表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/74

撮影上手なスーツ男


第一安全区の防壁を抜け、森へ入ってしばらくしたところで、絢香が足を止めた。


「そうだ。これ持って」


背負っていたバッグから取り出したのは、手持ち式の小型カメラだった。


友丸はそれと絢香の胸元を交互に見る。


「カメラ、付いてるよね?」


「こっちは私の視点。そっちは外から撮る用」


「誰が撮るの?」


「あなた」


「俺?」


「他に誰がいるのよ」


差し出されたカメラを渋々受け取る。


「何撮ればいいの?」


「基本は私。できれば全身が入るようにお願い。戦闘中もね」


「戦いながら?」


「あなたならできるでしょう」


ずいぶん簡単に言ってくれる。


友丸は軽くカメラを動かし、画角を確かめた。


「こんな感じ?」


「そうそう」


絢香が自分の端末で映像を確認する。


これまで胸元のカメラから送られていた一人称視点とは違い、森の中を歩く絢香の姿が全身まで綺麗に収まっている。


しかも歩きながら撮影しているのに、ほとんど画面が揺れていない。


「……上手いわね」


「何が?」


「撮るの。初めてでしょう?」


「うん」


「昔からそうなのよね。こういうの、すぐコツ掴むんだから」


「普通に持ってるだけだけど」


「それでできるから言ってるのよ」


配信画面にも新しい映像が流れ始めた。


すぐにコメントが加速する。


《おお、外カメラ!》


《めっちゃ見やすい》


《全身映るの新鮮》


《戦闘これで見られるのか》


《撮影者さん有能》


《全然揺れないな》


絢香がコメントを確認して笑う。


「評判いいわよ、撮影者さん」


「撮影者さん?」


「名前出したくないんでしょう?」


「ああ。それでいいよ」


友丸自身も配信映像には入ることがある。


ただし顔には自動でぼかしが入る。


服装も一区を出る前に着替えていた。


黒を基調とした、一見するとスーツにも見える奇妙な衣服。


深層の遺跡で友丸自身が見つけたもので、普段のジャケットとはまるで違う。


視聴者にも当然気づかれている。


《撮影者さんの服やっぱ気になる》


《スーツに見える》


《どこのメーカー?》


《深層行く装備には見えないんだよな》


《でも絢香さん何も言わないってことは大丈夫なんだろ》


絢香はそのあたりのコメントを綺麗に無視した。


「あと、さっきから誰なのかって聞かれてるけど」


「言わなくていいよ」


「分かってる。昔から仲のいい友人です。それだけ」


《昔から!?》


《初めて出てきたよな》


《男友達いたんだ》


《撮影スタッフじゃないのか》


《絢香さんが普通に頼ってるの珍しい》


「今日はたまたま付き合ってもらってます」


「半分強制だけどね」


友丸の声が入る。


絢香が振り返った。


「朝ご飯出したでしょう」


「朝飯一回で深層まで連れていかれると思わなかった」


コメントが一瞬で増えた。


《深層!?》


《今深層って言った?》


《今日そこまで行くの?》


《料理配信じゃないの!?》


《急にガチ探索始まって草》


絢香は歩きながら答える。


「今日は料理目的じゃありません。政府からの依頼で、ちょっと深層まで行ってきます」


《政府案件!?》


《配信していいやつ?》


《普通に断ればいいのに》


《店あるんだから断っていいだろ》


《絢香さん政府専属じゃないよね?》


《なんで受けたんだ》


絢香が流れていくコメントを眺める。


「私も最初は断ろうと思ったんだけどね」


「断ればよかったのに」


後ろから友丸まで参加した。


「あなたまで言わないでよ」


「今日休むつもりだったし」


「私だって店にいるつもりだったわよ」


《じゃあなんで受けたw》


《断ろう》


《政府に押し切られた?》


《Aランクでも断れない案件とか?》


絢香がため息をつく。


「兄貴から直接頼まれたのよ」


数秒。


コメント欄の空気が変わった。


《あ~~》


《なるほど》


《兄貴か》


《それは無理だわ》


《断れないやつw》


《政府じゃなくて兄貴案件じゃねえか》


《納得した》


古くから絢香の配信を見ている者ほど反応が早かった。


友丸もカメラを構えたまま苦笑する。


「みんな知ってるんだ」


「私のリスナーで兄貴知らない人いないでしょ」


「有名なんだね、兄貴」


「私の配信で変なところだけ有名になってる気がするけど」


《妹に仕事回す兄》


《また兄貴案件》


《絢香さんの弱点:兄》


「弱点じゃないから!」


絢香が思わずカメラへ言い返す。


友丸が笑った。


「楽しそうだね」


「誰のせいよ」


二人はそんなやり取りを続けながら森を進んでいった。


浅層では魔物と遭遇しても、戦闘になることはほとんどない。


人間の活動圏に近いため定期的に討伐されており、残っている魔物も人間を警戒している。


だが、一区から離れるにつれて状況は変わっていく。


舗装された道が消える。


人とすれ違うこともなくなった。


木々は次第に太くなり、頭上を覆う枝葉の密度も増していく。


中層へ入った頃、最初の魔物が現れた。


茂みが大きく揺れる。


二メートルを超える四足獣が飛び出した。


《来た!》


《でか》


《中層入ったか》


《外カメラ頼む!》


友丸は言われるまでもなく動いていた。


絢香から距離を取る。


進行方向。


魔物。


