四つの暗がり
深層の遺跡入口には、十五人の冒険者が待っていた。
四大クランの一角、《ガイロン》が送り込んだ調査隊だ。サイシンとブロドのほかにAランクが十人。Bランクは三人だけで、その三人も深層での活動経験を持っている。
「遅い」
「イタリア政府に頼まれた撮影を済ませてきた。予定どおりだぞ」
「知っている。こっちは先に準備が終わって、待ちくたびれただけだ」
「なら『待ってた』でいいだろ」
「同じことだ」
「違うと思うぞ」
ユリアが横で笑った。
「撮影は済んだわ。もう出発できるでしょう?」
「ああ」
サイシンは短く答えたが、こはくが友丸の肩から顔を出すと、そちらへ視線を移した。
「……そいつも来たのか」
「みゃ」
こはくは友丸の肩に座り直した。
遺跡の脇では、イタリア政府の職員二人が機材を広げている。片方が準備の手を止め、友丸とユリアの前へ来た。
「案内映像の撮影、ありがとうございました。こちらの依頼でお時間をいただきました。ここからは遺跡の調査をお願いします」
「もちろんだ」
「撮影者さん。遺跡内も撮影をお願いできますか?」
「中は生配信禁止だったな」
「はい。映像は調査記録として保管します。公開できる部分があるかどうかは、調査後に判断します」
「分かった。何を撮ればいい?」
「機械だけでなく、通った道や壁、床もお願いします。後から見直したときに、位置が分かるようにしたいので」
友丸は頷き、カメラを録画に切り替えた。
職員は《ガイロン》の面々にも小型カメラを渡す。
「戦うときに邪魔にならないか?」
友丸が尋ねると、サイシンの隣にいた冒険者が胸元のカメラを軽く叩いた。
「これくらいなら平気だ。撮影者さんのカメラに映らない場所もあるだろ?」
「確かに」
先頭にサイシンとAランク五人。後尾にブロドと残るAランク五人。間にはユリアと政府職員二人、護衛につくBランク三人が入る。
友丸はこはくを連れ、その少し後ろから全体を撮ることになった。
「準備はいいな」
ブロドの声に全員が頷く。
友丸は遺跡の入口をカメラに収め、一行とともに中へ入った。
◇
岩を削った通路の両側に、金属の機械が並んでいた。
壁から伸びる腕のようなものもあれば、天井を横切る太い管もある。床には細い溝が何本も刻まれ、通路の奥へ続いている。
友丸は機械の形が分かるように、歩く速度を落として撮った。
瀬戸内海異界の搬送施設にも、似たような腕があった。ただ、こちらも同じ用途で造られたのかは分からない。
「動きそうに見えるな」
友丸が呟くと、ユリアが機械を見上げた。
「今は動いていないわね」
「今は、な」
壁の機械はさらに数を増した。管が天井の奥へ伸び、床の溝も重なり合っている。友丸がそれらを撮りながら進むと、ユリアが横の壁を指した。
「友丸。あれを見て」
機械の陰に、色の残った壁画があった。
友丸はカメラを向け、全体が入る位置まで下がる。
何人もの人型の存在が、大きな部材を運んでいた。その足元や肩の近くには、こはくに似た小さな生物も描かれている。前脚で部品を押さえるもの、運ばれてきた部材の上に乗るもの。人型の存在と一緒に、中央の大きな何かを造っているように見えた。
だが、肝心の中央は壁が傷み、輪郭の一部しか残っていない。建物なのか機械なのかも分からなかった。
「こはくに似てるな」
友丸が肩へ目を向ける。
「みゃ?」
こはくも壁画を見たが、何かを思い出した様子はない。
職員が壁画の前に立ち、傷んだ部分を含めて撮影する。
「人型のほうが、遺跡を造った存在でしょうか」
「そう見えるが、まだ分からないな」
友丸は答えた。壁画に何を描いたのか、今の段階では確かめようがない。
「こちらも、こはくと同じ生き物とは限らないわ」
ユリアの言葉に、職員が頷いた。
友丸は壁画を端から端まで撮り、床の位置も記録した。一行が進み始めても、こはくはしばらく壁を見ていたが、やがて友丸の肩へ戻ってきた。
その先で、通路は大きな部屋に出た。
通路の途中で、先頭のサイシンが足を止めた。
壁にはイタリア政府が付けた目印があり、その先から床の地図が途切れている。職員の一人が端末を確かめ、全員へ告げた。
「先遣隊の記録はここまでです。この先は未調査エリアになります」
「分かった。間隔を詰めすぎるな」
ブロドが後方へ声をかける。
先頭の組が安全を確かめてから、一行は目印を越えた。
奥に据えられた機械は、それまで見てきたものより一回り大きい。金属の腕がいくつも折り畳まれ、その足元に床の溝が集まっている。
職員の一人が床の溝を撮影し、もう一人が位置を記録する。サイシンの組が先を確かめ、ブロドの組は後方を警戒していた。
「みゃ」
友丸の肩から飛び立ったこはくが、部屋の奥を見つめたまま止まった。
「どうした?」
「みゃ」
「気になるものがあるのか?」
こはくは答える代わりに、少しだけ奥へ進む。
「離れるなよ」
友丸が声をかけると、こはくは振り返った。友丸はカメラを向けたまま、その後を追う。
先に進んでいたサイシンが、同行者へ顔を向けた。
「向こう側も確認して――」
声が途切れた。
友丸がカメラを動かす。
ついさっきまでサイシンが立っていた場所には、誰もいなかった。その周囲にいたAランクの五人も、まとめて姿を消している。
「サイシン?」
ユリアが名前を呼ぶ。返事はない。
友丸はカメラを構えたまま、彼らがいた場所を見つめた。床にも機械にも変化はない。
光も音もなかった。
サイシンが消える瞬間を、友丸は見ていない。すぐそばにいたユリアも、周囲を警戒していた《ガイロン》の冒険者たちも同じだった。
「全員、その場を動くな」
ブロドの声が部屋に響く。
政府職員の一人が、友丸のカメラを見た。
「映っていますか?」
「向けてはいた。何が起きたかは分からん」
職員は胸の端末に手を伸ばしたが、ブロドが先に判断を下した。
「撤退だ」
そう言い終えた瞬間、ブロドが消えた。
後ろにいたAランク五人の姿もない。
今度は友丸も、ユリアも、正面から見ていた。それでも誰一人、消える前に反応できなかった。
「友丸、こはくは?」
「ここに――」
友丸は隣に浮かぶこはくを見た。
次に顔を上げたとき、ユリアたちがいなかった。
◇
友丸の目の前には、知らない壁があった。
さっきまで立っていた大きな部屋とは違う。周囲にいるのは、こはくだけだ。
「みゃ……」
「大丈夫か?」
こはくが頷く。友丸はカメラを握り直し、部屋の中を見回した。
何が起きるか、まるで分からなかった。こはくの卵を見つけたときと同じだ。
◇
ユリアは剣の柄に手を置き、周囲を確かめた。
イタリア政府の職員が二人。《ガイロン》のBランク冒険者が三人。全員いる。
だが、友丸とこはくの姿はなかった。
◇
別の通路では、サイシンが同行者五人を振り返っていた。
「全員いるな」
返事を聞き、今度は後ろを見る。
そこには先ほどの大きな機械も、友丸たちもいない。
◇
ブロドもまた、五人の仲間と見知らぬ部屋に立っていた。
撤退を命じた遺跡の入口は、どこにも見えない。
未調査エリアへ入った一行は、四組に分断された。
それぞれの暗がりで、黒い何かが動いた。




