大臣とクッキー
ピンポーン。
友丸はテレビから玄関へ目を向けた。
「こはく、いつもの姿に戻ってくれるか」
「うん」
こはくが頷くと、小さな猫のような姿に戻った。床に残った服を友丸が畳み、脇へ寄せる。
もう一度、呼び鈴が鳴った。
「はいはい」
ドアを開けた友丸は、そこに立つ男を見て目を丸くした。
「久世さん?」
「久しぶりだな、友丸君。急に訪ねてすまない」
久世正臣。異界対策を担当する国務大臣で、燿の幼なじみだ。黒田家では何度か顔を合わせている。燿と言い合っている姿も見たことがあるが、アパートの玄関に立っていると、さすがに驚く。
久世の後ろには警護の男性が一人いた。
「千葉異界の件ですか」
「ああ。中で話せるか」
「どうぞ」
久世は警護の男性を車に戻し、部屋へ上がった。
友丸がテレビを消す間に、久世は小さなテーブルの前へ座る。管理人からもらった菓子が、テーブルを半分ほど占めていた。
「これを全部、君が買ったのか?」
「いえ。管理人さんにもらったんです」
「ずいぶんな量だな」
「俺も驚きました」
久世が驚いたところへ、こはくが飛んできた。菓子の山からクッキーを一つ引っぱり出し、両前脚で久世の前へ運ぶ。
「みゃ」
「私にもくれるのか。ありがとう」
久世は包みを開け、一口食べた。
友丸も向かいに座る。
「ニュースでは、採掘施設の一部が占拠されたとしか言ってませんでした」
「発表できるのは、まだそこまでだ」
久世が端末を取り出す。表示されたのは、千葉異界の採掘区画の地図だった。
「今朝、鉱物の搬出施設に作業員を装った連中が入り込んだ。制御室を奪い、採掘区画へ続く通路を封鎖している」
画面の上で、久世の指が赤く囲まれた場所を示す。
「中にいた人たちは?」
「大半は逃げた。だが、十一人が捕まった。宮本もその中にいる」
「宮本が?」
友丸が身を乗り出す。
「採掘区域の調査に来ていたそうだ。今はほかの研究者や作業員と一緒に、南の作業室へ閉じ込められている」
久世が端末に届いた短い文面を見せた。
『南作業室に十一人。負傷者一人。扉の外に武装した者がいる』
「宮本が隠していた端末から送ってきた。その後は連絡がない」
「中の様子は分からないんですか」
「部屋の中はな。ただ、通路の監視カメラは一部が生きている。映像は施設の外にある監視室にも届くから、人質が連れ出されれば分かる」
友丸は画面の作業室を見た。出入口は一本の通路に面している。
「誰がやったんですか」
「《国際異界撤退連盟》の過激派だ」
その名前は友丸も知っていた。異界への入域に反対するデモを、ニュースで何度か見たことがある。
「デモをしてる人たちと、同じ組織ですか?」
「同じ連盟だ。ただし、中にはいくつも派閥がある。異界から人を引き揚げろという者、冒険者制度に反対する者、魔物を保護したい者。今回動いた連中は、武力で要求を通そうとする派閥だ」
久世がクッキーの残りを食べ、包みを畳む。
「世界各地で施設への襲撃や輸送の妨害を繰り返してきた。今回の占拠については、連盟からは人質を解放しろという声が出ている」
「中の連中は単独でやった、と」
「ああ。」
「政府は?」
「交渉を続けている。現場の部隊も待機させた。できるなら、話し合いで全員を返してもらいたい」
こはくが二枚目のクッキーを差し出した。久世は礼を言って受け取り、包みを開ける。
「千葉を狙ったのは、鉱物のためですか」
「その可能性が高い。千葉異界は資源を産出する。採掘が止まれば日本は損をし、その分、得をする国もある」
「連盟に金を出している国が?」
「連盟には海外からの資金が大量に入っている。今回はどこが、どこまで関わっているのか、まだ分からん」
久世は慎重に言葉を選んだ。
「確かなのは、宮本たちが中にいることだ。交渉を続けている間も、あの連中が人質をどう扱うかは読めない」
こはくが菓子を選ぶ手を止め、友丸のそばへ降りてきた。
友丸は地図を見る。
「それで、俺に来たんですね」
「宮本たちを救い出してほしい」
久世は二枚目のクッキーを食べ終え、端末の地図を拡大した。
「作業室へ続く通路には見張りがいる。高ランク冒険者を正面から入れれば、戦闘になるだろう。人質がすぐ近くにいる以上、それは避けたい」
