はじめてのコンビニへ
黒田家から戻った日の夕方。
友丸はアパートのベッドに、香菜から渡された紙袋を並べた。こはくと一緒に選んだ服が、袋ごとに分けて入っている。
こはくは小さな姿のまま、袋の上を行ったり来たりしていた。
「みゃ、みゃ!」
「分かった。順番に出すから待て」
友丸が服を広げると、こはくは一着を選んで洗面所へ飛んでいった。戸が閉まり、少ししてから中で物音がする。
「友丸、いいよ!」
戸を開けて出てきたこはくは、人の姿になっていた。淡い水色のワンピースを着て、その場でくるりと回る。帽子はかぶっていないので、頭の耳が動くのもよく見えた。
「どう?」
「似合ってる」
「ほんと?」
「ああ。香菜さんもいいのを選んだな」
「こはくが選んだ!」
「そうだったな」
こはくは満足そうに笑った。
次は上下が分かれた服、その次は丈の長い上着。着替えるたびに洗面所へ戻り、友丸の前に立って感想を求める。
三着目を見せたところで、こはくが腰に手を当てた。
「どれが一番?」
「一番か……」
友丸はベッドに並んだ服を見比べる。
「水色のワンピースだな」
「こはくも、これが好き!」
「外へ行くなら、上着も着た方がいい。尻尾を隠せるから」
こはくが背後を振り返る。上機嫌に揺れていた尻尾が、ぴたりと止まった。
しばらくして、こはくが鏡越しに尋ねる。
「ねえ。みんなには、いつ見せる?」
「配信のことか?」
「うん。この服も見せたい」
黒田家では、公開する時期をこはくと決めようと話した。友丸は鏡の中のこはくへ目を向ける。
「週末なら、準備できると思う」
「週末って、あと何回寝る?」
「三回だ」
「三回……」
こはくは指を折って数え、少し考えた。
「長いけど、待つ」
「その間に、配信で何を話すか決めよう」
「うん!」
返事をしたこはくは、鏡の前でまた一回転した。
「でも、その前に外へ行きたい」
「今からか?」
「お菓子、買いに行く!」
友丸は時計を見た。近くのコンビニへ行って戻るだけなら、まだ明るいうちに帰れる。弁当も買いたいし。
「帽子をかぶって、尻尾を隠せるならな」
「できるよ!」
こはくは上着をつかみ、洗面所へ駆け込んだ。
◇
玄関で靴を履いたこはくは、帽子のつばを両手で押さえた。
「耳、見えてない?」
「見えてない」
「尻尾は?」
友丸はこはくの後ろへ回った。上着の中に収めた尻尾の先が、裾を少しだけ持ち上げている。
「今は大丈夫。嬉しくなって、思いきり振るなよ」
「気をつける」
そう答えた直後に裾が揺れた。
「こはく、動いてるぞ」
「あ」
こはくは上着を両手で押さえる。友丸は苦笑して、玄関の鍵を開けた。
人の姿で歩くこはくと並んで、いつもの道を行く。こはくは足元を見ながら一歩ずつ進んでいたが、コンビニの看板が見えると歩く速さが上がった。
「走るなよ」
「走ってない!」
返事は早いが、最後の数歩はほとんど小走りだった。
店へ入ると、こはくは友丸から買い物かごを受け取った。菓子の棚を端から眺め、一袋取っては戻し、別の袋をかごへ入れる。
小さな姿で来たときにも、友丸と一緒に菓子を選んだことはある。今日は自分の手で取れるのが楽しいらしい。
「これと、これと……これも」
「三つあるぞ」
「こっちは友丸の」
こはくは当然のように三袋目をかごへ入れた。
会計を済ませると、こはくは袋を自分で持ちたがった。友丸が渡すと、胸の前に抱えて店を出る。
「どうだった?」
「楽しかった。また来たい」
「菓子を買いに?」
「うん。あと、今日は自分でお金は払ってない」
「そうだな」
「次はこはくが払う!」
「その金をどうするか、まず考えないとな」
こはくは袋を抱えたまま考え込み、すぐに顔を上げた。
「友丸のお手伝いをする」
「じゃあ、帰ったら服を畳むのを手伝ってくれ」
「うん!」
そんな話をしながらアパートへ戻ると、入口の前で管理人の婆さんに会った。植木鉢に水をやっていたらしく、手に小さなじょうろを持っている。
「おや、友丸。そちらの子は?」
「預かってる子です」
こはくは一歩前に出て、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。元気な子だねえ」
婆さんはこはくの顔を見てから、手に持った菓子の袋へ目を移した。
「ちょっと待ってな」
じょうろを置き、自分の部屋へ入っていく。何を待つのか聞く間もなかった。
ほどなく戻ってきた婆さんは、両手いっぱいの菓子を抱えていた。小袋のせんべいに、飴、箱入りの焼き菓子まである。
「ほら。持っていきな」
「こんなに?」
友丸が驚く横で、こはくの目が輝いた。
「ありがとう!」
「いいよ、いいよ。しっかり食べな」
婆さんはこはくへ菓子を渡すと、今度は友丸を見上げた。
「あんたはちゃんと働いて、この子に食べさせな」
「働いてますよ。それに、預かってる子だって――」
「分かってる。皆まで言うな。訳ありなんだろ、 ご飯もちゃんと食べさせるんだよ」
友丸の返事を最後まで聞かず、婆さんはじょうろを持ち直した。
預かっているという説明は伝わったのだろうか。友丸には分からなかったが、こはくが嬉しそうに菓子を抱えているので、それ以上は言わずに頭を下げた。
◇
部屋へ戻ると、こはくは低いテーブルに菓子を並べた。コンビニで選んだ三袋より、婆さんにもらった分の方がずっと多い。
「二つに絞らせた意味がなかったな」
「おばあちゃん、優しいね」
「ああ。今度会ったら、またお礼を言おう」
「うん」
こはくが菓子を一袋開ける間、友丸はテレビをつけた。
画面には千葉異界の入口が映っていた。周囲に規制線が張られ、管理施設の前へ車両が集まっている。
『千葉異界の一部区域が、複数の人物に占拠されていることが分かりました。現地では入域を制限し、現在、状況の確認を進めています』
友丸はリモコンを操作した。
次のチャンネルでも、千葉異界の入口が映っている。もう一つ替えても同じだった。どの局も速報を伝えているが、占拠した者たちの人数や目的は、まだ分かっていないらしい。
こはくは菓子を持つ手を止めた。
「千葉?」
「ああ」
友丸は画面を見たまま答える。
『繰り返します。千葉異界の一部区域が――』
友丸はテレビの音量を上げた。
そのとき。
ピンポーン。
玄関の呼び鈴が鳴った。




