撮影者を呼んだ理由
城へ戻ってから、二日後。
正面玄関には二台の車が待っていた。
一台は絢香を空港へ送る車。もう一台には、友丸とユリアの荷物が積まれている。
「本当に帰るんだな」
友丸が言うと、絢香は自分の旅行鞄を載せた車を指した。
「店もあるし、遺跡の調査は私の仕事じゃないもの」
「塁は、絢香も行きたいなら何とかするって言ってたぞ」
「本人からも聞いたわ。断ったけど」
「塁は相変わらずね」
ユリアが苦笑する。
「絢香が行きたいと言えば、本当に何とかするつもりだったのでしょうね」
「だから、何とかされる前に断ったのよ」
塁ならやりかねない。
友丸が頷くと、絢香は「そこで納得しないで」と肩を小突いた。
「友丸とこはくちゃんは、気をつけてね」
「ああ」
「みゃ」
こはくは友丸の肩から飛び立ち、絢香の差し出した手に降りた。
両手で抱かれ、頭を撫でられる。気持ちよさそうに目を細めていたが、絢香が顔を近づけると、自分から額を寄せた。
「帰ってきたら、お土産話を聞かせてね」
「みゃあ」
絢香はこはくを友丸へ返し、今度はユリアと抱き合った。
「キャンプ、楽しかったわ。また一緒に行きましょう」
「ええ。次は私が日本へ行くわ」
「約束よ」
見送りに出ていたマルリアにも、絢香が向き直る。
「マルリアさんも、また日本へ来てください」
「そうね。燿とはなにも久しぶりに会いたいわ」
「そのときは黒田家に泊まって、ゆっくりしていってください。二人にも伝えておきます」
マルリアが笑った。
絢香が車へ乗り込む。走り出した車の窓から手が振られると、こはくも前脚を振り返した。
「みゃあ!」
車が城門の向こうへ見えなくなるまで、こはくは友丸の側で浮かんでいた。
「そろそろ俺たちも行くか」
友丸が声をかけると、こはくは肩へ戻ってきた。
隣では、ユリアがもう一台の車へ向かおうとしている。
「イタリアの異界に入る許可は取れたのか?」
「ええ。《欧州異界相互入域協定》を使って申請したわ」
スイスもイタリアも協定の加盟国だ。世界十位のユリアも、入域許可を得ればイタリアの異界へ入れる。
「遺跡の方は?」
「まだ返事待ちよ。イタリア政府の許可が下りなければ、封鎖区域には入らないわ」
「そこまでして来るのか?」
ユリアは友丸の肩にいるこはくを見た。
「スイスでもこの前行った別の異界で、異界人の遺跡が見つかっているわ。でも、今回の遺跡は只の機械設備とは違うのでしょう? こはくちゃんに関わるかもしれないなら、私も見ておきたい」
「みゃ?」
「二人とも、気をつけて」
マルリアがユリアの頬に手を添えた。
「まだ調査の済んでいない遺跡よ。無理はしないこと」
「分かってるわ、おばあ様」
ユリアが祖母を抱きしめる。
友丸も、マルリアえ頭を下げる。
「行ってきます。調査が終わったら、また戻ります」
「ええ。お帰りを待っているわ。そのときは、また稽古をしましょう」
「次こそ一本取りますよ」
「楽しみにしているわ」
マルリアは微笑み、こはくにも手を振った。
「こはくも気をつけてね」
「みゃ!」
こはくは小さな前足を上げて応えた。
友丸とユリアが後部座席へ乗り込むと、車がゆっくりと動き出した。
城門を抜けても、こはくはしばらく後ろを見ていた。友丸が窓の外へ目を向けると、見送りに立つマルリアの姿が、石壁の向こうへ消えるところだった。
「イタリアでは、誰かと合流するの?」
ユリアが尋ねると、友丸は頷いた。
「四大クランの一つ、《ガイロン》だ。クランマスターのサイシンと、副マスターのブロドが現地にいる」
「二人とも来ているの?」
「ああ。まずは会って話を聞く」
車は山あいの道を南へ進む。
スイスでの滞在を終え、三人は《ガイロン》の待つイタリアへ向かった。
◇
イタリアへ向かう車の中で、友丸は櫻子から聞いていた話をユリアに伝えた。
「《ガイロン》のサイシンは、塁をライバル視してるらしい」
「ええ知ってるわ。以前からそうね」
「今回、俺を呼んだのもそのためだそうだ。調査で成果を出して、次のランキング見直しに向けた実績にしたいらしい」
塁の知り合いである撮影者とこはくを招き、《ガイロン》が主導した調査として手柄を残す。櫻子によれば、サイシンの狙いはそこにあるらしい。
「好意で呼ばれたと思うな、って釘を刺された。ユリアにも話しておいた方がいいと思ってな」
「ありがとう。でも、私が行く理由は変わらないわ」
ユリアは友丸の肩にいるこはくを見た。
「壁画がこはくちゃんに関わるものなら、私も自分の目で確かめたい」
「みゃ?」
名前を呼ばれたこはくが首をかしげる。
「俺たちが仲よく迎えられるとは限らないぞ」
「それは、会ってみれば分かるでしょう」
ユリアは落ち着いた声で答えた。
◇
イタリアの異界管理施設に到着すると、入口には政府職員が待っていた。
猫の仮面を着けた友丸が車を降りる。職員は二人へ歩み寄り、丁寧に頭を下げた。
