遺跡の番人?
深層の立入禁止区域。その境界で、公開配信を終えた。
画面からコメント欄が消え、隅に赤い録画表示だけが残る。
「ここから先は、管理局に渡す記録です」
友丸はそう告げると、立入禁止の標識を越えた。
三十年以上前、十蔵と燿はこの先で古い建造物を見つけている。
当時の記録映像に残っているのは、巨大な扉の前へ到着したところまでだった。扉の奥に何があるのかは、二人も知らない。
地図には、乾いた岩場を横切る細い石道が記されていた。
けれど、実際に来てみると、その場所は水で満たされている。
岩壁の途中まで水面が広がり、向こう側は見えなかった。
「道は、水の下ですね」
香菜が端末に表示した写真と地図を見比べながら言う。
異界では、地形そのものが変わることがある。昔は地上にあった道が水没していても、おかしくはない。
友丸は水際へ近づき、管理局から預かった防水カメラを沈めた。
水の底に、石を並べた道が続いている。
道の両側には低い石柱が一定の間隔で立ち、その側面には太い金属の輪が埋め込まれていた。
自然にできた地形ではない。
誰かが、人や荷を通すために整えた道だ。
「これを追ってみましょう」
「はい」
香菜は水中用の呼吸具を首元へ固定した。
友丸は花柄のアロハシャツを整えただけだった。塁からもらった遺物には、水中で着用者の周囲へ薄い膜を作る効果がある。呼吸を妨げず、服も身体も濡らさない。
友丸は映像を確かめてから、水の中へ入った。
香菜も後へ続く。水位が胸元まで達すると、呼吸具を口へ引き上げ、そのまま静かに水面の下へ沈んだ。
石道は狭く、左右はすぐ深くなっている。
少し先の暗がりで、何かがゆっくりと動いた。
友丸は泳ぐのをを止める。
水の底よりさらに深い場所を、大きな影が横切っていた。魚に似た長い胴体。岩の隙間から現れた頭部だけでも、友丸の上半身ほどある。開いた口の奥には、太い牙が何列も並んでいた。
深層に生息する魚型の魔物だ。
香菜も気づいたらしい。石柱へ伸ばしかけていた手を止め、指先だけで待てと合図する。
二人は石道の脇へ身体を寄せた。余計な動きを止め、魔力の流れもできる限り抑える。
魚型の魔物は石道の横をゆっくり通り過ぎた。濁った目がこちらへ向くことはなく、巨大な尾が水を揺らして、暗い底へ消えていく。
姿が見えなくなってもしばらく動かず、二人は水の流れが静まるのを待った。
友丸は石柱と金属の輪を、順にカメラへ収めた。少し後ろで、香菜が石柱へ細い繊維を結びつけていく。帰り道を見失わないための目印だった。
言葉を交わせないまま、二人は水底の道を進む。
やがて石柱の列は、岩壁に開いた細い穴へ続いていた。
友丸が先に入り、カメラを前へ向ける。
短い水路を抜けると、その先に明かりが見えた。
二人は水面へ浮かび上がる。
そこは、天井の高い洞窟だった。
友丸は水際の石の足場へ上がり、先に洞窟全体を撮る。天井の隙間から差し込む光が水面を照らし、その奥には自然の岩壁ではない黒い壁が立っていた。
壁の前には、荷揚げ場のような石の足場がある。
太い金属環。途中で折れた柱。何かを固定していたらしい石の台。
香菜が水面から顔を出した。
「ここが、目的地ですか」
「多分ね」
黒い壁の中央には、大きな両開きの扉があった。
友丸は端末を確認する。
三十年以上前の映像にも、同じ扉が映っていた。
だが、扉の脇には最近崩れたらしい亀裂が走っている。人が一人なら、身をかがめて通れそうな隙間だった。
「扉は開きそうにありませんね」
「亀裂から入る。映像はそのままで」
「はい」
友丸はカメラを亀裂へ向け、暗い隙間の奥を記録してから身をかがめた。
黒い壁を抜けると、細い通路が奥へ続いていた。
友丸がカメラのライトを点け、先に中へ入る。香菜もそのあとへ続いた。
