二人のソードマスター
友丸は配信を終了した。
それを待っていたかのように、監視施設から数人の職員が歩いてくる。
先頭の男性はユリアの前まで来ると、深く頭を下げた。
「ユリアさん、迅速な対応をありがとうございました。おかげで、二体とも浮標の内側へ入る前に討伐できました」
「間に合ったなら、それでいいわ。回収は任せても?」
「はい。討伐班と解体班が引き継ぎます」
男性はユリアへ答えたあと、友丸にも向き直った。
「撮影者さんも、ご協力ありがとうございました」
「俺は撮っていただけだぞ」
「配信を通じて、周辺区画にいる方々へ詳しい状況を伝えていただけました。退避中の冒険者たちも、何が起きているのか確認できたことで、混乱せずに済んでいます」
「管理施設からも警報は出ていただろ」
「警報だけでは、深層種の位置や討伐の進み具合までは分かりません。非常に助かりました」
改めて頭を下げられ、友丸も軽く頭を下げて返した。
そこへ、湖へ出ていた政府所属の冒険者が戻ってくる。
職員へ短く報告し、沖に浮かぶ二体の巨体を指し示した。
二体とも、すでに死亡が確認されたらしい。ほかに深層種の反応もない。
「安全の確認が取れ次第、周辺区画の退避指示を解除します。お二人は、もう戻っていただいて大丈夫です」
「分かったわ」
ユリアは鞘へ収めた剣を持ち直し、友丸へ顔を向けた。
「戻りましょう。朝食の途中だったもの」
「まだ自分で作る気なのか?」
「当然よ」
つい先ほど深層種を二体まとめて斬った剣士とは思えない返事だった。
◇
二人がキャンプ区画へ戻ると、こはくが勢いよく飛んできた。
「みゃあ!」
まず友丸の周りを一周し、続いてユリアの前へ移動する。
こはくは宙に浮いたまま、右の前脚を勢いよく横へ振った。
「何をしてるんだ?」
「さっきのユリアの真似じゃない?」
調理台の前にいた絢香が答えた。
友丸たちが戻るまで、こはくと一緒に配信を見ていたらしい。
こはくは、もう一度前脚を横へ振る。
「みゃ!」
「ZANね」
ユリアが満足そうに頷いた。
「変なことを教えるな」
「貴方の真似をした私の真似よ」
「余計にややこしいな」
友丸が止めても、こはくは楽しそうに前脚を振り続けている。
「朝食はできてるわよ」
絢香が調理台へ目を向けた。
ユリアが途中まで焼いていた野菜と卵は、絢香の手によって無事に朝食へ変わっている。
「私が切った野菜も入っているのよ」
「そこだけなのか?」
「呼び出されなければ、最後まで私が作っていたわ」
「火を弱めるつもりで、消そうとしてたけどな」
「あれは少し間違えただけよ」
三人はテーブルを囲み、遅くなった朝食を取った。
友丸が焼いた野菜を口へ運ぶ。
厚さには多少の違いがあるものの、きちんと火は通っていた。
「どう?」
ユリアが期待に満ちた目を向けてくる。
「うまい」
「そうでしょう?」
「焼いて味をつけたのは私だけどね」
絢香のひと言に、ユリアが黙った。
隣では、こはくが慎重に野菜の匂いを嗅いでいる。
「みゃ」
朝食を終えたあと、友丸たちは中断していたキャンプを再開した。
二体の深層種が討伐されてから、湖で新たな騒ぎは起きなかった。
周辺区画の退避指示も昼前には解除され、二日目はそのまま穏やかに過ぎていった。
◇
朝食を済ませた三人は、キャンプ道具の片づけを始めた。
友丸とユリアがテントを畳み、絢香が調理道具をまとめていく。
こはくも手伝う気になったらしく、小さな袋を前脚で抱え、荷物の間を忙しそうに飛び回っていた。
ただし、どこへ運べばいいのかは分かっていない。
同じ袋を何度も持ち上げては、元の場所へ戻している。
「それ、さっきから一度も移動してないぞ」
「みゃ」
「本人は手伝ってるつもりなのよ」
絢香に言われ、友丸はこはくの頭を撫でた。
「そうか。助かる」
「みゃあ」
褒められたこはくは満足そうに胸を張り、抱えていた袋をもう一度持ち上げた。
