撮影者さん絡まれる
中層へ続く最後の通路へ入ると、岩壁の向こうから歓声が聞こえてきた。
ザックズが大会会場へ姿を現した途端、その音は一段と大きくなる。冒険者から名前を叫ぶ声が上がり、待ち構えていた各国の報道陣も一斉にカメラを向けた。
大型モニターでは、先ほどの戦いが早くも再生されている。
地竜の脚を大剣で砕き、顎の下から首を斬り上げた場面。高速で動くドラゴンの進路を読み、姿を現すより先に大剣を振り抜いた瞬間。
そこまでは、間違いなくザックズが主役だった。
最後に、友丸が別のドラゴンを正拳突きで倒した映像まで続かなければ。
《ザックズおかえり!》
《世界三十二位強かった》
《最後のドラゴン戦は何度見てもすごい》
《そのあとの正拳まで流すのかよw》
《勝者より撮影者さんの方が目立ってない?》
ザックズも大型モニターを見上げ、わずかに眉を寄せる。
「最後の部分は必要なのか?」
「俺に言われても困ります」
「俺の勝利を紹介する映像だろう」
「三体も狩りましたもんね」
「四体目の印象が強すぎるんだよ」
不満を口にしながらも、ザックズの機嫌は悪くない。
中層へ戻る間に勝利の言葉も思い出したらしく、報道陣を前にして大剣を背負い直す。先ほど言い損ねた分まで語るつもりなのだろう。
友丸は少し後ろから、その姿を撮り続けた。
報道陣との距離が縮まったところで、人垣の一部が左右へ分かれた。
一人の男が、こちらへ向かってくる。
午前中の実働比較で敗れ、世界ランキング四十九位の座を失ったレオだった。
試合からは、すでに数時間が経っている。大会の医療班による治療を終えたあと、午後まで休息を取っていたらしい。足取りは確かで、怪我や疲労が残っているようには見えなかった。
《レオだ》
《午前中に負けた人だよな》
《これでランキング外になった》
《撮影者さんに文句を言ってた人》
《わざわざ待ってたのか?》
ザックズが足を止めた。
「午前の試合は見た。惜しかったな」
「結果がすべてだ。惜しかったかどうかに意味はない」
「身体は大丈夫か?」
「治療も検査も終わっている」
レオは言い訳をしなかった。
自分を破った相手への不満も、審判の判定に対する異議も口にしない。ただ、その視線はザックズではなく、カメラを構えている友丸へ向けられていた。
「ようやく会えたな、撮影者」
「レオか」
「名前を覚えていたとは意外だな」
「大会が始まる前、テレビに映っていたからな」
「なら、俺が何を言ったかも覚えているな?」
「俺と戦いたいんだろ」
友丸がカメラをレオへ向ける。
レオは止めようとしなかった。
周囲の報道陣も二人の様子に気づき、中継カメラの向きを変えている。ザックズの勝利を祝っていた会場も、何が始まったのかと静まり始めた。
「俺は午前の試合で負けた。四十九位の座も失った。今の俺はランキング外だ」
「そうなのか」
「だが、負けたことから逃げるつもりはない。今日の相手が俺より上だった。それだけのことだ」
「潔いな」
「だからこそ、お前を認められない」
「話がつながっていない」
レオの眉が動いた。
「俺たちは実力を示すために戦い、勝った者が順位を得る。だが、お前はどうだ。世界ランカー以上だと持ち上げられながら、名前も顔も隠し、正式な勝負には出てこない」
「俺が世界ランカー以上だと言ったことはない」
「周囲が勝手に騒いでいるだけか?」
「ああ」
「随分と都合のいい立場だな」
レオが一歩、友丸との距離を詰めた。
「なら、俺と戦え。お前が本当に世界ランカー以上なのか、ここで確かめてやる」
「断る」
あまりに早い返答に、レオが言葉を失う。
「俺は大会へ参加しに来たわけじゃない。撮影の仕事は終わったから帰る」
友丸はレオからカメラを外し、出口へ向かおうとした。
「逃げるのか!」
「そう思いたければ、それでいい」
「今日断っても無駄だ。お前が勝負を受けるまで付きまとうぞ」
友丸の足が止まった。
「本気で言ってるのか?」
「ああ」
「それは迷惑だな」
「なら、今ここで終わらせろ」
友丸は振り返り、レオの顔を見た。
「俺が勝ったら、二度と絡むな」
「俺が負けると思っているのか?」
「勝敗の話はしていない。約束できるのかと聞いている」
レオは友丸を睨んだまま、しばらく黙っていた。
やがて、口元へ薄い笑みを浮かべる。
「いいだろう。お前が勝てば、これまでの発言もすべて撤回する。二度とお前の実力に異議を唱えない」
「分かった。なら、やる」
静まり返っていた会場が、爆発したような歓声に包まれた。
《受けた!?》
《撮影者さん対レオ!》
《元世界四十九位と戦うのか》
《ドラゴンを正拳で倒した人だぞ》
《どっちが勝つんだ?》
《これ、大会の予定にないよな?》
ザックズが二人を見比べる。
