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その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


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引退しても、伝説は健在


 香菜の後を追い、友丸たちも大きな岩を回り込んだ。


 その先で道が広くなっている。入口に立つ香菜の向こうで、三体の大きなトカゲが頭を上げた。


 頭から尾の先まで、五、六メートルはある。厚い灰色の鱗に覆われ、背中には岩のこぶのような突起が並んでいた。一体が尾を振ると、足元の石が弾き飛ばされる。


 友丸のカメラが三体を捉えた途端、海外の視聴者から名前が書き込まれた。


 《Rock lizards!?》


 《岩トカゲが三体いるぞ!》


 《何、このでかいトカゲ!?》


 《背中まで岩みたいになってるんだけど》


 《深層って、こんなのが普通に出るのか》


 真ん中の一体が口を開いた。長い牙の間から唾液が垂れ、低い唸り声が響く。


 香菜が前へ出かけたところで、マルリアが声をかけた。


「狐仮面ちゃん。ここは私に任せてくれる?」


「はい。お願いいたします」


 香菜が道の端へ寄る。マルリアはその横を通り、腰の剣を抜いた。


 友丸は少し後ろに残り、彼女と三体が収まるようにカメラを構える。


「久しぶりの実戦ね」


 マルリアが前へ出ると、真ん中の岩トカゲが地面を蹴った。


 次の瞬間、三つの頭が落ちた。


 遅れて胴体と尾がいくつにも分かれ、地面へ崩れる。切断された胴が、突進の勢いのまま転がった。


 マルリアは、すでに三体の向こうで剣を下ろしていた。


 《え?》


 《今、何した!?》


 《剣、いつ振った!?》


 《三体ともバラバラになってるんだけど!?》


 《コマ落ちしたのかと思った》


 《さすがソードマスター……》


 《SWORD MASTER!!》


「速いな」


 友丸が呟くと、さらにコメントが流れた。


 《撮影者さん、今の見えたの!?》


 《こっちは何も分からなかったんだけど!》


 《「速いな」で済ませるなw》


 マルリアが剣を納めて戻ってくる。


「ちゃんと映っていた?」


「倒れるところまで撮れました」


「それならよかったわ」


 アントニオが、岩トカゲのいた場所へ目をやった。


「相変わらずだな。久しぶりだとは思えんぞ」


「剣の振り方まで忘れていたら、困るでしょう?」


 マルリアはそう答え、はなの隣へ戻った。


 腕の中のこはくが、彼女へ前脚を伸ばす。


「みゃ」


「見ていてくれたの?」


 マルリアが指を差し出すと、こはくはその先に前脚を重ねた。


 《ソードマスター、もうこはくちゃんと遊んでる》


 《あの三体を倒した直後だぞ》


 《この人たち、本当に散歩のつもりで来てるんだな……》


「こちらから通れます」


 香菜が、倒れた魔物を避けて進める道を示した。


 耀たちが後に続く。友丸もカメラを前へ向け直し、一行を追った。


     ◇


 岩トカゲのいた場所を抜けると、道は緩い下り坂になった。


 《マルリアの剣、昔より速くなってないか?》


 そんな書き込みが流れたところで、前方から唸り声が聞こえた。


 坂の下に、黒い毛に覆われた大猿がいる。


 一体、二体。奥にいるものも含めて、五体だ。


 立ち上がった一体は、人の背丈をはるかに超えていた。肩から伸びる二本の腕の下に、もう一対の太い腕がある。四本とも、指の先には黒い爪がついていた。


 友丸がカメラを向けると、すぐに名前が書き込まれる。


 《FOUR-ARMED APES!》


 《四腕猿だ!》


 《あいつら、あの腕で岩を投げてくるぞ》


 《本当に腕が四本ある!》


 《今度は五体いるんだけど!?》


 一体が下の二本の腕で地面を支え、上の二本で大きな岩を持ち上げた。


 ほかの四体もこちらに気づく。牙を剥き、胸を叩くものもいた。


「次は俺がやろう」


 アントニオが前へ出た。右手には斧が握られている。


 友丸は斜め後ろへ移り、その手元と五体の四腕猿を画面に収めた。


 岩を抱えた一体が、上の腕を振り上げる。


 アントニオの斧が飛んだ。


 刃が四腕猿へ届く前に、彼の右手にはもう同じ形の斧があった。


 二本目が、その手を離れる。


 最初の斧が頭を砕き、岩を持っていた一体が倒れた。手からこぼれた岩が地面をえぐる。


 二体目の頭にも斧が食い込んだ。


 アントニオは、もう三本目を投げていた。


 四本目、五本目。


 最後の一体が逃げようと反転する。その頭を斧が砕き、黒い巨体が地面へ倒れた。


 五本目を投げ終えた右手には、また斧が握られている。


 《投げたよな!?》


 《何でまだ手に斧があるんだ!?》


 《二本目以降、どこから出した!?》


 《五体、全部一発じゃないか》


 《斧って、こんな連射する武器だっけ?》


 《これが元世界六位……》


 ――武器を具現化する能力か?