「だから、それはもういい」
「みゃ?」
片づけを終えた頃には、キャンプ区画からテントも調理台もなくなっていた。
友丸は荷物を背負い、湖を振り返る。
朝日を受けた水面は、昨日の騒ぎなどなかったように穏やかだった。
「また来ましょう」
ユリアが隣へ並ぶ。
「ああ。こはくも気に入ったみたいだからな」
「みゃ」
名前を呼ばれたこはくが、名残惜しそうに湖の上へ飛び出した。
水辺を大きく一周してから戻り、友丸の肩へ降りる。
「もういいのか?」
「みゃあ」
「それなら帰るぞ」
三人と一匹は荷物を持ち、第七キャンプ区画をあとにした。
予想外の討伐まで加わった二泊三日のキャンプは、こうして無事に終わった。
◇
城へ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
正面玄関では、ユリアの祖母であるマルリアが一人で待っていた。
「お帰りなさい。キャンプは楽しめたかしら?」
「ええ。少し予定外のこともあったけれど」
「湖を割ったそうね」
ユリアが答えるより先に、マルリアの視線が友丸へ向く。
「この子が妙なことを覚えてしまったようね」
「俺は教えてないですよ」
「海外で、撮影者さんの技が何と呼ばれているか教えただけよ」
「それを覚えたと言うんだ」
友丸の肩では、こはくが楽しそうに前脚を横へ振っている。
「みゃ!」
「こはくまで覚えなくていい」
マルリアは笑いながら、こはくの頭を撫でた。
玄関広間へ入ったところで、絢香が周囲を見回す。
「ご両親は?」
「二人とも、仕事へ戻りましたよ」
マルリアが答えた。
「予定より早く出なければならなくなって、今朝の便で発ちました。直接挨拶できなかったことを残念がっていたわ」
「仕事なら仕方ないわね」
「友丸にも、伝言を預かっています」
「俺に?」
マルリアはユリアの母親の口調を真似るように、少しだけ声を弾ませた。
「結婚の話は、帰ってきたときに改めてゆっくりしましょう――だそうよ」
「わざわざ残す伝言か?」
「母らしいわ」
ユリアは特に困った様子もなく頷いている。
どうやら、結婚話を諦めたわけではないらしい。
「父からは、滞在中はゆっくり過ごしてほしいと」
「そっちだけでよかっただろ」
「預かった伝言を、勝手に消すわけにはいかないでしょう?」
マルリアは楽しそうに笑い、使用人へ友丸たちの荷物を運ぶよう頼んだ。
◇
部屋で着替えを済ませたあと、友丸は使用人から、マルリアが庭で待っていると伝えられた。
案内されたのは、城の裏手に設けられた石畳の訓練場だった。
学校の体育館ほどの広さがあり、周囲には訓練用の武器を収めた棚が並んでいる。石畳には、長年使われてきたことを物語る無数の傷が刻まれていた。
訓練場の中央では、マルリアが剣を選んでいる。
先ほどまでの服から、動きやすい訓練着へ着替えていた。
「俺に何か用ですか?」
「少し、稽古をつけてあげようと思って」
「俺に?」
「嫌かしら?」
マルリアは武器棚から、刃を潰した真っすぐな剣を一本取り出した。
小柄な老婦人の手には、少し重そうに見える。
だが、剣を握った途端、その印象は消えた。
背筋を伸ばして立つ姿に、わずかな隙もない。
かつて《ソードマスター》と呼ばれた剣士。
ユリアが受け継いだその異名は、もともと目の前の老婦人のものだった。
「燿から、あなたが随分と強くなったと聞いているわ。一度、この目で確かめてみたかったのよ」
「分かりました」
友丸も武器棚へ向かい、刃引きされた小太刀を選んだ。
長さも重さも、普段使っているものに近い。
「異能力はなし。先に相手へ刃を当てた方が一本。それでいいですか?」
「ええ。分かりやすくていいわ」
訓練場の端には、いつの間にかユリアと絢香も来ていた。
こはくは絢香の隣に浮かび、二人の様子を見つめている。
友丸は小太刀を右手に持ち、腰をわずかに落とした。
