撮影者さん撮影する
四十分ほどで、車は東京異界を収容する複合施設の地下駐車場へ到着した。
「帰りも必要なら連絡してくれ」
「分かりました。ありがとうございました」
友丸は運転してきた男と別れ、関係者用の入口へ向かった。
受付には、すでに入域許可が用意されていた。本人確認を済ませると、職員から中層までの経路が記された地図を渡される。
「赤い線に沿って進んでください。大会期間中、一般の冒険者は立入禁止です」
「案内はいないのですか?」
「地図だけお渡しするように伺っています」
塁の指示だろう。
職員は地図の端に記された印を指した。
「中層へ到着したら、こちらの選手控室へ向かってください。塁様がお待ちです」
友丸は最初の分岐までを確認して地図を畳むと、そのままゲートをくぐった。
指定された経路には、一定の間隔で警備員が配置されていた。もちろん一般の冒険者とすれ違うことはなく、途中で地図を開いたのも二度だけだった。
ほとんど足を止めずに走り続け、一時間ほどで中層へ到着する。
大会期間中、中層の一画は世界ランキング戦の会場として使われていた。
広い岩場を囲むように柵が設けられ、その内側には、冒険者同士が戦うための競技区画が造られている。右手には大会本部と医療班の詰め所、左手には参加者ごとの待機所が並んでいた。
競技区画を挟んだ反対側には、各国の中継席と報道区画がまとめられている。高く組まれた足場には何台もの大型モニターが設置され、午前中に行われた試合の映像が流れていた。
会場の奥に見えるのは、深層へ続く複数の経路だ。
午後から行われる討伐競技に備え、入口を塞いでいた柵が外されている。その周囲では、政府職員が通路や機材の最終確認を進めていた。
『続いて行われるのは、指定魔物の討伐競技です』
会場全体に実況の声が響き、大型モニターの映像が切り替わった。
東京異界の地図が表示され、中層の会場から深層へ伸びる経路が赤く示される。
『二名の参加者は、この会場から同時に出発。それぞれ深層でドラゴンを三体討伐し、先に三体目を倒した側が勝者となります』
『ドラゴンであれば種類は問いません。どの経路を進み、どの個体を狙うかも参加者の自由です』
地図の横へ、これまでに深層で確認されたドラゴンの映像が映し出された。
巨大な翼で空洞内を飛び回る個体もいれば、岩場や地中を縄張りにしている個体もいる。同じ種類を続けて狙うのか、見つけた個体から倒すのか。その判断も勝敗に関わってくる。
『今回の参加者の一人は、現在の世界ランキング三十二位。南米を拠点とする有力クラン《バロン》所属、ザックズ選手です』
画面に大柄な男の姿が映る。
黒髪は短く刈り込まれ、肌は日に焼けていた。背中には、身の丈に近い大剣を負っている。
『参加者には、それぞれ一名の撮影担当が同行します。探索から討伐までの映像は大会本部へ送られ、世界各国へ生配信されます』
競技内容を聞きながら、友丸は参加者の待機所へ向かった。
「撮影者さんだ!」
報道区画の前を通りかかったところで、記者の一人が声を上げた。
周囲にいた者たちも振り返り、それまで競技区画へ向いていた何台ものカメラが友丸を追い始める。
「なぜここへ?」
「参加者ではないだろう」
「《バロン》の待機所へ向かっているぞ!」
次々と質問を投げかけられたが、友丸にも答えられることはない。
塁から聞かされたのは、急きょ撮影担当の代役が必要になったことだけだ。
友丸は足を止めず、そのまま《バロン》の待機所へ入った。
「来たか」
入口近くで待っていた塁が、友丸を見るなり奥へ歩き出す。
「案内くらいつけろ」
「必要なかっただろう」
実際に一人で到着しているため、否定はできない。
友丸はそれ以上何も言わず、塁のあとに続いた。
待機所の奥には、揃いの深緑色の装備を身につけた男女が集まっていた。その中では、先ほど大型モニターに映っていたザックズが仲間と話している。
「ザックズ」
塁に呼ばれ、大柄な男がこちらを向いた。
「本国へ戻った撮影担当の代役だ。こいつが同行する」
「代役が撮影者か」
ザックズの視線が、友丸の猫の仮面から黒いスーツへ移る。
「お前の知り合いなのか?」
「昔からのな」
塁が答えると、ザックズは友丸の前へ進み、右手を差し出した。
「ザックズだ。急な依頼になって悪かった」
「撮影者で構いません。競技内容は、さっき会場で聞きました」
二人は短く握手を交わした。
「経路は俺が選ぶ。競技が始まったら、撮影のために足を止めることもできない。それで構わないか?」
「止まる必要はありません。俺のことは気にせず進んでください」
「分かった。俺は競技に集中する」
「お願いします」
必要な確認が終わったところで、塁が近くにいた大会職員を呼んだ。
「機材を渡してやれ。私は本部へ戻る」
「もう行くのか?」
「代役を連れてくるところまでが私の役目だ」
「俺は一人で来たけどな」
塁は返事をせず、そのまま待機所を出ていった。
職員から渡された小型カメラは、いつも異界で使ったものと同じ型だった。
近藤から聞いたのだろうか?
友丸が電源を入れてザックズへレンズを向けると、職員の持つ端末にも同じ映像が表示された。映像と音声を確認し、予備電源を腰へ取りつける。
「大会本部との接続も問題ありません。いつでも配信へ切り替えられます」
「分かりました」
友丸がカメラを構え直す。
「もう撮っているのか?」
ザックズが尋ねた。
「接続の確認です。まだ配信は始まっていません」
「何か話したほうがいいか?」
「三体倒したときの言葉でも考えておいてください」
「もう勝ったあとの話か。気が早いな」
「必要になるでしょう」
「言ってくれる」
ザックズは笑みを浮かべ、近くに置いていた大剣を背負った。
会場全体へ、出発五分前を知らせる放送が流れる。
二人が待機所を出ると、反対側からも、もう一人の参加者と撮影担当が開始地点へ向かっていた。
大型モニターに二組の姿が並ぶ。
やがて外部カメラが友丸を捉え、猫の仮面が画面いっぱいに映し出された。
『ここで、ザックズ選手に同行する撮影担当の変更をお伝えします』
実況の声に、報道区画のざわめきが一度収まった。
『急きょ代役を務めることになったのは――撮影者さんです!』
直後、各国の中継席が騒がしくなった。
席を立って身を乗り出す記者もいれば、慌てて中継先へ連絡を入れる者もいる。会場内のカメラも、次々と友丸へ向けられていった。
「始まる前から、俺より注目されているな」
ザックズが大型モニターを見上げる。
「競技が始まれば、ザックズさんを撮ります」
「なら、見せ場を作らないとな」
「三体、お願いします」
「任せろ」
深層へ続く経路を塞いでいた柵が、左右へ運ばれていく。
『開始まで十秒!』
ザックズが大剣の柄へ手をかける。
友丸もカメラを構え、画面の中央へその背中を収めた。
「撮影者、行くぞ」
「いつでも」
『三、二、一――開始!』
合図と同時に、ザックズが地面を蹴った。
友丸もその背中を撮りながら加速し、深層へ続く経路へ飛び込んだ。




