英雄達の深層散歩
翌朝、櫻子から入域と配信の許可が下りたと連絡があった。
友丸たちは黒田家で合流し、東京異界へ向かった。こはくはいつもの小さな姿で、友丸の鞄に入っている。
ゲートのある複合施設は、朝から人の出入りが絶えなかった。武器や荷物を担いだ冒険者たちに交じり、一行も受付へ向かう。
友丸は鞄のほかに、布で包まれた長い武器を背負っていた。
全長は三メートルほど。今朝、耀から預かった遺物だ。斬馬刀を思わせる幅広い刀身も、長い柄も白一色だった。
今は刀身を厚い布で包み、その上から三本の黒い帯で縛ってある。布の合わせ目と帯の留め具には、細かな文字の書かれた札が貼られていた。外に出ているのは、白い柄だけだ。
すれ違う冒険者が何人も振り返る。友丸は人の流れから少し離れ、包みの先端が周囲に当たらないように歩いた。
「爺さん。今日は、これを使うのか?」
「さてな。久しぶりに持ち出したんだ。ひとまず、お前が持っていてくれ」
耀はそう答えると、隣を歩くジョージとの話へ戻った。
アントニオが友丸の背中へ目をやる。
「懐かしいものを持ってきたな」
「ええ。今朝、爺さんに頼まれて」
「そいつまで一緒なら、昔を思い出すな」
アントニオは笑い、耀たちの後を追った。
受付では、それぞれ冒険者カードや身分証を提示した。引退している耀たちの入域許可を含め、申請の内容を確認してもらい、手続きは滞りなく済んだ。
ゲートの前まで来たところで、友丸は長い包みを背中から下ろした。柄を握り、先端の向きを確かめながら肩に担ぎ直す。
ジョージが友丸の鞄へ目をやった。
「ここから撮るのかい?」
「配信は、深層に着いてからにします」
「そうか。楽しみにしてるよ」
ジョージは耀と並び、ゲートへ目を向けた。
「久しぶりだな」
「おう。行くか」
香菜とはなが先にゲートをくぐる。耀とジョージが続き、十蔵たちもその後へ向かった。
「こはく、行くぞ」
「みゃ」
鞄の中から返事があった。
友丸も、布と札で封じられた白い遺物を担いだまま、ゲートをくぐった。
◇
一行は香菜の案内で浅層と中層を走って進み、途中で一泊して翌日に深層へ到着した。
深層へ入ると、道の脇に大きな岩が目立ち始めた。足元にも小石が散らばり、香菜は時折、後ろを確かめながら歩いている。
深層の道は、奥へ進むほど細かく枝分かれしていた。一行が進んでいるのも、政府の調査がまだ十分に及んでいない道の一つだ。
「こはく、こっちへおいで」
はなに呼ばれ、こはくが友丸の頭から飛び立った。差し出された腕へ降りると、胸元へ頬を寄せる。
「みゃ」
「今日は、みんなと一緒で嬉しいね」
はなが背中を撫でると、こはくの尻尾がゆっくり揺れた。
道が広くなったところで、香菜が足を止める。
「ここで、ひと息入れましょうか」
「ああ。じゃあ、俺も撮影の準備を始めるよ」
友丸は鞄からカメラを取り出し、端末で配信の準備をした。
耀たちが道の脇へ集まる間に、カメラを前方へ向ける。大小の岩と、その間を奥へ続く道が画面に映った。
予告は出していない。配信を始めると、通知を見た視聴者が集まり始めた。
「今日は東京異界の深層に来てる」
《急に始まった!?》
《予告あったっけ?》
《通知来たから飛んできた》
《こはくちゃんの話?》
《人になった理由、今日こそ聞ける?》
《あの分身の説明も頼む》
《待って、深層って言った?》
《今日も最初は岩を見るのかw》
友丸はカメラを一行へ向けた。
「今日は、こちらの人たちに配信を頼まれたんで。その様子を撮っていく」
画面に入ったのは、道の脇に集まった年配の男女だった。
はなの腕の中から、こはくが顔を出す。カメラを見つけると、前脚を上げた。
「みゃ」
《こはくちゃん!》
《元の姿に戻ってる!》
《普通に戻れるのかよ!?》
《その姿だと、また「みゃ」なの?》
《そのお婆ちゃん、誰?》
《こはくちゃん、すごいなついてる》
《聞きたいことがまた増えたんだが》
はなはこはくを抱いたまま、カメラへ笑いかけた。こはくも腕の中で身を起こし、もう一度、前脚を振る。
その隣へカメラを向けた途端、コメントに別の名前が混じり始めた。
《GEORGE!?》
《今映ったの、ジョージ?》
《いや、待て。本当に?》
友丸が声をかけると、ジョージは軽く手を上げた。
「ジョージだ。今日は久しぶりに、昔の仲間と異界を歩かせてもらうよ」
《本人だああああ!?》
《元世界一位のジョージだぞ!》
《何で撮影者さんの配信にいるんだ!?》
《ちょっと父さん呼んでくる!》
友丸は、隣に立つアルフも映した。