「撮影者さん、ユリアさん。お待ちしておりました。塁さんからも、お二人が来られると伺っています」
「塁から俺の話まで?」
「はい。瀬戸内海異界での案内配信も拝見しました。こちらでもお願いできればと思っています」
職員は施設の中へ二人を案内した。受付で書類を確認しながら、許可について説明する。
「撮影者さんの入域許可と、協定に基づくユリアさんの入域許可は、どちらも承認されています。それから、返事をお待たせしていた遺跡の封鎖区域への立ち入りも、ユリア様には正式な許可が下りました」
「ユリアも遺跡に入れるんだな?」
「はい。イタリア政府が調査参加者として認めています」
友丸がユリアを見ると、彼女も頷いた。これで、遺跡へ向かう条件はそろった。
「その前に聞いておきたい。この異界で、配信してほしい場所はあ
るか?」
「浅層の観光ルートと、中層の危険箇所をお願いしたいんです」
職員が地図を広げる。
「白い岩棚が続く展望台は、ここの人気スポットです。ただ、途中に一般の方が入れない道への分岐があります。景色だけでなく、展望台までの道順と、入ってはいけない場所も配信していただけますか」
「分かった」
「それから、中層のこの一帯です」
職員は地図の別の場所を指した。
「足場が崩れやすい岩場と、魔物が現れる区画があります。許可された経路を通って危険な場所を撮影し、何に気をつけるべきか伝えていただきたいんです」
「現地を確認してから配信。それでいいか?」
「はい。ありがとうございます。遺跡の内部については、生配信を控えてください」
「それも聞いてるよ」
地図を片づけた職員は、ユリアに顔を向けた。
「マルリア様はお元気ですか?」
「ええ。今朝も私たちを見送ってくれたわ」
友丸が横を見ると、ユリアが小さく笑った。
「おばあ様はイタリア出身なの。こちらでも英雄として知られているわ」
「そうだったのか」
城での稽古を思い出す。友丸にとっては容赦のない相手だったが、職員が懐かしそうに名前を口にするのも分かる気がした。
手続きを終える頃、日本政府の職員が小さな箱を持って現れた。
「研究施設からお預かりしたものです」
友丸が蓋を開けると、緩衝材の中に銀色の首輪が収まっていた。
こはくが肩から身を乗り出す。
「みゃ?」
「覚えてるだろ?。卵に似た物の中から見つかった首輪だ。遺跡で何か分かるかと思って、持ってきた」
友丸はこはくに見せてから、箱を閉じた。
「まだ着けないぞ」
「みゃ」
分かったのかどうか、こはくは友丸の肩に戻った。
◇
異界の入口へ向かう前に、友丸たちは《ガイロン》の二人と顔を合わせた。
「クランマスターのサイシンだ。こちらは副マスターのブロド」
サイシンが紹介すると、ブロドは軽く会釈した。
「撮影者だ。招いてもらったと聞いてる」
「ああ。来てもらえて助かる」
サイシンはそう答えたが、すぐに視線をユリアへ移した。
「こちらが招いたのは撮影者だ。お前は何をしに来た?」
「遺跡を調べに来たのよ」
ユリアは表情を変えずに答える。
「私にもイタリア政府から正式な許可が下りているわ」
「それは聞いている」
「なら、問題ないでしょう?」
サイシンは返事をせず、今度は友丸へ向き直った。
「遺跡では俺たちの指示に従え」
「調査の段取りと、安全に関わる指示には従う。あんたたちが先に調べている場所だからな」
友丸が答えると、サイシンは続きを待つように黙った。
「ただ、こはくに関わるものが見つかったら、俺にも確かめさせてくれ。気づいたことがあれば、その場で伝える」
「私も調査の手順には従うわ」
ユリアが友丸の隣に並ぶ。
「そのうえで、疑問に思ったことは聞かせて。私は政府の許可を受けて、遺跡を調べに来たのだから」
サイシンは二人を見比べ、短く息を吐いた。
「……塁から、お前は言うべきことを遠慮なく言うと聞いていた」
「塁と話したのか?」
「撮影者を呼ぶと伝えたときにな」
友丸は仮面の下で苦笑した。塁はこうなると分かっていたらしい。
「勝手にしろ。ただし、邪魔にはなるな。お前たちが何を見つけようと、この調査の手柄は《ガイロン》がもらう。塁に持ち帰る分はないぞ」
「俺は塁のために来たわけじゃない。こはくに関わるものを確かめられれば、それでいい」
サイシンが先に歩き出し、ブロドが続いた。
「櫻子の言ってた通りだな」
友丸が小声で言うと、ユリアも声を落とす。
「ええ。そうなったわね」
◇
施設の奥にある異界の入口で、職員が全員の入域許可を確認した。
友丸は首輪の入った箱を鞄に収め、撮影機材を確かめる。こはくは猫仮面の横に浮かび、入口の向こうを覗いていた。
「まずは浅層の展望台か」
「ええ。遺跡へ行く前に、撮影する場所を見ておきましょう」
ユリアが隣に立つ。
サイシンとブロドが先に入口を通った。友丸もこはくに声をかける。
「行くぞ」
「みゃ!」
友丸はユリアと並び、イタリアの異界へ足を踏み入れた。




