表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/77

飯テロ


深層へ足を踏み入れてから、明らかに戦闘の質が変わった。


中層までは、襲ってきた魔物のほとんどが一撃だった。


絢香が大型ナイフを振るえば首が落ち、友丸も撮影の邪魔になった魔物だけを小型ナイフで片づける。それでも二人の歩く速度が落ちることはほとんどなかった。


だが、深層は違う。


森の奥から飛び出してきた大型の獣が、絢香の一撃を受け止めた。


硬い手応えとともに、ナイフが厚い皮膚の途中で止まる。


「やっぱり硬いわね!」


絢香はすぐに刃を引き抜いた。


直後、巨大な前脚が振り下ろされる。


一歩後ろへ。


轟音とともに地面が砕けた。


土砂が舞い上がる中、絢香はすでに前へ出ている。


同じ場所へ二撃目。


魔物が身体を捻ったところへ三撃目。


開いた傷口へ深く刃を突き込み、そのまま一気に切り抜いた。


魔物の巨体が傾く。


数歩よろめき、地響きを立てて倒れた。


《つっよ》


《これでも一発じゃないのか》


《中層と全然違う》


《絢香さん戦闘力だけならSに近いって言われてる人だぞ》


《深層怖すぎるだろ》


少し離れた場所では、友丸が手持ちカメラを構えている。


戦闘開始から終了まで、絢香の全身がほぼ画面の中央から外れていなかった。


「どう?」


絢香が振り返る。


「ちゃんと撮れてるよ」


「戦闘の感想を聞いてるの」


「三発だったね」


「そういう感想じゃないわよ」


《撮影者さん相変わらずw》


《もっとあるだろ》


《三発だったね、で終わらせるな》


《でも撮影めちゃくちゃ上手い》


友丸は倒れた魔物へ近づいた。


少し眺める。


「これ食べられる?」


「……あなたまでそっち側に来た?」


「昨日から無料飯だから」


「そういう意味じゃない」


絢香も魔物を確認したが、今回は首を横へ振った。


「今日はいいわ。先へ行きましょう」


「はーい」


二人は再び歩き始めた。


その頃には、配信を取り巻く状況も大きく変わっていた。


同時視聴者数――二百八十万人。


絢香自身、数字を確認して少し目を見開いた。


「……増えすぎじゃない?」


「何人?」


「もうすぐ三百万」


「へえ」


「反応薄いわね」


「三百人でも多いのに、三百万人って言われてもよく分からない」


友丸にとってはその程度だった。


だが、ここまで視聴者が増えた理由は単純に絢香の人気だけではない。


異界は世界中に存在する。


発見から四十年が経った現在でも、その全貌を人類は把握できていない。


異界ごとに広さも環境も異なり、世界的な分類で『小型』とされる異界ですら、内部の推定面積がオーストラリア大陸ほどあるものまで存在する。


巨大異界となれば、どこまで続いているのかすら分からない。


東京異界も、その一つだった。


四十年間。


数え切れないほどの冒険者、研究者、企業、そして政府機関が探索を続けてきた。


それでも踏破されていない。


だからこそ、深層は人気だった。


浅層配信なら珍しくない。


中層も今では多くの配信冒険者が活動している。


しかし深層となれば話は変わる。


そもそも到達できる冒険者が少ない。


高い魔素濃度。


強力な魔物。


未知の地形。


救助を求めても、すぐには誰も来ない。


多くの冒険者は複数人でパーティーを組み、役割を分担して挑む。


深層を単独で探索できる冒険者となれば、日本でも限られていた。


当然、深層からの生配信も少ない。


そこへAランク冒険者として有名な絢香が、政府依頼で深層へ向かう配信を突然始めた。


しかも同行しているのは、正体不明の『撮影者さん』。


海外の異界関連サイトやSNSでも配信が拡散され、視聴者は世界中から流れ込んでいた。


