撮影者への依頼
「じいさんから聞いたんですか?」
「いや。燿から聞いたのは、お前たち二人をこちらへ向かわせるという話だけだ」
十蔵は友丸の顔を見たまま、楽しそうに口元を緩めた。
「配信で見たお前の戦い方が、燿やはなさんに似ていたからな。最初は、もしやと思っただけだが、声を聞いて確信した。撮影者と同じ声だ」
「声まで覚えてたんですか?」
「あれだけ世界中で流れていれば、嫌でも耳に残る。それに、強者の匂いは分かる」
十蔵の視線が、友丸から香菜へ移る。
「お前たち二人とも、相当な強者だ」
燿から正体を聞かされたわけではないらしい。それでも、友丸が撮影者であることを疑っている様子はなかった。
「正解です。それで、俺に何をさせるつもりですか?」
「その前に、そっちも確認しておくか」
十蔵が香菜へ顔を向ける。
「香菜。お前も異界へ入るんだろう。冒険者カードは持ってるのか?」
「はい。Dクラスで登録しております」
「主に、どこの異界で活動している?」
「東京異界です。入域できる年齢になった頃から、異界ではな様に鍛えていただいております。現在も時間がある時には、屋敷で稽古をつけていただいています」
十蔵は一度黙り、それから苦笑した。
「はなさんに鍛えられたのか。あいつは厳しいからな」
椅子の背もたれへ身体を預け、どこか遠くを見るように目を細める。
「俺も若い頃、何度か稽古をつけてもらった。何度倒れても終わらせてくれなかった」
「今も変わってないです」
友丸が答えると、十蔵は深く頷いた。
「だろうな。それなら、Dクラスでも心配はいらん」
香菜の実力については、それで十分らしい。十蔵は席を立つと、壁に広げられた瀬戸内海異界の地図の前へ移動した。
「各国政府は、それぞれ自国にある異界ごとに、冒険者向けの公式案内動画を出している。入域する際の注意や必要な装備、確認されている危険箇所を説明するためのものだ。異界動画は見たことがあるか?」
「ないですね」
「私は昨日、瀬戸内海異界の動画を確認いたしました」
「大半の冒険者が友丸と同じだ。見るのは、異界へ初めて入る者か、香菜のように事前の確認を怠らない連中くらいだ」
「ほとんど見られてないなら、何のために出してるんですか?」
「一人でも多く死なせないためだ」
十蔵が地図の浅層を指でなぞり、中層へ延びる経路を示す。その途中には、赤い線で塞がれた場所がいくつもあった。
「瀬戸内海異界には、浅層や中層にも環境の厳しい場所がある。潮が満ちれば沈む岩場もあれば、流れや地形が変わる場所もある。昨日まで通れた道が、次の日には使えなくなることも珍しくない」
「深層へ行かなければ安全、という異界ではないんですね」
「そういうことだ。魔物の生息域が移り、封鎖した道も多い。そのたびに地図や動画を更新し、入口でも注意を伝えている。それでも、禁止された道へ入る奴はいなくならん」
異界に慣れていない者ほど、警告や立入禁止の表示を守る。
事故を起こしやすいのは、何度も瀬戸内海異界から帰還し、自分なら対処できると思い始めた冒険者たちだった。
以前は通れた。正規の道より早い。何か起きても、自分たちなら戻れる。
そう判断して封鎖された道へ入り、救助を待つことになる。救難信号すら届かず、そのまま戻らない者も多い。
「俺が動画を見せたいのは、新人だけじゃない」
「何度も入って、慣れてきた冒険者ですか?」
「ああ。案内動画を更新しても、必要な連中ほど見ようとしない。だが、お前の配信なら見る。瀬戸内海で活動している者だけじゃない。世界中の冒険者がな」
十蔵の声から、それまでの豪快さが消えていた。
「それで、少し前から日本政府に打診していた。撮影者に、瀬戸内海異界の公式動画へ協力してもらえないかとな」
「政府からは、何と?」
「本人の意思を確認すると返事が来た」
十蔵は地図へ向き直った。
「配信には管理局の公式チャンネルを使う。お前は撮影に集中してくれ。配信後は危険箇所ごとに映像を分けて、正式な案内動画として残す」
「何を撮ればいいですか?」
十蔵は地図の入口へ指を置き、深層へ続く経路をゆっくりとなぞった。
「入口から、深層の立入禁止区域までだ。見落とせば死ぬ場所を、全部撮ってきてくれ」
「正規の道だけじゃなく、封鎖された場所も?」
「入っちゃならん理由まで映す。危険な場所を知るだけじゃない。どこで引き返すべきかも伝えたい」
友丸は地図へ目を向けたまま、赤い線で囲まれた区域を示した。
「異界人の痕跡があるのは、この先ですか?」
「ああ。俺たちが昔見つけたのは、深層の立入禁止区域だ」
「配信しながら入るわけにはいきませんよね」
「配信は境界で終わらせる。そのあとは古い調査記録と現在の地図を照らし合わせながら、お前たちに先へ進んでもらう」
「古い調査記録っていうのは?」
「俺たちが見つけた時の記録と、そのあと管理局が行った調査の記録だ」
十蔵は、地図の立入禁止区域を指で叩いた。
「俺たちがあの場所へ入ったのは、調査のためじゃない。深層を攻略している途中で、たまたま通路を見つけた。その先に、あれがあった」
「中に入ってから、ただの遺跡じゃないと気づいたんですか?」
「ああ。戻ってすぐ、日本政府へ報告した」
報告を受けた管理局は、正式な調査隊を出した。
しかし、その頃には十蔵たちが使った通路が崩れていた。周辺から別の経路を探しても、遺跡の内部へ入れる道は見つからなかった。
「管理局は数年かけて何度も調査した。門を見つけたが何をしても中へ入れず、ここ数年はあの場所へ向かっていない」
十蔵は、古い記録と現在の地図が並んだ端末へ目を向けた。
「当時の記録と今の地図を照らし合わせれば、近くまでは行けるかもしれん。だが、遺跡が残っているかも、入れる道があるかも分からない」
「数年以上前と、道は変わってるんですか?」
「変わっている。だから、簡単に辿り着けるとは思わない方がいい」
話を聞くだけで帰る予定は、完全になくなった。
「分かりました。引き受けます」
十蔵は満足そうに頷いた。
「話が早くて助かる。出発は明日の朝だ。入域許可と行く場所の地図はこちらで用意する」
「こちらも準備しておきます」
「日本政府への正式な返事と、配信の告知はこちらで進めておく。二人は明日に備えて休んでくれ」
◇
打ち合わせを終えた友丸と香菜は、管理施設内の宿泊棟へ案内された。
部屋へ荷物を置き、友丸が明日のために装備を確認していると、ベッドの上に置いた携帯電話が震えた。
瀬戸内海異界管理局の公式チャンネルから、新しい配信予定を知らせる通知だった。
開始時刻は明日の午前。題名には、瀬戸内海異界の浅層から深層まで、指定ルートを生配信することが記されていた。