正面では、マルリアが自然な姿勢で剣を構えている。
「いつでもどうぞ」
その言葉が終わるより早く、友丸は踏み込んだ。
小太刀で長い剣と打ち合うつもりはない。
剣先の外側へ回り込み、一気に間合いを詰める。
だが、友丸の小太刀が届くより先に、冷たい感触が喉元へ触れた。
マルリアの剣先だった。
「一本ね」
友丸は足を止め、自分の喉元を見る。
「速いですね」
「あなたが真っすぐ来てくれましたから」
二人は最初の位置へ戻った。
二本目。
今度は、友丸から動かなかった。
マルリアが間合いへ入ってくるのを待ち、剣が動いた瞬間に剣を小太刀で外側へ流す。
そのまま懐へ入ろうとした。
だが、流したはずの剣が手首の動きだけで向きを変えた。
友丸が身体を引いたときには、剣先が胸元へ触れている。
「二本目」
「今ので戻せるのか」
「剣を強く握りすぎてはいけませんよ」
三本目。
友丸は、最初と同じ角度から踏み込んだ。
マルリアの剣が、先ほどと同じように喉元へ伸びてくる。
友丸は途中で身体を沈め、その下を抜けた。
一本目で、剣の間合いと軌道は見ている。
今度こそ、懐へ入れる。
マルリアの左脇が空いていた。
友丸は迷わず踏み込み、小太刀を走らせる。
その瞬間、マルリアの身体が横へ回った。
空いているように見えた左脇は、初めから友丸を誘い込むための隙だった。
小太刀が空を切る。
同時に引き戻された剣が、友丸の首筋で止まった。
「三本目」
マルリアが静かに告げる。
友丸は首元の剣へ目を向け、それから一歩下がった。
「最初から誘ってたんですね」
「ええ。二本目までで、あなたが私の剣をよく見ていることは分かりましたから」
マルリアは何でもないことのように剣を下ろす。
「同じ動きを見せれば、次はその内側へ入ってくると思っていました」
「読んだつもりで、逆に読まれてたわけか」
「そういうことね」
友丸も小太刀を下ろした。
「三本やって全敗か」
「おばあ様から一本取るのは、私でも大変よ」
訓練場の端で見ていたユリアが告げる。
「勝てそうにないな」
「そうとも限らないわ」
マルリアは剣を武器棚へ戻しながら答えた。
「真剣勝負なら、どちらが勝つか分かりませんね」
「三本とも負けたあとに言われても、慰めにしか聞こえないです」
「慰めではないわよ」
マルリアが友丸へ向き直る。
「剣の勝負なら、今は私の方が上です。けれど、本当の戦いは剣の腕だけで決まるものではないでしょう?」
マルリアの視線が、友丸の持つ小太刀へ向けられる。
「あなたは剣だけで戦う人ではないですよね?もう片方の手にナイフを持つこともできる。異能力もある。必要なら、私の剣を受けることまで計算に入れて攻撃するでしょう」
否定はできなかった。
実戦なら、小太刀だけにこだわる理由はない。相手を倒すために使えるものがあれば、友丸は迷わず使う。
「だから、真剣勝負の結果までは分からないのよ」
「なるほどな」
友丸は手にした小太刀を武器棚へ戻した。
「それにしても、わざと隙を見せて誘い込むとは」
「あら。気に入らなかった?」
「いや」
友丸はマルリアへ目を向ける。
「剣の腕だけじゃなく、こっちが動きを読んだと思うところまで利用する。そういう駆け引きは、はなさんに似てるなと思いました」
マルリアは少し驚いたあと、嬉しそうに目を細めた。
「はなと比べられるとは、光栄ね」
「一緒に戦っていたんでしょ?」
「ええ。何度も助けられましたし、何度もしてやられたわ」
昔を思い出したのか、マルリアが小さく笑う。
「はなを相手にする時は、彼女の思惑どおりに動かされた瞬間がいちばん危ないの。私も、ずいぶん勉強させてもらったわ」
訓練場の端では、こはくが拾った細い枝を前脚で抱えていた。
友丸の真似をするように構え、勢いよく横へ振る。
「みゃ!」
「お前まで稽古を始めなくていい」
こはくは聞こえなかったふりをして、もう一度枝を振った。




