撮影者さん全力を受け止める
「お前が審判か」
「久しぶりに顔を合わせたのに、最初の言葉がそれですか?」
ライシンは傷ついた様子もなく、明るく笑った。
第三競技区画の周囲に残っているのは大会へ出場した冒険者と各クランの関係者、政府職員、それに各国の報道陣だけだ。
本日の競技はすでに終了している。それでも急遽決まったエキシビションを見るため、多くの冒険者が帰らずに残っていた。
《久しぶり!?》
《また知り合いが増えたぞ》
《世界十一位とも普通に話してる》
《撮影者さん、シスタとどういう関係なんだ》
「塁に頼まれたのか?」
「二人を止められる審判を出せと言われまして。俺なら適任だろうと」
「便利に使われているな」
「俺も少し前から、そんな気はしていました」
ライシンは笑顔のまま答え、競技区画の反対側へ目を向けた。
レオは両腕に赤銅色の籠手を装着し、拳を開閉しながら感触を確かめている。午前中の試合で受けた怪我は完治しており、疲労も残っていない。
準備を終えたレオが、二人の前まで歩いてきた。
「随分と親しいようだな」
「だからといって、判定を甘くするつもりはありませんよ」
ライシンの口調は変わらない。
しかし、レオを見る目からは先ほどまでの軽さが消えていた。
「勝敗は、降参か戦闘不能で決定します。俺が続行不可能、もしくは危険だと判断して止めた場合も、そこで終了です。武器と能力の使用に制限はありませんが、故意に相手を殺すことは禁止します」
「異論はない」
レオが即答する。
「撮影者さんは?」
「それでいい」
「では、開始位置へ移動してください」
二人が距離を取る。
レオは両拳を胸の前へ上げ、腰を落とした。籠手の表面に刻まれた溝へ淡い光が走り、周囲の空気が小さく震え始める。
友丸は黒いナイフを一本抜いたが、構えようとはしなかった。
「どうした?」
「最初から全力で来い」
レオの目が細くなる。
「俺を見下しているのか?」
「あとから、本気ではなかったと言われると困る」
「いいだろう。今の言葉を後悔するなよ」
離れた場所で見ていた冒険者たちがざわめいた。
午前の試合で敗れたとはいえ、レオが世界四十九位に相応しい実力者であることに変わりはない。
戦いを見た誰もが理解している。そんな相手に「最初から全力で来い」と言い放てば、挑発と受け取られても仕方がない。
ライシンだけは何も言わず、二人の間から下がった。
右手を上げる。
「それでは――始め!」
手が振り下ろされるより早く、レオが地面を蹴った。
一瞬で友丸の前へ到達し、右の拳を振り抜く。
友丸は避けなかった。
黒いナイフの腹と左腕を重ね、正面から拳を受け止める。
籠手が触れた瞬間、内部に蓄えられていた衝撃が解放された。
空気が破裂したような音が響き、友丸の足元から亀裂が走る。両足が地面を削り、身体が数メートル後方へ押し戻された。
《直撃した!》
《撮影者さん、避けなかったぞ》
《今のを受け止めたのか?》
《地面が割れてるんだけど》
レオは追撃の手を緩めない。
踏み込みと同時に左の拳を突き出し、友丸が腕で受けると、すぐに身体を回して右脚を振り抜く。
友丸はナイフを持つ手で蹴りを受けた。
再び衝撃が弾け、黒いスーツの表面を空気の波が駆け抜ける。
レオの能力は、籠手と脚甲へ伝わる打撃を増幅するものだった。本人の身体能力だけでもSランクに相応しく、その一撃をさらに強めて叩き込んでくる。
まともに受ければ、大型の魔物でさえ骨を砕かれる。
友丸は、そのすべてを避けずに受けていた。
拳を腕で止め、蹴りをナイフの腹で流す。正面から打ち込まれるたびに足元が崩れ、競技区画の岩盤へ新たな亀裂が増えていく。
それでも、友丸は動かない。
『撮影者さん、レオ選手の攻撃を避けません! すべて正面から受けています!』
実況者の声にも、驚きが表れていた。
『これまでの配信を見るかぎり、撮影者さんは速度に重きを置いた冒険者だと思っていました』
『間違ってはいない』
塁が答える。
『撮影者の速さは、これまでの映像で見せたとおりだ。ただ、速さしか持っていないわけではない』
『では、この防御にも自信があると?』
『まだ甘い。何発かは衝撃を流し切れていない』
《これで甘いの?》
《世界四十九位の攻撃を全部受けてるぞ》
《塁の基準どうなってるんだ》
《撮影者さん、無傷に見えるけど》
『それでも、レオ選手は撮影者さんの防御を崩せていません』
『あいつは自分の身を守ろうとしているんじゃない。レオの全力をすべて受けた上で、実力の差を見せつけるつもりだ』
報道陣は盛んに言葉を交わしているが、世界ランカーを含む上位冒険者たちは黙って二人の攻防を見つめている。
レオも、友丸の意図に気づいていた。
「いつまで受けているつもりだ!」
「お前が全力を出すまでだ」
「なら――望みどおりにしてやる!」
