世界ランク2位の男
友丸たちが庭へ戻ったとき、塁は縁側で二つの旅行鞄を開いていた。
絢香がその前にしゃがみ込み、中を覗いている。
「私が頼んだの、香辛料一つだけだよね?」
「ああ」
「分かってるなら、これは何?」
鞄の中には、瓶や袋に詰められた香辛料が隙間なく収められていた。色も形もさまざまで、ラベルに書かれた文字も統一されていない。
「どれが絢香の料理に合うか分からなかったのでな。使えそうな物はすべて買ってきた」
「すべてって…」
「……どこの国の?」
「六か国です」
答えたのは北田だった。
「北田」
「口止めはされていませんので」
「六か国って、仕事で回ったところ?」
「いいえ。すべて私用で購入したそうです」
絢香がゆっくりと兄を見る。
「お兄ちゃん、休みの日に何してるの?
「絢香に頼まれた物を探していた」
「私は一種類しか頼んでないよ」
「この中から選べばいい。気に入った物がなければ、別の国でも探してくる」
「これ以上増やさないで」
絢香は鞄から一つの瓶を取り出し、香りを確かめた。
使い道を考え始めたらしく、近くにあった紙へ、ラベルに書かれている文字を写していく。
その様子を見た塁が、満足そうに頷いた。
「喜んでいるな」
「困ってるんだよ」
「料理に使うつもりではあるだろう?」
「これだけあれば、使わないともったいないでしょ」
「ならば、買ってきて正解だった」
「そういうことにしておく」
絢香は反論を諦め、二つの鞄を屋敷の中へ運ぶよう近くの者へ頼んだ。
塁も手伝おうとしたが、その前に子供たちに取り囲まれる。
「塁兄ちゃん、本当に世界で二番目に強いの?」
「二位なのは世界ランキングだ。単純な強さだけで決められた順位ではない」
「一番の人には負けたの?」
「戦ったことはない」
「じゃあ、塁兄ちゃんの方が強いかもしれない?」
「戦えば分かるだろう」
塁は子供の質問にも、真面目に答えていた。
別の少年が友丸を振り返る。
「友丸兄ちゃんと塁兄ちゃんは、どっちが強いの?」
「俺に聞くな」
「一度、確かめてみるか?」
塁が友丸を見る。
「断る。この辺一体消し飛ぶぞ」
「場所を変えれば問題ない」
「お兄ちゃん」
鞄を見送っていた絢香が、塁を呼んだ。
「せっかくの集まりで喧嘩しないでよ」
「分かった」
塁はすぐに引き下がった。
その様子を見ていた少女が、不思議そうに首を傾げる。
「もしかして、絢香姉ちゃんが一番強いの?」
「塁が相手ならな」
友丸が答えると、周囲から笑いが起こった。
「妹の言葉を聞くのは、兄として当然だ」
塁だけは、何がおかしいのか分かっていないようだった。
その後も庭のあちこちで話が続いた。
久しぶりに顔を合わせた者同士で近況を伝え合い、子供たちは広い庭を走り回る。用意されていた料理も、二百人近い参加者によって次々と減っていった。
やがて日が傾き始めると、遠方から来ていた者たちを中心に、少しずつ帰り支度を始める。
その前にこはくへ触れておきたい子供たちが、縁側の前へ列を作っていた。
こはくは座布団の上へ座り、はながその隣で順番を見ている。
「一人ずつだよ。強く触ったら駄目だからね」
「抱っこしてもいい?」
「こはくが自分から乗ってきたときだけだよ」
「お魚は?」
「今日は食べすぎたから、もう駄目だそうだよ」
「みゃ」
こはく自身は不満そうだったが、友丸が許可するつもりはなかった。
子供たちは順番を守り、一人ずつこはくの頭や背中を撫でていく。
友丸は少し離れたところから眺めていたが、列の最後にいる二人へ気づいて目を止めた。
燿が子供たちの後ろへ並んでいる。
さらにその後ろには、塁までいた。
「何をしてるんだ、二人とも」
「見れば分かるだろう」
燿が答えた。
「順番を待っている」
塁も平然としている。
前に並んでいた少女が振り返り、燿を見上げた。
「燿じいちゃん、先に撫でる?」
「いや。順番は守る」
「塁兄ちゃんも?」
「私は最後で構わない」
世界ランキング第二位と、かつての世界ランキング第三位。
二人とも、こはくを撫でるために子供たちの後ろへ並んでいた。
「お兄ちゃん、普通に頼めばいいでしょ」
絢香が呆れた声を出す。
「子供たちが先だ」
「その点は、燿さんと意見が一致した」
「変なところで仲良くならないでよ」
しばらくして、燿の番が回ってきた。
燿はこはくの前へ腰を下ろすと、大きな手を慎重に伸ばした。指先で頭を撫で、次に耳の後ろへ触れる。
「みゃ」
「そうか」
何が「そうか」なのかは、友丸にも分からなかった。
燿の表情はほとんど変わっていない。それでも、口元だけはわずかに緩んでいる。
「はい、そこまでだよ」
はなが燿の手を止めた。
「もう終わりか?」
「後ろが待ってるだろう」
次に塁がこはくの前へ座る。
背中をゆっくり撫でると、こはくが気持ちよさそうに目を細めた。
「随分と柔らかいな」
「みゃあ」
「お兄ちゃんも、そろそろ交代して」
「まだ燿より短い」
「同じくらいだよ」
「あと五秒だけだ」
「駄目」
絢香に言われ、塁は渋々立ち上がった。
そのまま離れるのかと思えば、列の最後へ向かう。燿も何も言わず、その後ろへ続いた。
「もう一度並ぶのか?」
「順番を守っているだけだ」
「一人一回とは言われていない」
二人とも至って真剣だった。
日が沈み、庭の片づけが始まっても、こはくをもう一度撫でるために並ぶ二人が列を離れることはなかった。




