進化?
カプセルの内側を走った光が、こはくの姿を隠した。
友丸は録画を止め、カメラを脇の作業台へ置く。透明な蓋の向こうから目を離さず、装置に手をかけられる位置に立った。
「こはく、聞こえるか?」
返事はない。
銀色の首輪を着けて、自分からカプセルへ入った。こはくには何か分かっていたのかもしれない。だが、友丸にはこの装置が何をするものか分からない。
蓋の内側で、光が幾筋にも増えた。
友丸はカプセルの継ぎ目と、作業台に置いた黒い機械の核を交互に見る。装置が危険だと分かれば、すぐにこはくを出すつもりだった。
やがて光が弱まり、カプセルの中が見えた。
友丸は目を細める。
こはくは、そこにいた。
ただし、見慣れた姿ではない。
普通の猫より少し大きい、小さな人型になっている。頭には猫科の動物を思わせる耳があり、尻尾もある。琥珀色の身体には銀の首輪が着いたままだ。首輪は、今の身体に合う大きさへ変わっていた。
蓋がゆっくりと開く。
こはくは二本の足で立ち上がり、友丸を見た。
「友丸」
はっきりとした、人の言葉だった。
「痛むところは?」
「ないよ」
「息は苦しくないか」
「大丈夫」
友丸はこはくの顔色と首輪を確かめた。動きに不自然なところもない。
異界では、何が起きてもおかしくない。幼少期より黒田家で教わったのは、驚く前に状況を確かめることだった。
「言葉も話せるようになったんだな」
「うん」
「この機械が何をしたかは分かるか?」
こはくは首を横に振った。
「入った方がいいと思ったの。でも、中で何が起きたかは分からない」
「そうか」
友丸はカプセルの内側へ目を向ける。さっきまで光っていた部分は消え、装置も動いていない。
「元の姿には戻れるか?」
「戻れるよ」
こはくの身体が小さくなった。
手のひらほどの、いつもの猫に似た姿。ふわりと浮き上がり、友丸の肩へ乗る。
「首輪は苦しくないな?」
「うん」
いつもなら「みゃ」と返ってくるところだ。友丸はこはくを一度見てから、作業台のカメラを取った。録画は止まっている。こはくが姿を変えたところも、言葉を話したところも映っていない。
友丸は黒い機械から抜き出した核をしまい、研究室を見渡した。
「ほかの連中を探そう」
こはくが頷く。
部屋の奥にも扉があった。友丸は小太刀を抜き、こはくを肩に乗せたまま開く。
次の部屋へ一歩踏み込んだ。
そこで、景色が変わった。
「……戻ったか」
目の前にあるのは、床の溝が集まる大きな機械だった。サイシンたちが消えた、最初の部屋だ。
友丸は後ろを振り返る。くぐったはずの扉はない。こはくは肩の上にいて、核もカメラも持ったままだ。
「入口へ行くぞ」
「うん」
友丸は来た道を走った。
◇
遺跡の入口には、ユリアたちがいた。
イタリア政府の職員が二人。ガイロンのBランク冒険者が三人。全員無事らしい。
友丸に気づいたユリアが、すぐに歩いてくる。
「友丸! こはくも一緒ね」
「ああ。そっちは怪我は?」
「ないわ。黒い機械が一体いたけれど、倒して戻ってきたの」
「俺のところにもいた」
友丸はポーチの中の核を示した。
「中からこれを抜いたら止まった」
ガイロンの冒険者が覗き込む。
「それが核ですか?」
「そうだと思う。まだ調べてない」
「サイシンたちとブロドたちは?」
友丸が尋ねると、ユリアの表情が引き締まった。
「まだ戻っていないわ。職員の方に、救護班の準備を頼んでいるところ」
友丸は入口の奥を見る。
二組ともAランクの冒険者を五人ずつ連れている。それでも、あの装甲を普通の攻撃で斬れなかった。時間がかかっていてもおかしくない。
「俺探して来ます」
「俺も行く」
「仕方ないな」
友丸とガイロンの冒険者達が歩き出しかけたとき、通路の奥から足音が聞こえた。
サイシンたちだった。
六人全員いる。だが、一人は仲間に肩を借り、もう一人は片腕を押さえていた。サイシンも傷を負ってる。
「サイシン!」
「無事だ。こいつらを先に診てくれ」
サイシンはそう言って、負傷した二人を職員へ引き渡した。
「黒い奴は?」
「交戦した。奥へ抜けたら、最初の部屋に戻された」
「俺も同じだ」
友丸が答えると、サイシンは短く頷いた。
負傷した冒険者の一人が痛みをこらえながら笑う。
「撮影者さんの方は、平気そうですね」
「こはくも無事だ」
「みゃ」
こはくがいつもの鳴き声で返した。
職員たちが応急処置を始める。その間も友丸とユリアは遺跡の奥へ目を向けていた。
やがて、再び足音が響く。
今度はブロドの組だった。
六人いる。二人が負傷しており、一人は額から血を流し、もう一人は仲間に支えられて歩いていた。
「全員戻ったな」
ブロドは入口にいる顔ぶれを数えてから、ようやく息を吐いた。
「話はあとだ。怪我人を外へ運ぶ」
イタリア政府の職員も頷いた。
「調査は中止します。救護班が入口の外で待機しています」
異論は出なかった。
友丸は研究室で見たものを伝えようとして、口を閉じた。カプセルのことも、こはくの変化も、落ち着いて話す必要がある。今は四人の負傷者を運ぶのが先だ。
「こはく、行くぞ」
「みゃ」
こはくは友丸の肩に乗ったまま、小さく頷く。
一行は怪我人を支え、遺跡の外へ向かった。