「本気で受けるのか?」
「つき回られるのも面倒ですしね」
「その理由で元世界ランカーと戦う奴は、初めて見たぞ」
「今日で終わるなら楽でしょう」
ザックズは呆れた様子で息を吐き、今度はレオへ顔を向けた。
「今の約束は世界中へ流れている。負けたあとで忘れたとは言えないぞ」
「承知している」
「身体の状態も問題ないんだな?」
「何度言わせる。午前中に治療を終え、医療班の許可も得ている」
レオの立ち姿に無理をしている様子はない。
午前の試合から時間も空き、怪我も体力も回復している。どちらが勝っても、疲労を理由に結果が曖昧になることはなさそうだった。
『面白い』
片耳につけたイヤホンから、塁の声が届いた。
同じ声が会場にも流れ、観客たちが大型モニターへ顔を向ける。
『双方に戦う意思があるなら、エキシビションとして組めばいい』
『い、今からですか?』
実況者の声がわずかに裏返った。
『本日の日程は、すでに終了していますが……』
実況者が戸惑いながら返す。
『だから都合がいい。第三競技区画はまだ撤収前だ。設備も残っているだろう』
『しかし、大会日程にない試合です。運営の許可が必要になります』
『今から確認すればいい。レオは医療班の検査も終えているのだろう?』
塁に尋ねられ、大会本部の担当者が慌てて資料を確認する。
『はい。午前の試合後に治療を受け、再検査も通過しています。現在の身体状態に問題はありません』
『撮影者の戦闘許可も出ている。残るのは運営の判断だけだな』
「面白がっているだけだろ」
友丸がイヤホン越しに言う。
『それ以外に何がある?』
「少しくらい隠せよ」
『元世界ランカーと撮影者のどちらが強いのか、世界中が知りたがっている。双方も同意している。断る理由はないだろう』
《塁、完全に楽しんでる》
《また撮影者さんと普通に話してるぞ》
《本当にどういう関係なんだ》
《世界二位が試合を組み始めた》
《運営の人たちが慌ててるw》
突然決まった試合を前に、大会本部が動き始めた。
今回友丸は日本政府の身元保証を受け、深層での撮影許可だけでなく、身を守るための戦闘を伴う同行資格も得ている。レオもランキングから外れたとはいえ、今回の大会へ正式に参加した冒険者だ。
双方が同意し、競技区画と審判を確保できるなら、エキシビションとして開催することは可能だった。
運営の協議は、十分もかからなかった。
大型モニターへ、特別試合の開催を告げる文字が表示される。
『運営から正式な許可が下りました! 一時間後、第三競技区画にて、レオ選手と撮影者さんによるエキシビションマッチを行います!』
先ほどのザックズの勝利にも劣らない歓声が、会場全体を揺らした。
《本当に決まった!》
《元世界四十九位対撮影者!》
《一時間後か》
《世界中が見るぞ》
《撮影者さん、今日は撮る側じゃなかっ》
「俺が勝ったら、約束は守れよ」
友丸が右手を差し出す。
レオはその手を見下ろしたあと、強く握り返した。
「俺に勝ってから言え」
「そのつもりだ」
二人は短く手を交わし、同時に離す。
「遅れるなよ」
「分かってる」
友丸は手を下ろし、第三競技区画へ続く通路へ向かった。試合開始までに、装備の確認を済ませるつもりなのだ。
◇
一時間後。
第三競技区画を囲むマスコミ、冒険者は、立ち見が出るほど埋まっていた。
急遽決まったエキシビションにもかかわらず、各国の放送局が中継予定を変更し、試合開始を待っている。配信の同時視聴者数も、今なお勢いよく増え続けていた。
友丸が競技区画へ入る。
猫の仮面と黒いスーツの遺物はそのまま。手にしている武器は、普段から使っている黒いナイフ一本だけだった。
反対側には、すでにレオが立っている。
装備を整え、午前中の敗北を引きずっている様子はない。友丸の姿を認めると、手にしていた武器を握り直した。
そして、二人の間には審判を務める若い男が立っていた。
二十代半ばほどだろうか。これから始まる試合を前にしても緊張した様子はなく、友丸に気づくと明るい笑顔で片手を上げる。
『今回、特別エキシビションの審判を務めるのは、《シスタ》所属――世界ランキング十一位、ライシンさんです!』
その名が告げられた途端、観客席からひときわ大きな歓声が上がった。
《審判まで世界ランカー!?》
《しかも十一位》
《普通の審判じゃ止められないってことか》
《シスタから連れてきたのか》
友丸はライシンの顔を見ると、わずかに眉を寄せた。
「お前が審判か」
「久しぶりに顔を合わせたのに、最初の言葉がそれですか?」
《久しぶり!?》
《また知り合いが増えたぞ》
《世界十一位とも普通に話してる》
《撮影者さん、シスタとどういう関係なんだ》
《正体より人脈の方が分からなくなってきた》