日本語だけではない。


英語。


中国語。


韓国語。


スペイン語。


その他にも様々な言語がコメント欄を流れていく。


《Three million viewers!》


《東京異界の深層初めて見る》


《撮影者は何者なんだ》


《この二人進むの速すぎない?》


《普通もっと大人数で行くだろ》


そして深層へ入ってからは、戦闘の回数も増えていった。


三メートルを超える甲殻種。


木々の間を跳び回る猿型魔物。


地中から突然飛び出す巨大な虫型。


どれも中層なら危険種として扱われる強さを持つ。


絢香も一撃では倒せない。


それでも戦闘が長引くことはなかった。


攻撃をかわす。


相手の動きを見る。


弱点を見つける。


二撃。


三撃。


時には五撃。


確実に仕留める。


Aランク冒険者。


戦闘能力だけを評価すれば、Sランクに近いと評される実力は伊達ではない。


そして――。


《また撮影者さん倒したぞ》


《カメラ持ったままなんだけど》


《何で映像がブレない》


《絢香さんよりこっちが気になってきた》


友丸も変わらない。


絢香の撮影を優先し、自分から魔物へ向かうことはない。


だが、自分へ襲いかかってきたものだけは小型ナイフで処理する。


必要最低限。


急所だけ。


一体。


二体。


倒すと何事もなかったように撮影へ戻る。


「撮影者さん」


「何?」


「コメント欄で、あなたの正体当てが始まってる」


「やめてほしいな」


「Sランク冒険者説まで出てるわよ」


「違うよ」


「じゃあ何なの?」


「撮影者」


絢香が吹き出した。


《本人が撮影者って言ってるw》


《じゃあ撮影者で》


《戦闘能力がおかしい撮影者》


《日本のカメラマン怖い》


そんな調子で進み続け、日が傾き始めた頃。


二人はようやく目的地の一つへ到着した。


森林区域。


入口に立っただけでも、それまでとは空気が違う。


巨大な木々が隙間なく立ち並び、その多くが幹だけで数メートルを超えている。


枝葉が空を覆い、まだ夕方だというのに森の奥は薄暗い。


さらに魔素濃度も一段高かった。


絢香が携帯端末で数値を確認する。


「今日はここまでにしましょう」


「賛成」


珍しく友丸が即答した。


この先へ入るなら、明るいうちの方がいい。


二人は森林区域の入口から少し離れた開けた場所を選び、野営の準備を始めた。


簡易結界。


魔物避けの装置。


寝具。


予備電源。


そして大量の調理器具。


《調理器具多くない?》


《キャンプ始まった》


《ここ深層だよな》


《魔物避けよりフライパンの方が多そう》


絢香はコメントを無視して調理台を組み立てる。


「せっかくだから、夕食も配信しましょうか」


《待ってました》


《本編》


《深層クッキング》


《これを見に来た》


政府依頼で深層まで来たはずなのだが、視聴者の期待するものはいつの間にか変わっていた。


絢香が食材を並べる。


途中で採取した野草。


持参した調味料。


下処理済みの魔物肉。


友丸は手持ちカメラを固定台へ置き、調理台全体が映るように角度を調整した。


「撮影者さん」


「何?」


「薪お願い」


「そこら辺の?」


「乾いてるやつね」


「はーい」


友丸は一人、森林区域へ入っていった。


《え》


《一人で行くの?》


《ここ深層だぞ》


《撮影者さん軽装すぎる》


《絢香さん止めなくていいの?》


「大丈夫よ」


絢香は気にも留めず、肉を切り始めた。


《何を根拠に》


《信頼がすごい》


《昔からの友達なんだっけ》


「昔からああなのよ」


包丁が一定のリズムでまな板を叩く。


野草を刻む。


肉へ下味をつける。


そのまま熱した鉄板へ――。


――ヴォォォォォォォォォッ!!