「アルフだ。今日はよろしく頼むよ」
《アルフまでいる!》
《元世界二位じゃないか!》
《この二人が一緒に日本に来てるの!?》
「アントニオだ。俺も一緒に歩かせてもらうぞ」
アントニオもカメラへ手を振る。
その横では、マルリアが微笑んでいた。
「マルリアです。よろしくね」
《アントニオ!?》
《元世界六位まで来た!》
《マルリアもいるじゃないか!》
《うちの国の英雄が、日本の配信に普通に出てるんだけど!》
《今日は何の集まりなんだ!?》
ジョージが名乗った映像と配信のリンクが、SNSへ投稿されていく。そこからやって来た視聴者がほかの同行者にも気づき、さらにリンクを広めていた。
コメントの流れが速くなり、いくつもの言語で彼らの名前が書き込まれ始める。
《ジョージは知ってたけど、ほかの人もそんなにすごいのか》
《この人たち、昔の世界ランキングの上位だぞ》
《全員、撮影者さんの知り合いなの?》
《何でこんな顔ぶれになったんだよ》
友丸が端末を確かめていると、耀が声をかけた。
「もう歩いていいのか?」
「ああ。撮ってるから、そのまま進んでくれ」
「おう。では、行くか」
香菜が先頭に戻り、一行も歩き始めた。
耀は隣のジョージへ顔を向ける。
「どうだ」
「来てよかったね。こうして皆で歩くのも、久しぶりだ」
「お前、カメラが回り始めてから、妙に姿勢がいいな」
アントニオが口を挟む。ジョージは笑って答えた。
「せっかく撮ってもらってるんだから、格好くらいはつけたいだろう」
「いつも、そのくらいしゃんとしてろよ」
耀も笑いながら、足元の石を避けて進む。
友丸は一行の少し後ろを歩き、会話を拾いながら撮影した。ジョージもアルフも、一昨日の食卓と同じ調子で笑っている。
《ジョージ、こんな顔で笑うんだな》
《この人たち、普通に友達なんだ》
《さっきからジョージと話してる爺さん、誰?》
《狐面のお姉さんが先頭にいる》
《瀬戸内海の案内動画に出てた人だよな》
《撮影者さん、今日は本当に撮る係なんだな》
友丸は耀へ声をかけた。
「爺さんも、ひと言頼む」
「わしもか?」
「ああ。名前だけでも」
耀が歩調を緩め、カメラへ顔を向ける。
「黒田だ。今日はよろしくな」
《撮影者さんが爺さんって呼んでる人か》
《黒田?》
《初めて聞いた名前だ》
《黒田って……誰?》
《どの黒田? 分かるなら教えてくれ》
友丸がはなへカメラを向けると、はなも歩きながら挨拶した。
「はなです。ほら、こはくもご挨拶」
「みゃー」
こはくが前脚を上げる。
《こはくちゃん、また手を振ってるw》
《おばあさんに抱っこされてるの、かわいい》
《そのまま寝そうなくらい、くつろいでるな》
はながこはくの前脚をそっと下ろす。続いて友丸は、十蔵へカメラを向けた。
「十蔵さんも、お願いします」
「十蔵だ。今日は、こいつらに誘われてついてきた」
十蔵が片手を上げると、彼を知る視聴者たちが反応した。
《あれ、十蔵さんじゃないか。瀬戸内海の》
《瀬戸内海で働いてるんだけど、何で東京にいるの!?》
《十蔵さんまで、この人たちと知り合いなのか》
挨拶を終えた十蔵が、アントニオたちの会話に加わる。マルリアは、はなに抱かれたこはくへ手を伸ばしていた。
《ジョージたちと話してる黒田って人、何者?》
《はなさんも、昔の仲間なのか?》
《誰か詳しい人いない?》
そこへ、一つの書き込みが流れてきた。
《うちの爺さん、日本の元Sランクでそこそこ有名なんだけど、黒田さんとはなさんのことを聞いたら「お前、黒田を知らんのか」って言われた》
《誰?》
《その爺さんに、詳しく聞いてくれ》
《元Sランクの人には分かるのか》
しばらくして、同じ視聴者から続きが書き込まれた。
《さっき爺さんに聞いた者だけど、今、興奮して昔の仲間に電話してる。あんな爺さん、初めて見た》
《説明する前に電話しに行ったのかw》
《電話終わったら、続き頼む》
《こっちも黒田を知らないから聞いてるんだけど!》
耀はジョージと話しながら、香菜の後を歩いていた。
道が二つに分かれたところで、香菜が足を止める。
右の道は、大きな岩の向こうへ続いていた。香菜はそちらを見つめ、一行へ声をかける。
「この先に魔物がいます」
「そうか。では、頼むぞ」
耀が答えると、はなが腕の中のこはくを抱き直した。ジョージたちも足を止め、香菜の見ている先へ目を向ける。
《深層の魔物だよな?》
《みんな落ち着きすぎだろ》
《撮影者さんまで普通にカメラ向けてる》
友丸はカメラを右の道へ向けた。
香菜は一行から離れ、岩の向こうへ続く道を進んでいく。




