翼のない妖精
異界から戻ると、負傷した冒険者たちは管理施設の医療区画へ運ばれた。
友丸とユリアは、隣の調査室に呼ばれている。
長い作業台には、黒い機械の胴体、手足の一部が三体分並んでいた。ユリアが斬ったものは装甲ごと綺麗に分かれ、サイシンとブロドの組が持ち帰ったものにも、刃や打撃の痕がある。
取り出された三つの核にも、それぞれ傷が入っていた。
「こちらをお願いします」
イタリア政府の職員に促され、友丸は持ち帰った核を作業台へ置いた。
職員が手袋を着けて持ち上げる。別の職員も近づき、表面を確かめた。
「傷がありません」
「友丸さん、どうやって取り出したんですか?」
「装甲の隙間から核が見えたんだ。それだけ抜いた。方法は秘密で頼む」
「……分かりました」
職員はそれ以上尋ねず、台に並ぶほかの核と見比べた。
「無傷のまま調べられるのは、ありがたいです。ご協力ありがとうございました」
「止めるために抜いただけだ。役に立つならよかった」
「十分すぎるくらいよ」
ユリアが横から言う。
「私は胴体ごと斬ってしまったもの」
「職員二人を守りながらだろ。俺とは状況が違う」
ユリアは少し目を丸くし、それから笑った。
職員が核を保管容器へ移す。友丸たちが撮影した映像も、調査記録として受け取ることになった。
友丸の映像には、研究室とカプセルが動き始めるところまで映っている。そこで録画を止めたため、こはくの姿が変わった場面も、人の言葉を話した場面も残っていない。
肩の上には、いつもの姿に戻ったこはくがいた。
「こはくちゃんも無事でよかったです」
職員が声をかける。
「みゃ」
こはくは、これまでどおりに鳴いた。
友丸も、変化のことは話さなかった。
◇
イタリアでの聞き取りを終え、友丸とユリアはスイスの古城へ戻った。
城に着いた夕方、二人はこはくを連れてマルリアの書斎を訪ねた。茶を運んだ使用人が出ていくと、ユリアが扉を閉める。
「誰にも聞かれたくない話なのね」
マルリアは茶器を置き、友丸の肩を見た。
「こはくに変化があったんです」
友丸が言うと、こはくが机の上へ浮かんでいった。
「こはく。見せてやってくれ」
「うん」
ユリアの手が止まった。
マルリアも、こはくを見つめる。
「……今、喋った?」
「喋ったわね」
「まだある」
「まだあるの?」
ユリアが椅子から立ち上がった。
こはくの身体が浮いたまま、ゆっくりと形を変える。
手のひら大だった姿が伸び、二本の足で机の上に立った。普通の猫より少し大きい、小さな人型だ。猫科の動物を思わせる耳があり尻尾もある。手には指がある。翼はない。
銀色の首輪も、今の身体に合う大きさになっていた。
マルリアの椅子が床を擦った。
「こはくちゃん?」
「マルリア」
名前を呼ばれ、マルリアはすぐに答えられなかった。
ユリアは机の前まで来て、こはくと目を合わせる。
「本当に、こはくなのね」
「うん!」
「もう一度、私の名前を呼んでくれる?」
「ユリア」
ユリアは口元を押さえた。
「……友丸。これを城に着くまで黙っていたの?」
「落ち着いて見せられる場所が、ここだったからな」
「先に少しくらい説明できたでしょう」
「少しでは済まないだろ」
ユリアは言い返そうとして、もう一度こはくを見た。言葉を話し、小さな手で机に触れている。その姿に、結局何も言えなくなる。
マルリアがようやく息を吐いた。
「翼のない妖精みたいね」
「北欧の異界にも、《妖精》と呼ばれる存在がいるそうよ」
ユリアがこはくから目を離さずに言う。
「小説やアニメに出てくる妖精を思い浮かべて、人間がそう呼び始めたの。当の存在が妖精と名乗ったわけではないわ」
「似ているから付けた名前か」
友丸が言うと、ユリアは頷いた。
「精霊なら、本人がそう名乗っている子を知ってるわ。現在の世界ランキング三位の冒険者に同行している存在よ」
「会ったことがあるのか?」
「三位の冒険者とも、その精霊とも話したわ。精霊と言ったのも、本人よ」
友丸はこはくを見る。
「こはくも、何か別の名前があるのか?」
「こはくは、こはくだよ」
こはくが胸を張った。
その仕草は、姿が変わる前と同じだった。
「そうだな」
友丸が答えると、マルリアもようやく笑った。
「ところで、こはくちゃん。その姿で着る服が必要ね」
「服?」
「私が作るわ。どんなものがいい?」
マルリアは紙と鉛筆を取り出した。こはくの腕と足を見ながら、服の形を考え始める。
「こはくは魔物で…いや、謎の生物で男でも女でもないみたいです」
友丸が伝えると、こはくも頷いた。
「うん。でも、女の子の服がいい!」
「そうなのね。かわいくて、動きやすい服にしましょうか」
「うん!」
マルリアが袖の形を紙に描く。こはくは身を乗り出して覗き込んだ。
「お祖母さま、本当にご自分で作るの?」
「もちろん。こはくちゃんに好きな布も選んでもらいましょう」
「友丸の服みたいなのは嫌だよ」
こはくが顔を上げた。
「俺の服?」
「いつもよれよれだもん。男の服は嫌」
「待て。俺の服だけ見て、男の服を決めるな」
ユリアが吹き出した。
マルリアも鉛筆を持ったまま笑っている。
「そこは否定してくれないのか」
「昨日のシャツも、襟が曲がっていたわよ」
ユリアが言う。
「こはくちゃんはよく見てるのね」
「見てるよ!」
こはくはまた得意げに胸を張った。
友丸は二人が笑うのを見てから、自分の襟元を確かめた。
今日は、ちゃんとなっている。たぶん。




