黒田燿の話
千葉異界から戻って、数日が過ぎた。
卵のような容器から見つかった銀色の首輪は、今も研究施設に残されている。宮本が調査を続けているものの、表面に刻まれた模様の意味すら分かっていないらしい。
急いだところで結果が出るものでもない。
友丸がアパートで遅い朝食を取っていると、テーブルの上に置いていた携帯電話が震えた。
表示された名前を確認し、通話ボタンを押す。
「どうした?」
『あれを見たそうだな』
挨拶もなく、黒田燿が切り出した。
「異界人の記録か?」
『櫻子から聞いた。話を聞きたいなら、屋敷へ来い』
「今からでいいのか?」
『今日はいるぞ』
それだけ告げると、燿は通話を切った。
椅子の背もたれに浮かんでいたこはくが、携帯電話へ顔を向ける。
「黒田家に行くぞ」
「みゃ」
返事と同時に、こはくが友丸の肩へ飛び移った。
◇
昼を過ぎた頃、友丸は黒田家の屋敷へ到着した。
玄関では、香菜が待っていた。
「お帰りなさいませ、友丸様」
「ただいま」
「こはくも、お久しぶりです」
「みゃ」
香菜に案内され、屋敷の奥へ向かう。
通された座敷では、燿とはなが向かい合って座っていた。二人の前にはすでに茶が用意され、その隣に友丸の分も置かれている。
「おかえり、友丸」
「ただいま」
はなが手を差し出すと、こはくは友丸の肩から離れ、はなの腕へ収まった。何度か撫でられるうちに身体から力が抜け、膝の上で丸くなる。
「ずいぶん慣れたな」
「何度も来てるんだから、これくらい普通よ」
はながこはくの背中を撫でながら答える。
友丸が空いている座布団へ腰を下ろすと、燿が湯呑みを置いた。
「櫻子から大筋は聞いている。お前が見たものを話せ」
「何から話せばいい?」
「千葉異界で、見た全てだ」
友丸は、洞窟の奥で起きたことを順に話した。
卵型の容器が映し出した地図。その先で見つけた小部屋と、壁に残されていた記録。映像の中では、見たことのない者たちが装置を動かし、こはくに似た小さな生物を容器へ入れていた。
研究施設で容器を開けると、中は空だった。残されていたのは銀色の首輪だけで、容器が開いた直後に小部屋は崩れ始めた。
「首輪はどうした?」
「宮本が調べてる。こはくを近づけたら光ったが、それ以上は何も分かってない」
「映像にいた生き物と、こはくは同じなのか?」
「似てるだけだ。宮本も断定できないと言ってた」
名前を呼ばれたこはくが顔を上げた。
「お前は何か覚えてないのか?」
「みゃ」
「分からないそうだ」
「本当にそう言ってるのかい?」
「たぶん」
「たぶんなのね」
はなは笑いながら、再びこはくの背中を撫で始めた。
燿はこはくへ短く目を向けただけで、話を戻した。
「生きている異界人は日本では見つかっていない。櫻子から聞いたな?」
「ああ。残ってるのは建物や道具だけだと聞いた」
「俺たちが見つけたものも同じだ」
「どこで見つけたんだ?」
「日本では瀬戸内海異界だ。海外でもいくつか見た」
燿が現役だった頃は、異界の調査方法すら国ごとに定まっていなかった。国内だけでなく、海外政府からの要請を受けなくても未調査区域へ入ることも多かったという。
そこで見つけたのは、人間が異界へ入る以前から存在していた建造物や道具だった。
「同じような遺跡だったのか?」
「いや。形も大きさも違った。人間と変わらない大きさの扉もあれば、何に使うのか見当もつかない物もあった。同じ連中が造ったとは限らん」
「異界人にも、いくつも種類がいたってことか?」
「可能性の話だ。残された物だけで、そこまで断定はできん」
記録映像にいた者たちが、千葉異界の施設を造った証拠もない。残された物だけで、その製作者まで特定することはできなかった。
「じゃあ、異界で見つかる遺物の武器も、異界人が造ったのか?」
「そう言われている。が、確かめる方法はないがな」
燿は少し冷めた茶を飲み、続けた。
「瀬戸内海異界で一緒に潜った仲間が、今もあそこで働いている」
「その人も、遺跡を見たのか?」
「ああ。詳しく知りたいなら、会ってこい」
「連絡はつくのか?」
「こちらから入れておく」
「分かった。会ってみる」
行き先が決まったところで、友丸ははなの膝へ目を向けた。
「こはく。瀬戸内海まで行くが、お前も来るか?」
こはくが顔を上げる。
しばらく友丸を見つめたあと、小さく鳴いた。
「みゃ」
そのまま顔を伏せ、はなの膝で丸くなる。
「乗り気じゃないらしい」
「珍しいね。千葉から戻ったばかりだから、しばらく休みたいのかもしれないよ」
「ここで待ってるか?」
「みゃ」
今度は、すぐに返事があった。
「それなら、私たちが預かるよ」
「頼んでもいいか?」
「もちろんだよ。家の者が喜ぶよ」
こはくが来ないなら、一人で瀬戸内海へ向かうことになる。話を聞くだけなら、それで困ることもない。
「香菜」
はなに呼ばれ、座敷の端に控えていた香菜が一歩前へ出た。
「はい」
「友丸と一緒に行きな」
「香菜さんも?」
「何かあった時のために、香菜も同行しな」
「承知しました」
香菜は迷わず頭を下げた。
「悪いけど、頼む」
「お任せください」
その様子を見ていた燿が、小さく呟く。
「親馬鹿」
「何か言ったかい?」
燿は答えず、そっぽを向いた。
「出発はいつになさいますか?」
香菜が話を戻した。
「向こうの都合がいいなら、明日にでも行く」
「では、移動の手配はこちらで行います。今夜中に予定をお送りします」
「頼む」
友丸が立ち上がっても、こはくははなの膝から動かなかった。
「迎えに来るまで、大人しくしてろよ」
「みゃ」
返事だけは素直だった。




