黒田
「この先は、まだ政府の調査が入っていません」
香菜の端末では、道を示す線が現在地で途切れていた。その先にも岩の間を縫うように道は続いている。地図がなくなっただけで、歩けなくなるわけではないらしい。
「頼むぞ、香菜」
「はい」
少し進むと、土に埋もれた四角い石が、奥へ向かって並んでいる。欠けた角も継ぎ目も砂で埋まりかけていたが、道幅いっぱいに敷かれた箇所では、何列も揃っているのが分かった。
「爺さん。これ、誰かが敷いたんだよな?」
「ああ。道を造ったんだろうな」
その道の先には、橋まであった。
深い峡谷をまたぎ、対岸の岩場まで続く石橋だ。欄干はあちこち欠けていたが、橋を支える大きなアーチは残っている。床にも同じ敷石が並び、向こう岸へ渡ってからも、岩の間へ続いていた。
「こんな所に、橋があるのかよ」
誰かがここへ石を運び、組み上げたのだ。下を覗けば足がすくみそうな谷に、わざわざ橋を架けてまで通う場所があった。
友丸は対岸を映した。道は大きな岩の陰へ入り、その先が見えなくなっている。
あの岩さえなければ、もう少し先まで見えるのに。
「これは、向こうも見に行きたいね」
ジョージも、同じ場所を見ていた。
「橋があるってことは、道もまだ続いてるんだろうな」
「行ってみれば分かるさ」
友丸は橋を画面に収め、端末に流れてきたコメントを読んだ。
《待って、橋!?》
《政府もまだ調べてない場所だよな?》
《誰が造ったんだ、これ!》
《欄干まであるぞ。普通に人工物じゃん!》
《向こうに街とか遺跡があるんじゃないの!?》
《渡ってくれ! その先が見たい!》
「渡れそうか、香菜?」
「確認いたします。その前に、橋の左手をご覧ください」
谷底の岩場が、鎧サイで埋まっていた。
灰色の背がいくつも重なり、その間から大きな角が突き出している。伏せていた個体が立ち上がると、隣の一体に外殻をぶつけた。押された方が角を振り、さらに別の個体が邪魔そうに場所を移す。
岩場は広いが、魔物の巨体のせいで狭く見えた。
「何体いるんだ、あれ」
「五十体です。すべて鎧サイです」
「五十……」
さっきは、突進してくる二体だけで道が埋まって見えた。谷底には、同じ魔物が何体も集まっている。友丸は映像を拡大して数え始めたが、巨体が重なり合っていて、どこまで数えたか分からなくなった。途中で諦め、映像を元に戻した。
「鎧サイが、あんなに固まっているのは初めて見るな」
十蔵の声にも、普段とは違う硬さがあった。
「最近のモンスターパレードも気になっている。あの数が一緒に動き出したら、厄介だぞ」
「まだ集まってくるかもしれないね」
アルフの言う通り、谷は群れの向こうにも続いている。見えない所に、ほかの個体がいないとも限らなかった。
「ここで片づけておこう。撮影者、そいつをくれ」
燿が欲しがったのは、朝から友丸の肩をふさいでいる長い包みだった。
「これを使うのか?」
「せっかく持ってきたんだ」
「持ってきたのは俺だけどな」
燿は笑って受け取り、平らな岩の上で封を解いた。札と三本の黒い帯が外れ、厚い布の下から白い刀身が現れる。
斬馬刀を思わせる、幅広い刃だった。長い柄まで白一色で、全長は三メートルほどある。燿が持つと、その先端は隣にいるアントニオよりも高いところにきた。
「そいつを使うところも、久しぶりだな」
「今日は、持ってきて正解だった」
友丸は刀の先まで画面に入れた。朝から視聴者に見えていた長い包みの中身が、ようやく映る。
《でかすぎるだろ!?》
《刀身まで真っ白だ》
《相手、鎧サイ五十体なんだけど!?》
《黒田って爺さん一人でやるのか?》
《ジョージたち、普通に任せてるぞ》
「少しは加減しろよ」
「分かっとる」
アントニオに答えた燿は、橋から離れた崖のはしで刀を構えた。はなやマルリアは道の脇におり、こはくもはなの腕に抱かれている。友丸には、燿の斜め後ろが撮りやすそうだった。
白い刀が光り始める。
最初は刃が照り返しているように見えたが、すぐにそうではないと分かった。燿の手元から切先までが明るくなり、刀の影が消えていく。
「魔力を吸っているのか?」
「ああ。使い手から吸い上げて、溜めた分をまとめて撃ち出す遺物だよ」
