友丸、政府の秘密を聞く
櫻子は、黒い台の上で開いている容器へ目を向けた。
「正確に言えば、確認されているのは、映像にいた者たちそのものではないわ」
「どういうことだ?」
「彼らのような知的存在が、異界に残した痕跡よ」
異界が現れたのは、今から四十年前。
各国は魔物への対処を進める一方で、異界が自然に生まれたものなのか、それとも何者かによって造られたものなのかを調べ始めた。
「探索が進むにつれて、異界の中から人工物が見つかるようになった。建造物や道具、何かを記録した装置。形も用途も、発見された場所によって違うわ」
「昔の冒険者が残した物じゃないのか?」
「人間が異界へ入る以前から存在していたと考えられているものばかりよ」
櫻子が壁際の端末を操作する。パスワードをいれると、大型モニターに、数枚の画像が映し出された。
岩壁へ埋め込まれた金属製の扉。人間には大きすぎる椅子が並んだ部屋。見覚えのない記号で埋め尽くされた石板。
撮影された国も異界も、それぞれ異なっている。
「政府は、こうした痕跡を残した知的存在を、便宜上『異界人』と呼んでいるの」
「人の形をしてなくてもか?」
「ええ。異界に文明を築いていた存在を、まとめてそう呼んでいるだけ。種族の名前ではないわ」
「記録に映っていた奴らも、その異界人なのか?」
「そう考えるのが自然ね。ただ、記録に映っていた者たちが、過去に発見された建造物や道具を造った者たちと同じ種族かどうかまでは分からない」
記録の中にいた者たちは、自分たちの意思で装置を動かし、施設を利用していた。知性を持つ存在だったことは疑いようがない。
だが、施設そのものを造ったのが彼らとは限らなかった。
「生きてる異界人を見つけたことは?」
「ないわ」
櫻子は迷わず答えた。
「日本政府が確認しているのは、残された建物や道具だけ。今回のように、動いている姿が記録されていた例もなかった」
「今もどこかにいる可能性は?」
「否定はできない。でも、滅びたのか、別の場所へ移ったのか、人間が到達していない場所にいるのか。それを判断できる証拠は見つかっていないわ」
「海外は?」
「同じような痕跡を発見したという報告はある。ただ、詳しい情報はほとんど公開されていない。異界で見つかった技術や資源は、どの国にとっても重要な機密だから」
他国がどこまで調査を進めているのか、日本政府も把握していない。
異界人と接触した国が本当に存在しないのか。それとも、どこかが情報を隠しているのか。確かめる手段もなかった。
「四大クランはどうだ?」
「異界人の痕跡については知っているはずよ。世界各地で調査を請け負っているもの。ただ、彼らが持っている情報を、各国政府とすべて共有しているわけではない」
「塁も知ってるのか?」
「《シスタ》のクランマスターなら、何も知らないとは考えにくいわね」
どこまで知っているかは、本人に聞かなければ分からないらしい。
友丸は少し考えてから、もう一つの名前を出した。
「じいさんたちは?」
「おじいさまと、はなさん。それに当時一緒に異界へ入っていた人たちも、異界人の痕跡を見つけているわ」
「聞いたことないな」
「調査に参加した全員に、厳しい守秘義務が課されていたからよ」
「今回見つけた部屋と同じ物か?」
「いいえ。まったく別の痕跡よ。琥珀色の容器も、銀色の首輪も、こはくに似た生物の記録も見つかっていない」
友丸はそれ以上聞かず、開いた容器へ目を戻した。
外側へ展開した琥珀色の殻。その内側には、こはくが身体を丸めれば収まりそうな空間が残されている。
そこにいたはずの生物は、どこにもいない。
「中にいた奴は、どこへ行ったんだろうな?」
「現時点では何も分かりません」
宮本が首を横に振った。
「いつから空だったのかも不明です。内部に残ったものを詳しく分析すれば、何か見つかるかもしれませんが、結果が出るまでには時間がかかります」
透明なケースの中では、容器から取り出された首輪が淡い光を失い、元の鈍い銀色へ戻っていた。
「こはくも異界人なのか?」
友丸の問いに、櫻子はすぐには答えなかった。
「記録を見る限り、異界人と思われる者たちと一緒に行動していたのは確かよ。でも、施設を造った側なのか、飼われていたのか、それとも対等な協力関係だったのか。そこまでは判断できないわ」
友丸は肩の上にいるこはくを見た。
記録の中には、同じような姿をした小さな生物が何体もいた。彼らは自分から琥珀色の容器へ入り、首には銀色の輪をつけていた。
最後に残った一体だけは、何もつけていなかった。
今、友丸の肩にいるこはくと同じように。
「お前みたいなのが、ほかにもいたらしいぞ」
声をかけると、こはくが顔を上げた。
「みゃ」
「覚えてるのか?」
「みゃ」
「それじゃ分からない」
こはくは答える代わりに、友丸の肩で身体を丸めた。
黒い台の上では、開いた琥珀色の容器が照明に照らされている。
その中に残されていたのは、持ち主のいない首輪だけだった。