絢香。


三つが画面へ収まる位置へ回り込む。


絢香は腰の大型ナイフを抜いた。


魔物が地面を蹴る。


正面から突っ込んでくる巨体に対し、絢香はぎりぎりまで動かなかった。


牙が届く直前。


半歩ずれる。


同時に腕が動いた。


銀色の軌跡が魔物の首元を走る。


巨体が絢香の横を通り過ぎ――そのまま地面へ倒れた。


戦闘開始から、数秒。


《うっま》


《一撃》


《さすがAランク》


《外から見ると動きめっちゃ分かる》


《いつもの胸カメラだと一瞬で終わるからな》


《撮影者さん完璧に追えてる》


絢香も映像を確認した。


「これ、いいわね」


「何が?」


「戦闘。自分がどう動いてるか初めてちゃんと見られる」


「じゃあ次から撮影する人雇えば?」


「あなたでいいじゃない」


「嫌だよ」


「即答しないで」


さらに進む。


中層へ入ってから、戦闘は明らかに増えた。


三体。


五体。


群れ。


木の上から。


茂みから。


時には地中から。


それでも二人の進行速度はほとんど変わらない。


絢香が大型ナイフを振るえば、一体。


返す刃でもう一体。


魔物が倒れる。


食材として使える個体なら、倒した後に少しだけ足を止める。


「これ、脂乗ってそう」


「政府の仕事中だよ」


「帰りに回収する場所覚えといて」


「俺が?」


「撮影者でしょう」


「仕事増えてるんだけど」


《ブレないなw》


《政府依頼<食材》


《料理人だから仕方ない》


《撮影者さん完全に助手》


ところが、さらに奥へ進んだところで七体の魔物に囲まれた。


正面に三体。


左右に二体。


友丸の背後にも二体。


《囲まれた》


《後ろ!》


《撮影者さん後ろいるぞ!》


《逃げて!》


絢香は正面から目を離さない。


「そっちお願い」


「カメラは?」


「そのまま」


「無茶言うなあ」


そう言いながら、友丸はカメラを下ろさなかった。


空いている右手を腰へ伸ばす。


抜いたのは小型ナイフ。


いつもの小太刀ではない。


刃渡りの短い、ごく簡素な武器だった。


背後から魔物が飛びかかる。


友丸は振り返らない。


僅かに身体をずらした。


魔物が横を通過する。


その一瞬だけ、ナイフが動く。


一体が落ちた。


《え?》


もう一体。


友丸へ迫る。


今度は半歩前へ出る。


すれ違う。


魔物が倒れた。


カメラは――絢香を映したままだった。


《ちょっと待って》


《今撮影者さん何した?》


《二匹倒れたぞ》


《映像全然ブレてないんだけど》


画面の中央では絢香が三体目を斬り伏せる。


横から迫った一体へナイフを突き込み、最後の一体の爪をかわしながら首元を払った。


静かになった。


七体すべてが倒れている。


「ちゃんと撮れた?」


絢香が聞く。


「多分」


「さすが」


《さすがじゃねえよw》


《撮影者さん誰だよ》


《普通に強い》


《片手カメラだぞ》


《小さいナイフだけで二匹瞬殺した?》


《絢香さんが背中任せてる時点でおかしい》


友丸はコメントを見ていない。


「行こう」


「ええ」


二人は何事もなかったように歩き出す。


さらに奥へ。


遭遇する魔物は強くなる。


だが結果は変わらない。


絢香が一撃。


友丸も一撃。


友丸は必要がなければ前へ出ない。


撮影を優先し、絢香が処理できる魔物には手を出さない。


それでも自分へ向かってきたものだけは、小型ナイフ一本で片づけていく。


やがてコメント欄では、絢香とは別の話題が増え始めた。


《撮影者さん何ランク?》


《絶対高ランクだろ》


《Aじゃない?》


《いやAでも撮影しながらこれは難しくね》


《あの黒い服も謎》


《昔からの友達って何者だよ》


絢香はコメントを確認する。


少しだけ口元が緩んだ。


「撮影者さん」


「何?」


「人気出てるわよ」


「嫌なんだけど」


「顔は映ってないから大丈夫」


「それならいいけど」


「いいんだ……」


数時間後。


森の密度が少しずつ変わり始めた。


空気も重い。


魔素濃度が一段階上がっている。


そして二人の前に、複数の言語で書かれた巨大な警告標識が現れた。


――この先、深層区域。


――高魔素濃度。


――許可なき進入を禁止する。


絢香が立ち止まる。


「さて」


胸元のカメラへ向けて告げた。


「ここから深層です」


コメントが一気に加速した。


《きたあああ》


《深層!》


《マジで行くのか》


《政府案件の本番か》


《撮影者さんも普通についていくんだな》


《ここから魔物のレベル一気に変わるぞ》


友丸は手持ちカメラを構え直した。


「で、どこまで行くの?」


絢香が前方を見る。


「結構奥」


「昨日も深層まで来たんだけど」


「今日は昨日より先よ」


「……帰ろうかな」


「駄目」


《昨日?》


《撮影者さん昨日も来たの?》


《何しに深層来てたんだよ》


《この人ほんと何者?》


友丸は余計なことを言った自覚もなく、警告標識の先を見る。


絢香は小さく笑い、その横を通り過ぎた。


「行くわよ、撮影者さん」


「はいはい」


二人は深層へ足を踏み入れる。


Aランク冒険者の人気配信者と、素性の分からない撮影者。


数十万人が見守る中、二人の姿はさらに深い異界へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