白い岩棚の先へ
イタリアの異界へ足を踏み入れると、白い岩棚が遠くまで連なっていた。
段になった岩の間を細い水が流れ、陽を受けて光っている。浅層の道は整備されており、入口から少し進んだだけで、観光客や冒険者の姿が見えた。
「ずいぶん人がいるな」
「展望台へ行く人たちよ。景色がいいから、休日はもっと混むわ」
友丸は撮影機材を確かめ、配信を始めた。
「どうも、撮影者です。今日はイタリアの異界に来ている。まずは浅層の展望台、そのあと中層の危険な場所を案内する」
画面にコメントが流れ始める。
《今回はイタリアの異界か?》
《スイスの次はイタリア!》
《ヨーロッパ異界巡りしてる》
《うちの国の異界にも来てくれ》
《待って。ユリアさんもいる?》
友丸がカメラを横へ向けると、ユリアが手を上げた。
「こんにちは。今日は案内のお手伝いよ」
近くを通りかかった冒険者たちが足を止める。
「ユリアさんだ!」
「この前の配信も見ました!」
呼びかけられたユリアは笑って手を振った。
それを見たこはくが、友丸の肩から飛び立つ。ユリアの隣に浮かび、前脚を交互に振り始めた。
「みゃ、みゃ!」
冒険者たちの視線が一斉にこはくへ移る。
「こはくちゃんも振ってくれてる!」
「かわいい……」
《こはくちゃん、手を振ってるつもりか》
《前脚バタバタしてる》
《かわいい》
《あのアイドルのダンスPVみたい》
《また踊ってくれ》
「今日は踊らないぞ」
友丸が言うと、こはくは振っていた前脚を止め、こちらを見た。
「みゃ?」
「今のままで十分かわいいわよ」
ユリアがそう言うと、こはくはもう一度、前脚を振り始めた。
《褒められて再開した》
《分かってやってるだろ》
笑い声を上げた冒険者たちに見送られ、三人は展望台へ向かった。
◇
展望台からは、白い岩棚の全体が見渡せた。
水の流れる場所だけが青く光り、岩の段をいくつも越えて、はるか下へ続いている。友丸がカメラをゆっくり動かすと、景色を見たコメントが流れた。
《きれいだな》
《ここは行ってみたい》
《イタリアの異界、こんな場所があるのか》
「展望台へ来るなら、入口から案内板に沿って進めばいい。ただ、一か所だけ間違えやすい分岐がある」
友丸は来た道へカメラを戻した。
白い岩の間に、二本の道が並んでいる。一方は展望台へ続く整備された道。もう一方も途中までは歩きやすそうに見えたが、入口には立入禁止の標識が立っていた。
「景色を見ながら歩いていると、そのまま向こうへ行きそうになる。展望台へ来る人は、こっちの案内板を確認してくれ」
友丸は両方の標識が一つの画面に収まる位置まで下がった。
「立入禁止の方は、どこに続いているの?」
「先は足場の悪い岩場だそうだ。許可のない人は入れない」
《言われるまで同じ道に見えた》
《景色見てたら間違えそう》
《これ現地で見返せるの助かる》
展望台へ向かう道と、立ち入れない道をもう一度映す。友丸はそこでカメラを切り返した。
「浅層はここまでだ。次は中層へ行く」
◇
中層に入ると、道の様子が変わった。
白い岩棚は続いているが、足元には細かく砕けた石が増え、斜面には崩れた跡が残っている。観光客の姿はなく、時折、装備を整えた冒険者とすれ違うだけだ。
友丸は政府職員から渡された地図を確認した。
「最初に撮るのは、この先の岩場か」
「ええ。近くまで行けば、どうして危ないか分かると思うわ」
道が曲がった先で、岩棚が大きく途切れていた。
向こう岸まではそれほど離れていない。だが、間にある白い岩は薄く張り出しており、その下は深い裂け目になっている。
「ここを渡るのか?」
「今使われている道は、右側よ」
ユリアが指した先には、岩壁に沿って整備された通路があった。友丸は二つの道を続けて映す。
「正面の岩棚は、近くで見ると下が空いている。向こうへ行けそうに見えるが、踏むな。右側が今の通路だ」
そのとき、乾いた音がした。
張り出した岩の端から小さな破片が剥がれ、裂け目の底へ落ちていく。少し遅れて、石がぶつかる音が返ってきた。
《今、崩れた?》
《渡れそうに見えるのが怖い》
《カメラで近くから見ると下が空いてるな》
「撮れたな」
「ちょうど崩れるところまで撮るとは思わなかったけど」
ユリアは右側の通路へ目を向けた。
「行きましょう。ここに長く立つ場所でもないわ」
二人が進み出したところで、こはくが友丸の肩から浮いた。
「みゃ」
短い鳴き声と同時に、岩陰で砂が動く。
四足の魔物が身を起こした。背中を覆う灰色の殻が周囲の岩と似ており、動き出すまで見分けがつかなかった。
「そこにいたのか」
友丸がカメラを向ける。
魔物は通路へ飛び出したが、ユリアが一歩前へ出た。抜いた剣が一度だけ光り、魔物は勢いを失って地面へ倒れる。
彼女は剣を払ってから、岩陰を確かめた。
「ほかにはいないわ」
《岩だと思ってた》
《こはくちゃんが先に気づいた?》
《ユリアさん、抜くの速すぎる》
《今日は湖を割らなかった》
「毎回、湖を割るわけじゃないわよ」
ユリアが画面へ向けて言う。
《コメント読まれてた》
《割る必要があったら割るんだ……》
友丸は倒れた魔物と、その背後の岩場を映した。
「こいつも、動くまで分かりにくかった。ここは足元だけじゃなく、岩陰にも気をつけた方がいい」
「立ち止まって景色を見るなら、周りを確認してからね」
ユリアが付け加える。
その後も、友丸は地図に印のある場所へ向かった。落石で通れなくなった古い道。今の通路と間違えやすい分岐。現地の標識と周囲の様子が一緒に分かるよう、それぞれ撮影する。
最後の危険箇所を映し終えた頃には、浅層の明るい岩棚はずっと後ろになっていた。
◇
深層へ下りる道の先で、友丸は足を止めた。
政府の封鎖柵があり、その向こうからは調査区域が始まる。遺跡はさらに奥だ。《ガイロン》のサイシンとブロドとは、そこで合流することになっている。
友丸はカメラを自分たちの方へ向けた。
「今日の配信はここまでだ。この先は許可を受けてない区域で、生配信はできない」
《もう終わりか》
《浅層の景色よかった》
《中層の岩場、映像で見られて助かった》
《こはくちゃん、また手振って》
「みゃ!」
こはくがカメラの前に飛び出し、前脚を勢いよく振った。
「またね」
ユリアも手を振る。
友丸は二人が画面に収まっているのを確かめた。
「それじゃ、また」
配信終了の表示を押す。
画面が暗くなった。




