卵の中身
通信機の向こうから、硬いものが擦れ合う音が聞こえてきた。
北田が手元の端末を操作すると、研究室の映像が画面に表示される。
黒い台に固定された未分類物体の表面には、何本もの細い線が浮かび上がっていた。その線に沿って琥珀色の外殻が分かれ、隙間から白い煙が流れ出している。
『外殻が開きます』
宮本の声に続いて、分かれた外殻が外側へゆっくりと展開していく。
現れた内部には、柔らかな素材が敷き詰められていた。こはくが身体を丸めれば、ちょうど収まりそうな広さだ。
だが、中は空だった。
底に、鈍い銀色をした細い首輪が一つ残されている。
「最初から空だったのか?」
『現時点では分かりません。内部に残っているのは、その輪状の装具だけです』
「卵じゃなかったんだな」
『詳しい用途は、内部を調べてから――』
宮本が言い終える前に、足元から低い振動が伝わってきた。
揺れているのは、端末に映る研究室ではない。友丸たちがいる小部屋そのものだ。
『そちらの魔力反応が急速に下がっています』
「研究室で容器を開けたせいか?」
『可能性はあります。石台と未分類物体は、離れたあとも何らかの形で繋がっていたのかもしれません』
石台の下で硬いものが砕け、床に亀裂が走った。
壁が大きく揺れ、天井から細かな石片が降ってくる。洞窟の奥からも、岩が崩れる重い音が響いてきた。
「崩れ始めています」
北田が通路へ向き直る。
「撤退します」
『分かったわ。二人とも、すぐに外へ』
櫻子の指示を聞くなり、こはくが通路へ飛び出した。
「先に行きすぎるな」
「みゃ」
「友丸さん」
「分かってる。行くぞ」
二人が通路へ入った直後、背後で石台が崩れ落ちた。
友丸と北田は足を止めず、来た道を駆け戻る。頭上を飛ぶこはくも、二人から大きく離れようとはしなかった。
再び強い揺れが起こった。
通路の壁に新たな亀裂が走り、天井から落ちた岩が背後の床を砕く。崩落は小部屋だけでなく、洞窟全体へ広がっていた。
『崩落音はこちらにも届いているわ』
「道は覚えてる。崩れきる前に戻る」
『分かったわ。通信はこのまま繋いでおく』
友丸は前を飛ぶこはくを視界に入れながら、北田と並んで通路を走った。
分岐を二つ戻ったところで、前の方から外の明かりが見えてくる。
「出口です」
北田が声を上げたとき、頭上から大きな岩が落ちてきた。
友丸は足を止めず、黒いナイフを振り上げる。
岩は中央から二つに割れ、通路の左右へ落下した。
「先に行け」
「はい」
北田が友丸の脇を抜け、外へ飛び出す。こはくもその頭上を抜け、先に安全な場所まで離れた。
友丸が外へ出た直後、背後で洞窟の天井が崩れ落ちた。
大量の岩と土砂が入口を塞ぎ、巻き上がった砂埃が周囲へ広がる。崩落が収まったときには、先ほどまで通っていた穴は完全に埋まっていた。
『そちらは全員、洞窟を出た?』
「出た」
「こちらも問題ありません」
こはくが友丸の肩へ戻る。
北田は胸元のカメラを友丸へ向け、続いて、その肩にいるこはくも画面に収めた。
『確認したわ。二人とも無事ね。調査はそこで終了。気をつけて戻ってきて』
「分かった」
友丸が答えると、肩の上でこはくが大きな欠伸をした。
「お前は少し緊張しろ」
「みゃ」
◇
研究施設へ戻った頃には、すでに日が暮れていた。
友丸と北田が研究室へ入ると、櫻子と宮本の二人だけが黒い台の前に立っていた。
台の上には、開いた容器と、首輪を収めた透明なケースが並んでいる。容器の内側に敷かれていた素材は一部が外され、その下から細い管や見慣れない部品が露出していた。
「内部の空気と温度を一定に保つ構造になっています」
宮本が手元の端末を友丸へ向ける。
「魔力を循環させていた形跡も見つかりました。記録映像と合わせて考えれば、生物を眠らせたまま運ぶための容器と見て間違いないでしょう」
「どれくらい眠らせておける?」
「正確な期間はまだ算出できません。ただ、内部の構造を見る限り、長期間の輸送を想定しています」
友丸が肩へ目を向けると、こはくは開いた容器をじっと見つめていた。
小さな鼻を何度か動かしたものの、近づこうとはしない。
「見覚えがあるのか?」
「みゃ」
「どっちだ、それは」
こはくは答えず、今度は隣に置かれた透明なケースへ顔を向けた。
ケースの中に収められた細い首輪には、継ぎ目も留め具も見当たらない。表面には複雑な模様が刻まれており、記録映像の中で小さな生物たちが身につけていた物とよく似ていた。
「大きさは?」
「こはくの首にほぼ一致します」
「つけてみるのか?」
「安全性が分かるまではできません。反応を調べるとしても、ケース越しです」
友丸が首輪を見るために一歩近づく。
肩の上からこはくが身を乗り出した瞬間、首輪の表面に刻まれた模様が淡く光った。
「反応したぞ」
「計測器の数値も変化しています」
宮本は端末へ視線を落とし、表示された数値を追った。
「こはくへ反応しているのは間違いありません。ただ、何を識別しているのかまでは分かりません」
「この容器に入っていたのも、こはくと同じ種族か?」
「その可能性は高いと思います。ですが、記録映像にいたどの個体なのかまでは判断できません」
友丸は、ケースの中に収められた首輪を見つめた。
記録の最後に残っていた一体だけは、首輪をつけていなかった。
そして今、友丸の肩にいるこはくの首にも、何もつけられていない。
「櫻子」
「何?」
「あの記録に映っていた者たちについて、政府は何か知ってるのか?」
櫻子はすぐには答えなかった。
友丸を見たあと、隣にいる宮本へ視線を向ける。
「宮本。室内の記録を止めて」
「分かりました」
宮本が壁際の端末を操作すると、天井近くに設置された記録装置から赤い光が消えた。
櫻子は研究室の扉が施錠されていることを確かめ、友丸へ向き直る。
「正体までは分かっていないわ」
「分かっている範囲でいい」
「あの記録に映っていた者たちと同じ存在は、以前にも確認されている」
北田と宮本は口を挟まず、櫻子の続きを待っていた。
櫻子は声を落とした。
「これから話すことは、日本政府の中でも、ごく一部しか知らない話よ」




