↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
128/163

彼女は俺より強い


 二人は、管理局から渡された地図を確認し、指定された経路へ戻った。


 そこから先は、海辺の景色が少しずつ失われていく。


 岩場を抜けた先には、海水が流れ込む大きな洞窟が広がっていた。天井にはいくつもの穴が開いており、外から差し込む光が水面を青く照らしている。


 洞窟の奥へ進むほど、波の音は遠ざかっていった。代わりに聞こえるのは、岩の隙間を水が流れる音と、どこかで魔物が動く気配だけだ。


 中層へ入ると、通路は複数に分かれていた。


 水路沿いを進む道もあれば、岩壁の高い場所を通る道もある。どの道も深層へつながっているが、潮の流れや魔物の生息域、崩落の有無によって、使える経路は変わる。


 管理局から渡された地図には、現在通行できる道と、封鎖されている区域が分けて記されていた。


 友丸は、指定経路と封鎖区域の位置関係が分かるよう、通路の分岐を順に撮影していく。香菜は少し先を歩き、地図と周囲の変化を確かめていた。


 分岐の先には、急な増水で水路が塞がる場所や、崩れかけた岩棚の下を通る近道がある。いずれも深層へ向かう道の一つだが、今は金属柵と警告板で塞がれていた。


 やがて、一つの分岐の先に四角い石室が見えてきた。


 入口は金属柵で塞がれ、注意板には赤い文字が記されている。


 ―立入禁止。


「この先は魔物の罠がある」


《モンスター部屋?》


《聞いたことはある》


《ここにもあるのか》


「ここも、現在は封鎖されている経路の一つです」


 石室を見上げた香菜が告げる。


「この先も深層へつながっています。ただし、一人が中へ入ると出入口が閉じます。中にいる魔物を全て倒すまで、外から開けることはできません」


《一人で閉じ込められるってこと?》


《仲間が外にいても助けられないのか》


「そうです。許可のない冒険者は近づかないでください」


 石室の床には細かな傷が無数に残り、壁には黒ずんだ染みが広がっていた。奥からは乾いた獣臭が流れてくる。


「今回は、内部で起きる危険を記録するため、管理局から特別な許可を受けています」


「頼みました」


「承知しました」


 香菜は金属柵の内側へ足を踏み入れ、そのまま石室へ歩いていく。


 白い狐の仮面が境界線を越えた瞬間、背後で重い音が鳴った。


 天井から落ちてきた石壁が、石室の入口を塞ぐ。


《閉じた!》


《狐面の人、一人で入ったぞ》


 石壁は完全に降りたが、側壁に設けられた横長の観察窓までは塞がなかった。人が通り抜けられるほどの幅はない。それでも、管理局の照明が室内を照らしており、石室の大半は外から見通せた。


《中、見えてる》


《戦闘まで映すのか》


 友丸は観察窓へカメラを向けた。


「これがモンスター部屋だ。中にいる魔物を倒すまで石壁は上がらない。外から助けることもできない。原理は分かってない」


 石室の奥で、何かが岩を引きずる音がした。


 続いて、石床を爪が削る。


 暗がりから現れたのは、硬い甲殻に覆われた四足の魔物だった。低い姿勢のまま、香菜へ近づいてくる。


 一体ではない。


 左右の壁際からも同じ魔物が姿を現し、香菜を囲むように広がっていった。


 香菜は袖口の内側へ指先を入れた。


 そこには、何本もの細い異界繊維が隠されている。


 糸そのものは、目で見えるほど太くない。魔力を流しても外へ漏れず、石室の外にいる友丸でさえ、動き出した糸を感じ取れるのは魔物が断たれる寸前だけだった。


 香菜が静かに息を吐く。


 最初の一体が跳びかかった。


 香菜は半歩だけ横へずれた。


 魔物の首が、胴体から離れた。


《え?》


《今、また切れた?》


 遅れて床へ落ちた頭部を踏み越え、二体目が爪を振り下ろす。


 香菜の右手が、わずかに上がった。


 甲殻に覆われた前脚が、床へ落ちる。


 魔物が体勢を崩した直後、その首と胴体が分かれた。


 香菜は大きく動かない。手に武器を持っているようにも見えなかった。


《見えてるのに、何が起きてるか分からない》


《狐面の人、触ってないよな?》


 甲殻の魔物が倒れたあとも、石室の奥から足音は止まらない。


 暗がりの向こうで、何か大きなものが岩壁を擦った。


 現れたのは、三メートルを超える深層種だった。黒い外殻に包まれた身体は、先ほどの魔物より一回り大きい。太い前脚を石床へ突き立て、濁った魔力をまといながら香菜へ迫る。