 友丸は、戻ってくるアントニオの手元をしばらく追った。


 ジョージが、四腕猿の倒れた場所を見て言う。


「投げるほうも、衰えていないね」


「こんな近くで外したら、笑われるだろう」


 《問題は手から斧が増えてることなんだけど!》


 《引退したって聞いてたんですが》


 《この五体を、ただの的みたいに言うなw》


 耀がアントニオの背を軽く叩く。


「そろそろ行くぞ」


「おう」


 香菜が先頭へ戻る。アントニオも耀たちに続き、坂の先へ進んだ。


     ◇


 斧の出どころを尋ねるコメントが流れる中、道の脇に踏み荒らされた広い場所が現れた。


 そこに、サイに似た魔物が二体いる。


 太い脚と、頭から突き出した大きな角。背中と脇腹は、何枚もの板を重ねたような外殻に覆われていた。額にも厚い殻がある。


 《鎧サイだ!》


 《また硬そうなのが出てきた》


 《あの外殻、普通の剣じゃ通らないぞ》


 《二体ともこっち見てる!》


 鎧サイが揃って頭を下げた。二本の角の先が、一行へ向く。


「今度は、私が」


 アルフが腰からレイピアを抜いた。


 細い刀身を見て、コメントが流れる。


 《その剣で!?》


 《アルフだぞ。元世界二位だぞ》


 《でも、相手のほうがどう見ても頑丈なんだけど》


 友丸は一行とともに道の脇へ寄り、カメラを構えた。


 二体の鎧サイが地面を蹴る。


 太い脚が石を踏み砕き、重い足音が近づいてきた。


 二本の角が迫る寸前、アルフがその間へ踏み込んだ。


 すれ違ったときには、レイピアを下ろしている。


 鎧サイの前脚が崩れた。二体は勢いのまま地面を滑り、石と砂を巻き上げる。一行のいる場所から離れたところで止まると、そのまま動かなくなった。


 アルフは二体の向こうで剣を納めていた。


 《何した!?》


 《今、すれ違っただけに見えたぞ!》


 《二体とも倒れた!?》


 《突いたところ見えなかったんだけど!》


 友丸は少し近づき、倒れた一体の頭へカメラを向けた。


 額の殻に、小さな穴が開いている。血のにじむその穴を映してから、もう一体へカメラを振る。こちらにも、同じ位置に刺し傷があった。


 《レイピアで貫いたのか!?》


 《あの外殻を?》


 《二体とも同じところに穴があるぞ》


 何をしたのかと尋ねるコメントに、友丸は答えた。


「ただ突いただけだ」


 《その突きが見えなかったんだよ!》


 《二体とも!?》


 《撮影者さんには見えてたのか》


 《それ、説明になってないw》


 友丸が端末から顔を上げると、アルフはもうジョージの隣へ戻っていた。


 アントニオが、そのレイピアへ目をやった。


「相変わらず、細い剣を使ってるな」


「手に馴染んでいるからね」


「俺には無理だ。持っただけで曲げそうだ」


「それなら、君には貸せないね」


 ジョージが声を上げて笑った。


 黒田家の食卓でも聞いたような言い合いに、友丸も小さく笑う。カメラを一行へ向け、再び歩き始めた。


     ◇


 一行がさらに奥へ進んだところで、大きな咆哮が響いた。


 足元の小石が震える。


 友丸がカメラを前へ向けると、開けた岩場の中央に、赤い鱗を持つドラゴンがいた。


 頭から尾まで、四十メートルほど。広げかけた翼の下で、太い爪が岩を砕いている。こちらへ向けた口には、長い牙が並んでいた。


 《今の声、ドラゴン!?》


 《レッドドラゴンだ!》


 《でかいでかいでかい!》


 《さっきまでの魔物が小さく見えるんだけど》


 耀がレッドドラゴンを見上げる。


「なんじゃ、下級ドラゴンか」


 《いやいや、ドラゴンですよ!?》


 《あの大きさで下級!?》


 《そういえば、撮影者さんも昔、氷竜を下級ドラゴンって言ってたな》


 《あの氷竜と同じくらいの大きさじゃないか?》


 《この爺さんも同じ感覚なのかよ》


「今度は俺だな」


 画面へジョージが入ってきた。


 武器は持っていない。黒田家を出たときと同じシャツに、同じズボンだ。


 レッドドラゴンが口を開く。


 喉の奥が明るくなった。