レオが大きく後ろへ跳んだ。
両拳を胸の前で打ち合わせる。
籠手同士がぶつかった瞬間、それまでとは比べものにならないほどの衝撃が周囲へ広がった。赤銅色の光が右腕へ集まり、籠手全体が低い音を立て始める。
友丸は動かなかった。
黒いナイフを逆手に持ち替え、空いている左腕を身体の前へ上げる。
レオが地面を蹴った。
踏み込んだ場所が砕け、巨体が一直線に加速する。
狙いは友丸の胸部。
蓄えられた衝撃のすべてを乗せ、右拳を突き出した。
友丸は、左の掌を籠手へ添える。正面から止めるのではなく、拳の向きをわずかに下へ逸らした。
レオの拳が地面へ叩きつけられる。
轟音とともに岩盤が陥没し、砕けた石と土煙が二人の姿を覆い隠した。
《見えない!》
《今のは当たったのか?》
《競技区画が壊れたぞ》
《撮影者さんは!?》
周囲にいた報道陣が一斉に立ち上がる。
冒険者たちは動かなかった。
土煙の奥に意識を集中し、二人の気配を探っている。
やがて風が抜け、視界が開けた。
大きく陥没した地面の中央で、レオが片膝をついている。
友丸は、その正面に立っていた。
黒いスーツには土埃がついているものの、目立った傷はない。
「もういいか?」
「まだだ」
レオが荒い呼吸を整えながら立ち上がる。
「俺は、まだ負けていない」
「分かった」
友丸はナイフを順手へ戻した。
「なら、今度は俺から行く」
レオが両拳を上げた。
これまでの配信から、撮影者が速いことは分かっている。正面だけでなく左右へも意識を向け、どこから来ても迎撃できるよう重心を低くする。
友丸が一歩を踏み出した。
レオの右拳が、迷うことなく正面へ放たれる。
友丸は速度を落とさず、その内側へ入った。
友丸は黒いナイフを籠手へ当て、迫ってきた左拳を外側へそらした。同時に左手でレオの右肘を押し上げ、その腕の下を抜ける。
レオが振り向こうとする。
首筋へ、冷たい刃が触れた。
「そこまで!」
ライシンの声が競技区画へ響いた。
友丸はレオの背後に立ち、黒いナイフを首元へ添えている。
刃を引けば、それだけで終わる距離だった。
ライシンは二人の近くまで移動していたが、割って入ろうとはしなかった。友丸が正確に刃を止めていることを確認すると、右手を高く上げる。
「これ以上の戦闘は不要です。勝者――撮影者!」
一瞬の静寂。
次いで、周囲にいた冒険者たちから声が上がった。各国の報道陣も一斉にカメラへ向かい、目の前で起きた決着を伝え始める。
《終わった!?》
《一回しか攻撃してないぞ》
《正面から行ったよな?》
《レオも反応してたのに》
《全部受けて、最後は一瞬か》
《元世界四十九位に何もさせなかった》
友丸がナイフを引く。
レオはすぐに動かなかった。
やがて籠手を下ろし、ゆっくりと友丸へ振り返る。
「最初から、今の動きができたのか?」
「ああ」
「なら、なぜ俺の攻撃を受け続けた?」
「さっきも言ったが、全部出させてから勝たないと、納得しないと思った」
レオは何も言い返さなかった。
友丸の答えに怒った様子もない。悔しさを押し殺すように拳を握り、しばらく地面を見つめる。
やがて顔を上げると、周囲を囲む報道陣へ向き直った。
「約束どおり、これまでの発言を撤回する」
いくつものカメラが、レオへ向けられる。
「撮影者は、俺より強い。正体を隠していることと、その実力は別の問題だ。俺の認識が間違っていた」
レオはそれだけ告げ、友丸を見る。
「これでいいか?」
「もう絡んでこないなら」
「分かっている。約束は守る」
レオは友丸へ背を向け、競技区画の出口へ歩き始めた。
敗北したばかりだというのに、その足取りに迷いはない。午前中に順位を失ったときと同じように、今回の結果も受け入れたのだろう。
「いやあ、無事に終わってよかったです」
張り詰めていた空気が薄れると、ライシンがいつもの明るい調子で戻ってきた。
「俺の仕事、開始と終了を告げただけでしたけど」
「止めずに済んだなら、それが一番だろ」
「それはそうなんですが、世界ランカーまで呼ばれた身としては、少し複雑ですね」
「次はもっと働ける試合を選べ」
「そんな試合、できれば審判したくないですよ」
《ライシンの出番、本当に合図だけだった》
《世界十一位でも止めに入れなかったわけじゃないよな?》
《撮影者さんが寸前で止めたからだろ》
《元世界四十九位を相手に圧勝か》
《結局、撮影者さんはどれくらい強いんだ?》
試合が終わっても、各国の報道陣は友丸へカメラを向け続けていた。
友丸は黒いナイフを収めると、問いかけが飛んでくる前に競技区画の出口へ向かった。
結局、ザックズが用意していた勝利コメントは、最後まで世界中のテレビへ流れなかった。
《ザックズ、勝ったことはちゃんと覚えてるぞ》
《勝利コメントは次の大会までお預けだな》