 一体。


 さらに、その後ろから数体が姿を現した。


《深層種?》


《ここ、中層だよな》


 最初の一体が身体を低くして跳んだ。


 香菜は動かない。


 黒い外殻に覆われた首が、何の前触れもなく宙を舞った。


《また一撃で?》


 二体目が死体を踏み越え、前脚を振り下ろす。


 香菜が左手をわずかに開いた。


 前脚が半ばから離れ、石床を転がった。


 深層種が姿勢を崩したときには、すでに別の糸が首へ回っている。


 頭部が落ちる。


 さらに奥から、二体の深層種が現れた。


 香菜は一歩も下がらない。


 先に跳び込んだ一体の首が落ちる。遅れて、もう一体の胴体が途中から二つに分かれた。


 配信に映るのは、ほとんど動かない狐面の女と、その周囲で首や前脚、胴体を失って倒れていく魔物だけだった。


《中は見えてるのに、攻撃だけが見えない》


《首と胴体が落ちるだけって何だよ》


《どういう異能力だ……》


 やがて、石室の中から魔物の気配が消える。


 香菜は周囲を見渡すと、袖口で指先を軽く払った。糸は袖の内側へ戻り、白い狐面の女は何事もなかったように石壁を見上げる。


 しばらくして、入口を塞いでいた石壁がゆっくりと持ち上がった。


 床には、甲殻の魔物だけでなく、三メートルを超える深層種まで何体も倒れていた。


 香菜の装備には、目立った汚れすらない。


《深層種まで出てたのか》


《あの部屋を一人で?》


《最後まで何をしたのか分からなかった》


 香菜は石室を出ると、静かに語った。


「Dクラス以上の方でも、入るには危険です。同行者が外にいても、助けに入ることはできません」


《Dランク以上って、Aランクも含まれるよな》


《Aでも単独は無理だろ》


《深層種が何体もいたぞ》


《狐面の人だけ基準がおかしい》


《撮影者さん、この人はどれくらい強いんだ?》


 友丸は流れてきたコメントへ目を向けた。


「素手で戦うなら、塁より上だと思うぞ」


 コメント欄の流れが止まった。


《は?》


《塁って、世界二位の?》


《冗談だろ》


《撮影者さんもジョーク言うんだ》


 数秒後、認証済みの公式アカウントから一つのコメントが流れた。


 《シスタ》のマスター、塁本人のアカウントだった。


《彼女は俺より強い》


《本人!?》


《塁が認めた》


《世界二位より強いのかよ》


《世界中が見てる配信で、その発言?》


 香菜は何も言わない。


 友丸も、それ以上は答えずに地図へ目を戻した。


 狐面の女の名前も、所属も、ランクも分からない。中が見えていたはずの石室で、何が魔物を切り裂いたのかさえ、視聴者には分からなかった。


     ◇


 中層をさらに進むにつれて、警告板の数は増えていった。


 急な増水で水路が塞がる場所。天井から岩が落ちるため、立ち止まることを禁じられた通路。魔物の生息域が変わり、地図から消えた近道。


 どれも遠目には、普通の通路にしか見えない。


 友丸は立入禁止の表示と周囲の地形を映し、香菜は必要な説明だけを添えた。視聴者数は増え続けているが、コメント欄には先ほどまでの軽い調子が残っていなかった。


 しばらくして、二人は深層へ続く通路の前へ着く。


 天井は高く、周囲を囲む岩壁は黒く乾いている。管理局の照明が続く通路の先には、背の高い金属製の柵が見えた。


 柵の前には、赤い文字で立入禁止と記された板が立っている。


 その向こうへ延びる道は、光の届かない奥へ続いていた。


「ここが、深層の立入禁止区域です」


 香菜が柵の前で足を止める。


 友丸は、柵と警告板、それから先へ続く通路を順に映した。


「配信は、ここまでにする」


《深層は空気まで違うな》


《ここから先は入らないのか》


「異界ごとに、危険な場所も必要な装備も違う。瀬戸内海異界なら、潮や地形の変化で通れなくなる場所が多い」


 友丸はカメラを自分へ向けず、警告板へレンズを戻した。


「異界へ入る前には、その異界の案内動画と資料を確認してくれ。現地で出されている警告も守ってほしい」


 香菜が続ける。


「知っていれば避けられる危険もあります。無理をして、禁止された場所へ入らないでください」


《分かりました》


《自分が入る異界の資料、読み直すわ》


《今日の配信で考えが変わった》


《狐面の人も撮影者さんも、お疲れさま》


「それじゃ、配信を終わります」


 友丸が操作すると、画面が暗転した。


 配信画面には、終了を知らせる表示だけが残る。


 金属柵の向こうには、誰も入れない深層の通路だけが続いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なろう名物、極細糸
ヤッパ糸か~
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。