「別の入口は?」
「ない。だが、隣の採掘区画との間には岩盤がある」
友丸は画面を指でなぞった。岩盤の向こう側が、宮本たちの閉じ込められた作業室だ。
「ここを抜くのか」
「機械で掘れば時間がかかるし、音で気づかれる。燿に相談したら、君の名前を挙げた」
「じいさんが?」
「今、関東でこの救出を頼めるのは君だけだと言われた」
友丸は地図の表示を切り替え、岩盤の厚さを確かめた。抜けるかどうかは現場で見なければ分からない。それに、作業室の中に見張りが入れば、壁を開けるだけでは済まなくなる。
「政府は交渉中ですよね。俺が動いて、向こうに気づかれたら」
「交渉にも人質にも危険が及ぶ。現地の指揮官と連絡を取り、入る場所は君に判断してもらう。救出した人を受け入れる班も待機させる」
久世が友丸を見る。
「燿から、君なら救えると聞いた。だが、君を危険な場所へ送り出すのは私の判断だ。だから、私が直接頼みに来た」
黒田家で会うときの、燿と軽口を叩く久世ではなかった。
友丸はもう一度、南の作業室を見た。宮本が送ってきた文面には、負傷者が一人いると書かれている。
「行きます」
「ありがとう」
「礼は、助けてからにしてください」
友丸が立ち上がったとき、久世の端末が鳴った。
「現地の監視室からだ」
通話に出た久世の表情が変わる。短い報告を聞き終え、友丸に告げた。
「人質を作業室から連れ出している。通路のカメラに宮本も映った」
「どこへ?」
「奥の採掘区画だ。そこから先にはカメラがない」
友丸は地図を見た。宮本たちが全員移されれば、まず居場所を探すところから始めなくてはならない。
「急ぎます」
装備を収めた鞄を取りに行くと、こはくも後を追ってきた。友丸の肩へ飛び乗ろうとする。
「こはく、今日は留守番だ」
「みゃっ?」
「人質の救出だ。中で何が起きるか分からない。危険な場所へは連れていけない」
こはくは友丸の顔を見上げたまま、動かなかった。
「じいさんに頼んで、香菜さんに迎えに来てもらう。それまでは、この部屋で待っててくれ」
友丸は燿へ電話をかけた。
『久世から話は聞いている。どうした?』
「今から千葉へ行く。こはくを預かってほしい。香菜さんにアパートまで迎えに来てもらえるか」
『分かった。すぐに向かわせる』
「俺たちは先に出る。こはくが一人で待ってるから、頼む」
『任せろ』
電話を切り、友丸は鞄を手に取った。こはくが足元を追ってくる。
玄関へ向かう前に、こはくは菓子の山からクッキーを一つ選び、友丸の前に置いた。
「俺にくれるのか」
「みゃ」
友丸は受け取り、鞄のポケットに入れた。
友丸は久世とともに部屋を出た。
◇
二人を乗せた公用車がアパートを離れた。
「現場から届いた映像を見てください」
久世が端末を友丸へ渡した。警備の冒険者が身につけていたカメラの映像だ。
搬出施設の通路を、作業着姿の男たちが歩いてくる。警備員の一人が声をかけた。先頭の男が振り返り、服の下へ手を入れる。
銃声が鳴った。
映像が傾く。倒れた警備員のカメラは、もう一人が武器を抜く姿を捉えていた。
その背後から、銃を持たない男が飛び込んでくる。警備員は振り向く間もなく壁へ叩きつけられた。
「止めてください」
友丸は映像を戻した。銃を撃った男ではなく、あとから飛び込んできた男を見る。顔は映っていない。
「こいつは?」
「身元が分かっていない。倒された警備員はBランクだ。今は治療を受けている」
「Bランクを一撃か」
友丸が端末を返すと、久世は別の写真を開いた。搬出路の曲がり角に、機関銃が据えられている。
「小銃も機関銃も軍用クラスだ。弾には異界の鉱石が使われている」
「警備の人たちは、作業員だと思って近づいたんですね」
「ああ。魔力を纏う前に撃たれた者もいる。負傷者は多数だ」
Cランク以下の冒険者でも、魔力を纏えば銃弾に対処できる。だが、不意を突かれては間に合わない。
友丸は最初の映像をもう一度再生した。壁へ叩きつけられた警備員。その直前に映る、作業着の男の背中。
「この男も、宮本たちが連れていかれた奥にいるんですか」
「分からん。そこから先にカメラはない」
画面が暗くなるまで、友丸は男の動きを見ていた。