アルフの説明を聞いて、友丸は香菜がまとめている札を見た。
「だから、あんなに封をしてあったんですね」
「運んでいるだけで吸われては困るからね」
刀はまだ魔力を吸っていた。眩しくて、もう刃の形がよく見えない。
燿に、止める様子はなかった。
「どこまで入れるつもりだ、お前」
十蔵に聞かれ、燿は光る刀を少し傾けた。
「こんなもんでいいだろう。まだ余っとるがな」
「相変わらず、馬鹿みたいな魔力量だな」
燿の笑い声に続いて、白い切先が谷底へ向いた。
群れの端にいた鎧サイが顔を上げる。角をこちらへ向けた、その頭を白い光が呑み込んだ。
刀から噴き出した光は、谷底まで一直線に届いていた。
厚い外殻が、光に触れたところから溶けていく。背を覆う鱗が垂れ、大きな角が曲がった。巨体が沈み込むと、その下の岩まで赤くなり、流れ始める。
燿が刀を横へ動かした。
白い光が、群れを薙いだ。
逃げ出した一体は、前脚が溶けて倒れた。頭を下げた別の個体も、その脇を駆け抜けようとした個体も、続けて光に包まれる。
谷底から響く轟音に、熱風が重なった。
友丸は思わず目を細めた。頬が熱い。カメラの画面も白く飛び、群れのいた場所は見えなくなっていた。それでも撮影だけは続け、光が途切れるまで待った。
ほんの数秒だった。
映像が戻ったとき、谷底には赤く溶けた岩が広がっていた。
灰色の背中は、一つもない。
端の方に外殻らしい塊が残っているが、角なのか胴なのかも分からなかった。大きな岩の縁から、赤く焼けたものがゆっくり滴っている。
「すべて倒れています」
「少し入れすぎたか」
「だから、加減しろと言っただろ」
アントニオの声に、ジョージが笑った。
燿は白い刀を抱えて戻ってきた。あれだけ魔力をこめた後なのに、平気な顔をしている。
友丸が端末を見ると、コメントが読めない速さで流れていた。
《ビーム出たああああ!?》
《刀から撃ったの!?》
《鎧サイ五十体、今ので全部!?》
《岩まで溶けてるんだけど!》
《何者なんだよ、あの爺さん!》
《さっき元Sランクの爺さんに聞いた者だけど、黒田燿さんは元世界三位だったらしい》
《はああああ!?》
《三位って、世界三位!?》
《日本人だけど黒田なんて初めて聞いたぞ!?》
《なんでこんな人が知られてないんだ!》
《昔、アメリカでSランクをやっていた。なぜ日本人まで黒田を知らないんだ? 俺たちの世代なら有名な人だぞ》
《日本人だって今初めて知ったんだよ!》
《撮影者さん、先に言ってくれよ!》
「何を騒いどる?」
「爺さんの昔の順位だよ。聞いて驚いてる」
友丸は配信へ答えた。
「ああ。爺さんは元世界三位だぞ」
「そんな昔のことまで、まだ覚えとる奴がおるのか」
燿には、そちらの方が不思議らしかった。
「わしはもうとうに引退しとるぞ」
「今さらそう言っても、あれを見せた後じゃね」
はなに言われ、燿も笑った。
「あいつら、どこから集まったんだろうな」
友丸は谷の奥を映した。今見える範囲には、ほかの魔物はいない。
「近くにいた連中が集まったのか、遠くから来たのか。そこまでは分からん」
十蔵の気掛かりは、群れを倒しても残っていた。
「櫻子に映像を渡そう」
「頼む。ほかで起きている群れの移動と比べてみたい」
刀の光が消える頃には、香菜が布と帯を用意していた。包み直して札を戻せば、外に見えるのは白い柄だけになる。
「撮影者。また頼むぞ」
「分かった。けど、次はもう少し短い武器にしてくれ」
「長い方が使いやすいんだがな」
自分で持つ気はないらしい。友丸はひとまず包みを岩に立てかけ、水筒を取り出した。
「少し休んでから行こうか。橋も、まだ確かめてないんだろう?」
「はい。確認してまいります」
香菜の声で、皆も荷物を下ろした。
こはくははなの膝に収まり、背中を撫でてもらっている。谷底があんなことになっていても、気にしてないらしい友丸と目が合うと、前脚を上げた。
「みゃ」
「お前も、橋の向こうが気になるか」
もう一度、前脚が上がった。
友丸は水を飲みながら、対岸の岩を眺めた。あの裏へ回れば、道の続きが見える。橋を渡った先にも、誰かが使っていた場所が残っているかもしれない。
カメラにも、その道の入口を映した。