森が震えた。


絢香の手が止まる。


配信画面の向こうでも、一瞬コメントが消えた。


すぐに爆発する。


《は?》


《何今の》


《でっか》


《絶対近い》


《撮影者さんそっち行ったぞ》


《迎えに行け!》


低い咆哮だった。


ただ大きいだけではない。


腹の底まで響くような音圧がある。


木々に止まっていた小型生物が一斉に飛び立った。


「結構大きそうね」


《冷静すぎる》


《撮影者さん!》


《料理やめて探しに行って》


絢香は森を見る。


少しだけ考え――再び包丁を動かした。


《料理続けたぞ》


《友達を信じすぎだろ》


《心配じゃないのか》


「包丁の切れわるいな?研ぎにださないと」


二度目の咆哮。


今度はさらに近かった。


木々の奥で何かが暴れている。


枝が折れる。


巨大な木が大きく揺れる。


そして――。


静かになった。


《…………》


《逆に怖い》


《何が起きた》


《撮影者さん生きてる?》


数分後。


森の奥で、木々が揺れた。


何かが近づいてくる。


ズルッ。


ズルッ。


地面を引きずる音。


《来る》


《絢香さん武器!》


《何かいるぞ》


やがて木々の間から人影が現れた。


「薪あったよ」


友丸だった。


片腕には大量の薪。


そしてもう片方の手で――何かを引きずっている。


絢香の動きが止まった。


《…………》


《え》


《は?》


《何それ》


友丸の後ろから現れたのは、巨大な鰐だった。


全長、およそ二十メートル。


大型トラックを遥かに上回る巨体。


全身を分厚い黒褐色の鱗で覆われ、頭部には巨大な顎が――二つ。


双頭。


二つの頭が並ぶ、異形の巨大鰐だった。


ただし、すでに死んでいる。


友丸はその尻尾を片手でつかみ、地面を引きずっていた。


《デカすぎる》


《頭二つあるぞ!?》


《さっきの鳴き声こいつ?》


《なんで死んでる》


《撮影者さん???》


《薪拾いに行ったんだよな?》


友丸は野営地の端まで来ると、巨大鰐を置いた。


ズンッ。


地面が僅かに揺れた。


それから薪を下ろす。


「これくらいで足りる?」


絢香は薪を見た。


鰐を見る。


友丸を見る。


「薪は足りるわ」


「よかった」


絢香が巨大鰐へ近づいた。


「何これ?」


「ワニ」


「それは分かる」


「襲ってきたから」


「それも何となく分かるわよ」


友丸は巨大鰐を見る。


「食べられない?」


絢香が黙った。


今度はじっくりと鰐を観察する。


鱗。


腹部。


尾。


前脚。


二つある頭。


その表情が徐々に変わった。


冒険者から――料理人へ。


「……ちょっと切ってみましょう」


《おい》


《まさか》


《嫌な予感しかしない》


《食う気だ》


絢香は大型ナイフを手に取った。


鱗の隙間へ刃を入れ、腹部の肉を少しだけ切り出す。


断面を確認。


鼻を近づける。


「臭みはほとんどない」


「じゃあ食べられる?」


「多分」


絢香がカメラを見た。


「予定を変更します」


《やっぱり》


《絶対そうだと思った》


《ワニ料理来るぞ》


絢香が笑った。


「今日の夕食は、この子にしましょう」


《この子(二十メートル)》


《深層の主みたいなの食うなw》


《撮影者さんが狩って絢香さんが料理》


《なんだこの配信》


そこからは完全に料理配信になった。


友丸も解体を手伝い、巨大鰐から必要な部位だけを切り分ける。


尾肉。


腹部。


脚。


部位によって肉質がまったく違う。


絢香が特に目をつけたのは、太い尾の付け根だった。


「見てください、これ」


切り出した肉をカメラへ向ける。


淡い桃色。


きめ細かな肉質に、細く脂が入っている。


「予想以上に綺麗ね。まずは余計な味付けをせず焼いてみます」


厚めに切る。


塩。


少量の香辛料。


熱した鉄板へ肉を置いた。


ジュウウウウウ――。


深層の森林に、香ばしい音が響く。


表面から脂が滲み、肉に焼き色がついていく。


《うわ》


《うまそう》


《さっきまで怪獣だったのに》


《飯テロ始まった》


《三百万人以上がワニ焼けるの見てるの面白すぎる》


焼き上がった肉を切る。


断面から透明な肉汁が溢れた。


絢香が一口食べる。


噛む。


目を見開いた。


「……美味しい」


「ほんと?」


友丸も一切れ取った。


「あ、美味しい」


「鶏肉に少し近いけど、もっと弾力がある。淡白なのに噛むほど旨味が出てくるわね。これ、かなりいい食材よ」


そこから絢香の本領が発揮された。


尾肉は厚切りのステーキ。


腹部の柔らかい肉は異界産の野草と炒める。


骨からは濃厚な出汁を取り、香草を加えたスープ。


最後には、昨日友丸が深層砂漠から採ってきた赤い果実まで取り出した。


「それ使うの?」


「少しだけね。酸味が合いそうだから」


果汁を煮詰め、香辛料と合わせる。


赤いソースが完成した。


それを焼き上げた尾肉へ。


《やばい》


《絶対うまい》


《深層食材だけで料理作ってる》


《店で出してくれ》


《日本行きたい》


《ワニ食べたい》


料理が完成した頃には、同時視聴者数は三百万人を大きく超えていた。


二人は焚き火の前に座る。


目の前には、深層で手に入れた食材を使った料理。


その後ろには、まだ大部分が残っている巨大な双頭鰐。


さらにその向こうには、夜の森林が広がっている。


時折、遠くから魔物の鳴き声が聞こえてきた。


それでも二人は普通に食事を続けた。


「これ店で出したいわね」


「持って帰るの?」


「当然でしょう」


「重いよ」


「あなたが持ってきたんでしょう」


「森からここまでだよ」


「一区までお願い」


「嫌だよ」


《仲良いなこいつら》


《撮影者さん便利に使われてるw》


《この二人で定期配信してほしい》


《明日も配信ある?》


そのコメントを見て、絢香が時計を確認した。


「そうね。今日はこの辺で終わりにしましょうか」


《えー》


《もう終わり?》


《明日は?》


《政府依頼まだ終わってないよね》


《続き見たい》


絢香は胸元のカメラへ向き直った。


その後ろでは、友丸がまだ双頭鰐のステーキを食べている。


「政府から頼まれた場所は、この森林区域のさらに奥です。明日は朝から中へ入ります」


コメントが一気に流れた。


《配信する?》


《何時?》


《絶対見る》


《海外勢寝られないぞ》


《通知入れた》


絢香は少し考えてから答えた。


「では――」


夜の深層。


巨大な森林を背に、焚き火の明かりが二人を照らしている。


そのさらに後ろには、友丸が薪を拾いに行ったついでに仕留めた二十メートル級の双頭鰐。


明日向かうのは、その魔物すら生息する森林のさらに奥。


絢香はカメラへ笑顔を向けた。


「続きは明日、日本時間午前七時から配信予定です。それでは、おやすみなさい」


配信が終了する。


だが――その夜。


世界中で、翌朝七時を待つ人間が一気に増えることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