 噴き出した炎が地面を舐め、一行へ押し寄せてくる。画面が赤く染まり、コメント欄に叫びが流れた。


 ジョージの前へ、十蔵が出る。


 片手を上げ、炎へ掌を向けた。


 せまっていた炎が折り返す。


 十蔵の掌の先から逆向きに走り、レッドドラゴンの顔へ炎が押し戻された。


 赤い巨体が、自分の吐いた炎に包まれる。


 《炎が戻った!?》


 《十蔵さん、今、反射したのか!?》


 《レッドドラゴンの炎をそのまま返したぞ!》


 《十蔵さんも、こんなことできるのかよ!?》


 炎の向こうから、レッドドラゴンの頭が再び現れた。


 十蔵が手を下ろし、脇へ退く。


 ジョージはドラゴンを見たまま言った。


「これくらい、温かいだけだ」


「いやいや、ジョージ」


 アントニオが、そのシャツを指さす。


「お前、普段着だぞ。服が燃える」


 友丸もカメラ越しに声をかけた。


「今、配信してますからね」


「そうか。忘れてた」


 ジョージは自分の服へ目を落とし、それからカメラを見た。


 《温かいだけって何!?》


 《心配するの、服のほうなのかよw》


 《今さら気づいたけど、みんな普通の服で来てる?》


 《元世界一位の服が燃えるところを流す気か》


 《ドラゴンの前でする会話じゃないだろw》


 レッドドラゴンが、もう一度口を開いた。


 ジョージがそちらへ向き直る。


 上げた手の中指に、小さな光が灯った。指先へ魔力が集まり、親指が中指を押さえる。


 友丸はカメラを構え直した。手前のジョージと、その先のドラゴンを画面へ収める。


 ぱちん、と軽い音がした。


 指先から弾かれた魔力が、レッドドラゴンの額へ命中する。


 鱗が砕け、開きかけた口が跳ね上がった。


 ジョージが、もう一度指を弾く。


 同じ場所へ衝撃が走り、ドラゴンの頭が大きく揺れた。太い脚が地面を踏みしめ、巨体を支える。


 三度目のデコピンが、その額を撃ち抜いた。


 頭が、がくりと下がる。


 脚が崩れ、四十メートルの巨体が横倒しになった。翼が岩場を壊し、重い音とともに土煙が立ち上がる。


 足元まで揺れが伝わってきた。


 友丸はカメラを支え、倒れたドラゴンを撮り続ける。


 《今、デコピンした!?》


 《指を弾くたびに、ドラゴンの頭が跳ねてたんだけど!》


 《倒した!?》


 《あのレッドドラゴンを、デコピンで!?》


 《武器すら出してないぞ》


 《これが元世界一位か……》


 ジョージが手を下ろした。


「デコピン三発か」


 友丸が呟くと、コメントが流れる。


 《そんな軽い感想で済ませるなw》


 《それ、デコピンって呼んでいいのか!?》


 《レッドドラゴンだぞ!?》


 《撮影者さん、もうちょっと驚いてくれw》


 戻ってきたジョージを、アントニオが見た。


「服は無事だったな」


「ああ。今度はちゃんと気をつけたよ」


 ジョージはシャツの裾を軽く引き、カメラへ手を上げる。


 《最後まで服の話してるw》


 《この人たちにとっては、本当に下級なのか……》


 はなの腕の中から、こはくも前脚を上げた。


「みゃ」


「お待たせ」


 ジョージが近づいて指を差し出すと、こはくが前脚で触れる。


 香菜が岩場の向こうを指さした。


「道はあちらへ続いています」


「では、行くか」


 耀が答え、一行が歩き始めた。


 ジョージとアルフが並び、アントニオが二人へ話しかける。マルリアは、はなに抱かれたこはくを覗き込んでいた。


 《これだけ倒して、普通に散歩の続きに戻るのか》


 《見てるこっちが疲れたんだけど》


 《で、この人たちと普通に話してる黒田って爺さんは、結局誰なんだ?》


 耀がジョージへ何かを言い、二人が笑う。


 友丸は少し後ろを歩きながら、そのやり取りを撮り続けた。


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― 新着の感想 ―
デコピンってか指弾だな 素手喧嘩スタイルなのか武器を出すほどじゃないのか・・・
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