黒い機械と銀の首輪
暗がりから現れた黒いものは、人に近い形をしていた。
頭と胴、二本ずつの腕と脚。ただし、顔はない。表面を覆う黒い装甲にも、目や口に当たるものは見当たらなかった。
「職員の方は下がって」
ユリアが剣を抜く。
黒いものが床を蹴った。狙いはユリアではなく、その後ろにいる政府職員だ。
ユリアは間に入り、すれ違いざまに胴を斬った。
硬い音が響く。
剣が、弾かれた。
「……硬いわね」
着地した黒いものが、首を回した。斬られたはずの装甲には、細い傷が一本ついただけだ。
ガイロンの冒険者三人が、職員たちを囲むように前へ出る。
「機械ですか?」
「たぶんね」
黒いものの腕が伸びた。肘の先が割れ、内側から鋭い刃が突き出す。
ユリアは一歩踏み込み、職員へ向かった腕を剣で払った。やはり切れない。刃と装甲がぶつかるたびに、耳障りな音が鳴る。
黒いものは腕を引き、今度は反対側から回り込もうとした。
「動かないで」
職員たちへ声をかけ、ユリアは剣を構え直す。
刀身の縁に、魔力が集まった。
薄い光が漏れたのではない。練り上げられた魔力そのものが、剣の周囲で揺れている。目で追えるほど濃いのに、刀身から散らない。
ガイロンの一人が息を呑んだ。
「剣に、あれだけの魔力を……」
黒いものが再び踏み込む。
ユリアは正面から剣を振り下ろした。
先ほど弾かれた装甲を、今度は刃が通り抜ける。
肩から胴まで斬られた黒いものは、そのまま床へ倒れた。伸びていた腕が一度だけ跳ね、動きを止める。
ユリアは剣についた黒い破片を払い、職員たちを振り返った。
「怪我は?」
「ありません」
「こちらも無事です」
職員二人に続いて、ガイロンの三人も答える。だが、その視線はユリアの剣に向いたままだ。
「さすが、ソードマスター……」
一人が呟いた。
残る二人も、頷くことしかできない。自分たちも日々剣を振っている。だからこそ、今の一撃へどれだけの魔力と技量が込められていたかが分かった。
ユリアは倒れた機械を見下ろした。
「友丸たちのところにも、これがいるかもしれないわ。出口を探しましょう」
◇
友丸の前でも、黒い人影が動き出していた。
こはくを背にかばい、小太刀を抜く。
迫ってきた腕を避け、友丸はその付け根へ刃を入れた。
金属音とともに、小太刀が跳ね返される。
「……普通には斬れないか」
「みゃ!」
こはくが警戒する声を上げた。
友丸は小太刀を構えたまま距離を取る。胸の前で黒い装甲が重なり合い、機械の動きに合わせてわずかに開いた。その隙間に、丸い部品が見える。
黒い機械が再び腕を伸ばした。
友丸は身をひねって刃をかわす。すれ違う間に、小太刀を鞘へ戻した。
「核かどうかは、取ってみれば分かるな」
胸の装甲が開いた瞬間、奥に丸い部品が見えた。
友丸は異能力でその場所と自分の手元を繋ぎ、核と思われる部品を抜き出す。
黒い機械は、腕を伸ばしたまま動きを止めた。
核と思われるものは、握り込むと、冷たく、ずしりと重い。
黒い機械は腕を伸ばした姿勢のまま止まった。関節から小さな音がして、その場に崩れ落ちる。
「当たりだ」
友丸は手の中の部品をカメラへ向けた。装甲の内側にあった円形の部品。表面には、見たことのない細かな模様が刻まれている。
「みゃ」
「撮ってから調べる。触るなよ」
こはくは頷いたが、すぐに部屋の奥へ顔を向けた。
倒れた機械の向こうに、開いたままの扉がある。
◇
サイシンたちは、まだ戦っていた。
五人のAランク冒険者が左右へ散り、黒い機械の腕を順に受け流す。サイシンが正面から踏み込むたび、機械は後ろへ下がった。
追い詰めてはいる。
だが、装甲へ入れた攻撃は弾かれ、動きを止めるところまではいかない。
「関節を狙え! 正面から殴り合うな!」
サイシンの声に応じ、仲間たちが距離を詰め直す。
◇
ブロドたちのいる部屋でも、黒い機械との戦闘が続いていた。
Aランクの一人が腕を引きつけ、もう一人が背後へ回る。残る仲間たちは、機械が動く先を塞いだ。
「傷はつく。どこかに止める場所があるはずだ」
ブロドが声をかける。
機械は床を強く踏み、包囲の隙間へ身体をねじ込んだ。
全員がすぐに向きを変える。まだ誰も倒れていない。だが、ブロドたちも決着をつけられずにいた。
◇
友丸が扉の先へ入ると、部屋の様子が一変した。
壁際に並ぶ作業台。その上には小さな器具や、用途の分からない部品が残されている。反対側には、透明な蓋のついたカプセルがいくつも並んでいた。
「研究室……みたいだな」
友丸は入口から順に撮影した。
作業台、壁の模様、カプセルの数。あとで見返せるよう、急がずにカメラを動かす。
友丸がカプセルを撮影していると、こはくが腰のポーチを前足で叩いた。
「どうした?」
中から取り出したのは、千葉異界の遺跡で見つけた銀色の首輪だ。
友丸が手のひらに載せると、こはくは首輪をこつ、こつと叩く。
「これを着けたいのか?」
「みゃ」
「何が起きるか分からないぞ」
「みゃ」
こはくは首輪をもう一度叩いた。
友丸はカメラで首輪の表裏を撮り、手に取る。目に見える傷や仕掛けはない。だが、それで安全だと言い切ることもできなかった。
「嫌だったら、すぐ外すからな」
こはくが頭を差し出す。
友丸はその首に、銀色の輪を着けた。大きさは、こはくにぴったりだった。
「苦しくないか?」
「みゃ」
こはくは一度身体を揺らしてから、作業台を離れた。
向かった先には、並んだカプセルの中で一つだけ小さなものがある。
「待て、こはく」
友丸が呼ぶと、こはくは振り返った。
「そこへ入るつもりか?」
「みゃ」
こはくは自分から、開いていたカプセルの中へ入った。
友丸はすぐ横まで駆け寄る。こはくが身体を丸めた途端、透明な蓋が静かに動き始めた。
「こはく、出られるか?」
中のこはくは、友丸を見上げている。慌てた様子はない。
蓋が閉じる。
友丸はいつでも装置を壊せる位置に立った。
それまで暗かったカプセルの内側に、一本の光が走る。
「……何が始まるんだ?」
銀色の首輪が、その光に応えるように輝いた。




