遺体
香菜は、先ほどの機械の腕が武器ではなく工具だったことにも触れる。
あれは侵入者を倒すための兵器というより、元は搬送施設を維持する作業機械だった可能性がある。
ただし、あれが何を守っていたのかまでは分からない。
「荷物か、それとも、この先にある何かか」
友丸は、開いた扉の奥へ目を向けた。
床の溝は暗い通路の先まで続いている。作業場から運び出された荷は、まださらに奥へ送られていたらしい。
「行きましょう。ただ、同じものが動いていても不思議ではありません」
「無理はしない。危なそうなら戻る」
香菜が頷く。
友丸は、先に扉をくぐった。
通路は人が二人並んで歩ける程度の幅しかない。両側の壁には、一定の間隔で金属板が埋め込まれていた。文字はないが、作業場のものより傷が少ない。
足元の溝は、途中からわずかに下り始めた。
しばらく進むと、行き止まりのように見える場所へ出る。
正面の壁には、作業場の扉よりも大きな金属の扉が埋め込まれていた。扉の下には二本の溝が続いている。しかし、固く閉じられたまま動く気配はない。
その右側に、人ひとりが通れる細い扉があった。
こちらは半分だけ開いている。
「人が使うなら、こっちですね」
香菜が扉の隙間へライトを向ける。
友丸が先に中を覗き込んだ。
部屋は狭かった。壁際に低い机があり、その上には形の違う工具がいくつか残されている。大半は錆びもせず、薄く埃を被っていた。
正面の壁には、小さな棚が作られている。
そこに置かれたものを見て、友丸は足を止めた。
床際に、人の様な骨があった。
壁にもたれるようにして座り込んだ姿勢のまま、長い時間を経ている。
香菜も、すぐには言葉を出さなかった。
頭蓋は人間より少し縦に長く、指の骨は一本多い。背丈は友丸と大きく変わらないが、人間のものではあり得ないと、見ただけで分かる。
遺骨のそばには、細長い金属板が落ちていた。作業用の道具なのか、装具の一部なのかは判断できない。
「……人、ですか」
香菜が小さく尋ねる。
「人間じゃない。でも、この場所で働いていたんだろうな」
友丸は遺骨の手元を見る。
骨の指は、机の脚へ伸びていた。
部屋の入口近くには、外側からひしゃげた金属片が積み重なっている。何かが落ちて扉を塞いだのか。それとも、ここへ逃げ込んだあとで閉じ込められたのか。
答えになるものは、どこにも残されていない。
「十蔵さんたちが昔見つけた痕跡とは、別の場所なんでしょうか」
「たぶん。少なくとも、この区画までは来ていないと思う」
遺骨にも、そばの金属片にも触れない。
施設が造られた目的も、ここで何が起きたのかも分からない。それでも、異界の中に人間とは異なる誰かがいたことだけは、目の前に残されていた。
「戻ろう。ここは調査隊に任せましょう」
「はい」
来た道を引き返す間、動く機械が現れることはなかった。
作業場に残した機械も、頭部を失ったまま動かない。二人はその横を通り、遺跡の外へ戻った。
◇
管理施設へ戻った頃には、すでに日をまたいでいた。
連絡を受けた十蔵は、部屋へ入ってきた友丸と香菜の顔を見るなり、椅子から立ち上がった。
「無事か」
「大丈夫です」
「ならいい。詳しい話を聞かせろ」
友丸は、船着き場の先にあった作業場、動いていた機械、さらに奥で見つけた遺骨について順に話した。
十蔵は途中で口を挟まず、腕を組んだまま聞いていた。
報告を終えると、しばらく室内が静かになる。
「遺骨か」
十蔵は低く繰り返した。
「燿と俺達が見つけたのは、もっと手前の建物だったのかも知れん。あの先に、そんな場所が残っていたとはな」
「調査はどうしますか?」
「今日のうちに立入禁止区域を広げる。明日から専門の調査隊を入れるが、遺骨も装置も、お前たちが見つけた時のままにしておく」
十蔵はすぐに机の端末を操作し、外で待機していた職員へ指示を出した。
必要な連絡を終えると、ようやく二人へ向き直る。
「それとは別に、配信は悪くなかった」
「満足したんですか?」
「ああ。危ない場所を見せるだけじゃなく、引き返す理由まで伝わっていた。あれなら、普段は案内動画を開かん連中も見るだろう」
「そうなら、撮った意味はありましたね」
「あった。管理局としては十分なほどな」
十蔵はそこで、香菜へ視線を移した。
「お前の戦い方は、はなに似ている」
香菜はわずかに目を瞬かせる。
「糸が通らんと分かった時、余計な手を打たなかった。あの機械を自分では止められんと見て、すぐ友丸に任せたな」
「私だけでは止められないと判断しました。友丸様なら、止められると思いましたので」
「はなも同じだ」
十蔵は短く頷いた。
「自分にできることと、できないことを間違えん。どれだけ厄介な相手が出ても、慌てずに状況を見る。自分が出るべき時か、仲間へ任せるべき時か――あいつは、その判断がいつも冷静だった」
香菜は少し考えてから、静かに首を振った。
「私は、まだまだです。はな様には長年積んできた場数があります。技術も、相手を誘導する駆け引きも、私には及びません」
「自分に足りないものまで見えているこれからも強くなるぞ」
十蔵は笑った。
「少なくとも、止められない相手へ無茶をして死ぬ戦い方はしない。そこは、はなに似ている」
十蔵は満足そうに頷いた。
それから、報告書の端末へ視線を落とす。
「今回は助かった。燿とはなさんにも、帰ったら礼を言っておいてくれ」
「分かりました」
友丸と香菜は立ち上がり、執務室を出た。
廊下を歩きながら、友丸は遺跡の奥で見た遺骨を思い出す。
こうして無事に瀬戸内海異界の調査は無事終了した。
瀬戸内海異界で見つけたものは、これから調べることになる。
あの施設を造り、動かし、最後まで残った者がいた。
瀬戸内海異界で見つけたのは、古い建物や使い方の分からない道具だけではない。
人間ではない誰かが、確かにそこで生きていた。