通路の壁は黒い石でできている。ところどころに金属板が埋め込まれていたが、文字らしいものは見当たらない。
しばらく進むと、通路は急に広くなった。
目の前に現れたのは、大きな作業場だった。
床には、幅の広い二本の溝が並んでいる。その溝は外の荷揚げ場がある方から伸び、作業場の奥まで続いていた。壁際には太い金属環が何本も並び、天井からは錆びない鎖が垂れ下がっている。
左右には、背の高い枠がいくつも残されていた。中に置かれていた物は、すべてなくなっている。
友丸は床の溝を映してから、カメラをゆっくり上へ向けた。
「外から運び込んだ荷を、ここで受け取っていたんでしょうね」
香菜が天井の鎖を見ながら言う。
「水中の石道、外の足場、それからこの溝か」
外で見つけたものが、ここでつながった。
水没した石道は、荷揚げ場へ続く搬送路だったのだろう。そこへ運ばれた荷は鎖で引き上げられ、この作業場からさらに奥へ送られていた。
友丸は金属環や空の枠も記録していく。
何を運んでいたかは分からない。それでも、この場所が何かを搬入するための施設だったことだけは確かだった。
作業場の奥には、大きな両開きの扉がある。
右側だけが少し開き、その先は暗い通路になっていた。
そのとき、暗がりの奥から金属同士が擦れる音が聞こえた。
友丸と香菜が同時に足を止める。
もう一度、音が響いた。
作業場と扉の前が画面に入る位置を確かめる。
開いた扉の隙間から、黒いものが姿を見せた。
人の形に近い機械だった。
二メートルを超える胴体から、太い二本の腕と二本の脚が伸びている。全身は黒い金属板で覆われ、板と板の隙間には太い関節がのぞいていた。
頭部は丸い兜のような形をしている。顔に当たる部分には、目の代わりなのか、細い赤い光が横一文字に走っていた。
手の代わりに付いているのは、五本指ではない。
右腕の先には、物を挟むための大きなペンチのような部品。左腕の先には、平らで分厚い金属板が取り付けられている。どちらも武器というより、荷を運ぶための工具に見えた。
人の姿をした、作業用の機械。
それが一歩、作業場へ踏み出す。
床が低く鳴った。
香菜が右手を動かす。
細い繊維が、機械の脚と腕へ伸びた。
見えない糸は関節へ絡みつき、巨体をその場へ縫い止める。機械の右脚が止まり、関節の隙間に細い傷が走った。
ただ、それだけだった。
機械は脚を引く。
次の瞬間、絡んだ繊維が力任せに引きちぎられた。
香菜は下がり、機械の動きを見たまま告げる。
「この糸では、止められませんね」
声に焦りはなかった。
人型機械が、香菜へ向けて左腕を振り上げる。
平らな金属板が、香菜のいた床へ叩きつけられた。石が割れ、破片が跳ねる。
友丸はその前へ出た。
「下がって」
短く言って、赤い光を放つ頭部を見上げる。
次の瞬間、黒い頭部が消えた。
爆発も、音もない。
兜のような部分だけが、丸く削り取られたように消え失せる。同時に、横一文字の赤い光も途切れた。
頭を失った機械は、振り上げた腕を途中で止めた。
数歩だけ前へ進み、そのまま作業場の床へ倒れ込む。
重い音が、誰もいない遺跡の中へ響いた。
友丸はしばらく倒れた機械を見てから、カメラで全身を映した。
香菜が慎重に近づき、胸元の隙間を覗き込む。
「中に、核のようなものがあります」
友丸も画面越しに確認する。
胸の奥には、拳ほどの黒い塊が収まっていた。魔物から取れる魔石とは形が違う。表面には細い線が何本も走っている。
動力源なのか、それとも別の装置なのかは分からない。
「触らずに残しておきましょう」
「はい。まずは記録を」
香菜が離れると、友丸は頭部を失った機械と、その胸の黒い塊を撮影した。
遺跡の中には、まだ動くものが残っている。
その事実を映像に残してから、友丸は開いた扉の先へカメラを向けた。
暗い通路は、さらに奥へ続いていた。




