が立っていた場所には、何もない。
「おい……」
誰かが呟いた。
「どこ行った?」
そこからは一瞬だった。
「撮影止めろ!」
「管理局へ連絡!」
「四人いないぞ!」
「位置情報は!?」
「出ません!」
「救助要請! 早く!」
穏やかだった撮影現場が、一気に混乱へ変わった。
配信も止まっていない。
カメラは地面へ向けられたまま、怒鳴り声だけを世界へ送り続けていた。
そして。
消えた四人のうち、一人が持っていた別のカメラもまた――まだ配信を続けていた。
映像が激しく乱れる。
砂嵐。
ノイズ。
数秒後。
画面が戻った。
映ったのは森だった。
だが、先ほどまでいた場所とは明らかに違う。
木が大きい。
異常なほど大きかった。
幹だけで数人が手を繋いでも囲めそうな巨木が並び、頭上を覆う葉の隙間から、僅かな光が差し込んでいる。
地面には見たことのない植物が生い茂っていた。
『……どこ、ここ』
声が震えている。
四人ともいる。
幸い、大きな怪我はなさそうだった。
『通信……繋がってる?』
一人が端末を確認する。
返事はない。
映像だけが辛うじて送られているらしい。
『位置情報は?』
『分からない』
『嘘だろ……』
四人の呼吸が次第に荒くなっていった。
最初は転移による混乱だと思われた。
違った。
一人が突然、口元を押さえる。
『待って……なんか、息……』
別の一人も顔をしかめた。
『頭痛い……』
『魔素……』
誰かが呟いた。
『魔素濃度、測って』
慌てて腰の装備へ手を伸ばす。
小型の魔素濃度計。
入口付近で使う予定しかなかったため、誰もそれまで気にしていなかった。
電源を入れる。
数値が表示された。
四人の表情が変わった。
『……は?』
誰かが声を漏らす。
『壊れてるだろ、これ』
測り直す。
変わらない。
魔素濃度は、彼らが先ほどまでいた区域とは比較にならない数値を示していた。
入口付近ではない。
それどころか――自分たち程度の魔力耐性しか持たない人間が、防護装備なしで長時間活動していい場所ではなかった。
『マスク!』
全員が反射的に口元を覆う。
だが、持っているのは簡易型だけだ。
本格的な高濃度魔素区域へ向かう予定などなかった。
酸素ボンベなど、当然持っていない。
『戻る方法……』
『分からない』
『救助は?』
『位置が分からないのに、どうやって……』
配信を見ていた者たちも、ようやく事態の深刻さを理解し始めていた。
視聴者の大半は異界企業への就職を考えていた学生だ。
専門知識を勉強している者も多い。
《この濃度ヤバくない?》
《ここ入口付近じゃないだろ》
《誰か通報した?》
《会社はもう動いてる》
《この木見たことのある奴いないか!》
《四人とも酸素ボンベ持ってないぞ》
そして誰かが、SNSへ配信の切り抜きを投稿した。
――異界企業のPR配信中に四人が突然消えた。
その短い文章と動画が拡散され始める。
数百人だった視聴者が、千を超えた。
二千。
五千。
四人はそんなことを知る余裕などない。
一人が膝をついた。
『ちょっと……待って……』
「大丈夫!?」
『目が……』
もう一人が木へ手をつく。
呼吸が浅い。
立っていることすら難しくなっていた。
魔素濃度計の警告音だけが、一定の間隔で鳴り続ける。
やがてカメラを持っていた男も足をもつれさせた。
映像が大きく傾く。
地面。
草。
誰かの靴。
そして激しい衝撃。
画面に亀裂が走った。
『……誰か……』
それを最後に声が途切れた。
映像は残っている。
だが、カメラの一部が破損したらしく、画面の半分近くが黒く潰れていた。
視聴者数だけが増えていく。
一万。
二万。
三万。
SNSで事故を知った者たちが次々と配信へ流れ込んでいた。
コメントが凄まじい速さで流れる。
だが、画面には草しか映っていない。
どれほど時間が経ったのか。
突然。
画面の前を何かが横切った。
人だった。
映ったのは口元から下だけ。
伸び放題の髪が僅かに画面へ映った。
《誰?》
《人いる》
《救助隊?》
《もう着いたの?》
《いや早すぎるだろ》
男は何も言わなかった。
やがてカメラが揺れる。
倒れていた誰かを持ち上げたのだろう。
次の瞬間。
映像が動いた。
森。
木。
岩。
草。
それらが凄まじい勢いで後方へ流れていく。
《は?》
《速っ》
《何これ》
《車?》
《異界の森の中だぞ》
《ちょっと待って》
画面に映る景色が、次々と変わっていく。
巨大な木々が一瞬で後ろへ消える。
足場の悪い森の中とは思えない速度。
しかも人一人を抱えている。
映像が激しく揺れているため、男の顔は最後まで映らない。
ただ、ときおり画面の端に着古した服と、伸びた髪だけが入り込む。
五万人。
八万人。
十万人。
つい数十分前まで、就職希望者しか見ていなかった企業PR配信。
その視聴者数が異常な勢いで増えていく。
そして――。
映像が途切れた。
黒い画面だけが残った。
翌朝。
スマートフォンを開けば、多くのニュースサイトが同じ話題をトップに掲載していた。
《世界的大手異界企業、PR撮影中に社員四名が一時行方不明》
《転移トラップか――管理区域内で発生した異例の事故》
《行方不明の四名、全員無事》
そして記事には、さらに不可解な一文が続いていた。
――四名は事故発生から一時間弱、異界入口付近で相次いで発見された。
誰が彼らを運んだのか。
どうやって深部から戻ってきたのか。
現時点では、分かっていない。




