撮影者さんの出番
世界ランキング戦は、中盤まで大きな混乱もなく進んでいた。
実績だけでは順位を決められなかった冒険者たちが、東京異界を舞台に試合や指定魔物の討伐へ挑む。判定に不満を示す者はいたものの、結果が覆るほどの問題は起きていない。
そのため大会会場へは行かず、アパートの居間で中継を眺めていたのだが、不意にテーブルの上の携帯電話が震えた。
表示された名前を見て、友丸が通話ボタンを押す。
「私だ」
「……」
「私だ」
「何だ」
ようやく返事をすると、電話の向こうで塁が小さく息を吐いた。
「今から東京異界まで来られるか?」
「行けるが、何かあったのか?」
「午後から指定魔物の討伐戦があるだろう。参加する二人には、それぞれ記録用のカメラを持った同行員がつく。そのうち一人が、急きょ本国へ戻らなければならなくなった」
ただ撮影するだけなら、代わりはいくらでもいる。
しかし、討伐戦が行われるのは東京異界の深層だ。世界ランキング入りを争う冒険者の戦闘についていきながら、最後まで撮影を続けられる者となれば、候補は一気に少なくなる。
「それで俺か?」
「昼に絢香の店でその話をしたら、お前の名前が出た。撮影ができて、危険な場所でも自分の身を守れる。私も適任だと思った」
「絢香が面倒事を押しつけたのか」
『押しつけてないわよ。あんたならできるって言っただけ』
電話の向こうから、絢香の声が飛んできた。どうやら塁は、まだ店にいるらしい。
「分かった。行く」
「迎えはこちらで出す。二十分ほどで着く。撮影者の格好で来い」
「最初から、そのつもりで俺を選んだんだろ」
「話が早くて助かる」
「こはくちゃまも一緒に来れるか?」
友丸はソファの隣へ目を向けた。
こはくは丸めた毛布の上で、小さな身体をさらに丸くしている。先ほどからほとんど動かず、琥珀色の耳だけが電話の声に反応していた。
「こはく。異界へ行くか?」
「みゃ……」
薄く開いた目が、すぐに閉じられる。
「眠いから行かないそうだ」
「そうか。本人がそう言うなら仕方がない」
通話を終えた友丸は、寝室から大きなバッグを持ってきた。黒いスーツ型の遺物と猫の仮面、腰へ装着するナイフを確認する。
留守番用の水と食事も用意したが、こはくは一度も起きなかった。
「行ってくる」
「みゃ」
今度の返事は、寝言に近かった。
◇
塁が言ったとおり、二十分ほどでアパートの前に黒い車が停まった。
窓には濃い色が入り、後部座席も外からは見えない。政府関係者が移動に使う車だ。
友丸がバッグを持って外へ出ると、運転席から背広姿の男が降りてきた。
「久しぶりだな、友丸」
「お久しぶりです」
男も黒田家の関係者で、現在は政府の仕事に就いている。先日の集まりでも姿は見かけたが、あれだけ大勢が集まっていたため、まともに話す時間はなかった。
「この間は挨拶もできなかったからな。元気そうで安心した」
「そちらも変わりませんね」
「そうでもない。政府の仕事しだしてから、白髪が随分と増えた」
男が自分の頭を指し、苦笑する。
「それにしても、相変わらず急な呼び出しに縁があるな」
「今回は絢香が俺の名前を出したそうです」
「なるほど。それなら断れんか」
「断れますよ」
「断らなかっただろう?」
友丸は答えず、開けられた後部座席へ乗り込んだ。
車内は広く、運転席との間には仕切りもある。友丸がバッグを置くと、男は後部ドアを閉める前に腕時計を確認した。
仕切りが閉じられ、車が静かに走り出す。
友丸は普段着を脱ぎ、黒いスーツ型の遺物へ袖を通した。腰にナイフを装着し、最後に猫の仮面を被る。
姿見はなかったが、確認する必要はない。
この格好で人前に出るのは、もう何度目になるか分からなかった。
「終わりました」
仕切りが開き、男がバックミラー越しに後部座席を見る。
「……初めて間近で見ると、本当に怪しい格好だな」
「政府の車に乗せて大丈夫ですか?」
「堂々としていろ」
男はそう言ってから、わずかに車の速度を上げた。
世界ランキング戦の会場ではまだ、突然決まった代理の同行者が誰なのか発表されていない。
代理の記録係が誰なのかは、まだ会場にも知らされていないらしい。
この格好で現れれば、討伐戦が始まる前にひと騒ぎ起きるだろう。




