ランキング大会を説明する
香菜に続き、友丸は屋敷の奥へ向かった。
庭から離れるにつれて、大勢の話し声が遠ざかっていく。香菜は廊下の突き当たりで足を止め、襖を開けた。
「友丸様をお連れしました」
広い座敷には、黒田燿とはなが並んで座っていた。
向かいには山王寺と、黒縁眼鏡をかけた櫻子がいる。二人とも先ほどまでは庭にいたはずだ。友丸が後輩たちに囲まれている間に、先にこちらへ移ったらしい。
「おかえり、友丸」
はなが笑顔で迎える。
「ただいま」
「久しぶりね」
続いて声をかけてきたのは櫻子だった。
電話では何度も話しているが、直接顔を合わせるのは数か月ぶりになる。櫻子は黒縁眼鏡を指先で直すと、親しげな笑みを向けてきた。
「この前も電話で話しただろ」
「顔を見て話すのとは違うでしょ」
「話す内容は同じだ」
「そういう返しをするところは変わらないわね」
櫻子が楽しそうに笑う。
「私への挨拶がまだだぞ」
燿の向かいに座る男が口を挟んだ。
絢香とよく似た目元をしている。
四大クランの一つ、《シスタ》のクランマスターを務める塁。世界ランキング第二位のSランク冒険者であり、普段はほとんど海外で活動している男だ。
「電話では、最初に名乗れと言ったはずだ」
「声で分かるだろう」
「分かったうえで聞いたんだ」
「相変わらず面倒な男だな、貴様は」
「お前にだけは言われたくない」
塁が言い返そうとしたところで、こはくが友丸の肩から飛び立った。
「こはくちゃま。こちらへおいで」
塁が両手を差し出す。
しかし、こはくはその手を素通りすると、はなの膝へ降りた。
「みゃ」
「よしよし。今日も可愛いねえ」
はなが背中を撫でる横で、燿が羨ましそうにこはくを見つめる。
「なんだい。あんたも抱きたいのかい?」
「見ていただけだ」
はなが笑い、こはくの背中を撫でる。
友丸は空いていた座布団へ腰を下ろした。
香菜が全員の前へ新しい茶を置き、自分も燿の後ろへ座る。
「それで、今日はどうして二百人も集めたんだ?」
「理由は二つある」
答えたのは燿だった。
「一つは、塁が久しぶりに日本へ戻ってきたことだ。黒田家と関わりのある者を、まとめて呼べる機会もしばらくなかったからな」
黒田家は、国内にある複数の養護施設と関わりを持っている。
山王寺がかつて任されていた施設も、その一つだ。卒業後に海外へ移った者や、仕事の都合で滅多に日本へ帰れない者も少なくない。
今回は塁の帰国に合わせ、都合のつく者へ広く声をかけた。その結果、二百人近くが集まったという。
「今度は、いつまで日本にいるんだ?」
友丸が尋ねると、塁が茶へ手を伸ばした。
「世界ランキング会議が終わるまではいる。その後は、また国外だ」
「帰ってきたばかりだろ」
「《シスタ》への依頼が溜まっているのでな」
世界には、大小さまざまな冒険者クランが存在する。
その中でも、所属する冒険者の数、保有する戦力、異界攻略で積み重ねてきた実績。そのすべてで他を大きく上回る四つの組織が、四大クランと呼ばれていた。
四大クランには、希望する国へ申請すれば、原則としてその国の異界へ入れる特例が認められている。
国内の冒険者だけでは倒せない魔物の討伐や、攻略が進んでいない領域の調査を、政府から依頼されることも多い。
もっとも、依頼を受けるのは塁個人ではなく、《シスタ》というクランだ。誰を送り、どのような編成を組むかはクラン側が決める。世界ランカー個人への派遣要請とは、扱いが異なっていた。
「国外のクランへ頼る以上、依頼する国にも相応のリスクが生じる」
山王寺が説明する。
クランへ支払う契約料だけでなく、移動や物資を含めた遠征費も依頼国が負担する。
さらに、攻略を任せる異界の地形や魔物、確認されている資源について、政府が持つ非公開情報も明かさなければならない。
「調査中に新しい資源が見つかった場合は、依頼を受けたクランへ優先購入権を与える契約もあるわ」
櫻子が続けた。
「反対に、政府が危険な情報を隠して死傷者を出せば、巨額の賠償を求められる。国際的な信用も失って、ほかの四大クランから協力を断られる可能性まである」
一度信用を失えば、本当に助けが必要になったとき、誰も来てくれない。
それでも依頼が途切れないのは、自国の戦力だけでは解決できない問題を抱えている国が多いからだ。
「絢香と過ごす時間はあるのか?」
「当然だ。そのための予定は空けてある」
「仕事より先に確保したのか」
「妹と過ごす時間を後回しにする理由がない」
塁は真顔だった。
友丸が櫻子を見ると、彼女は小さく笑った。
「そこは昔から変わってないわね」
「もう一つの理由は、その世界ランキング会議だ」
燿が話を戻した。
「今年は日本で開かれるの」
櫻子が説明を引き継ぐ。
「各国の政府関係者や冒険者組織、それにSランク冒険者たちも、すでに日本へ集まり始めてるわ」
世界ランキングは三年に一度、すべての順位が見直される。
Sランクを認定するのは、それぞれの国だ。
その中から、世界の異界攻略へ大きく貢献した上位五十名が、世界ランカーに選ばれる。
「現在の世界ランカー五十人は、全員が自動的に審査を受ける」
山王寺が言った。
「ランキング外から審査を受けられるのは、各国政府が推薦したSランクだけだ。本人が希望しただけでは参加できない」
推薦を求める者は、まず自国の政府へ申請する。
政府が実績を調べ、世界ランキングへ挑む資格があると判断した者だけを、候補者として会議へ推薦する。各国が推薦できる人数にも限りがあるため、Sランクなら誰でも審査を受けられるわけではない。
「何を基準に順位を決めるんだ?」
「異界攻略へ、どれだけ貢献したかよ」
櫻子が答えた。
高難度エリアの攻略。危険な魔物の討伐。未踏領域の調査。新たな資源や生態系の発見。
単純な戦闘能力ではなく、それまで世界の異界探索へ残してきた実績が評価される。
「過去の功績に、直近三年間の活動内容を加えて審査するの」
「昔の実績も残るのか?」
「もちろん。ただし、過去の功績だけで、いつまでも順位を守れるわけではないわ」
長年にわたって活躍してきた上位者が、一度の更新でランキング外へ落ちることは少ない。
三年間に目立った活動がなければ、実績を重ねた者に少しずつ追い抜かれていく。特に入れ替わりが激しいのは、四十位から五十位だった。
「各国から提出された実績を比較して、会議が新しい暫定順位を作る」
山王寺が続ける。
「そこで明確な差がつけば、そのまま順位が決まる。ただ、書類だけでは優劣をつけられない者も出てくる」
「同じくらいの実績を残している場合か?」
「そうだ。攻略した異界も、倒した魔物も違う。どちらも十分な成果を上げていれば、単純に比べることはできない」
そこで山王寺は、指を二本立てた。
「その場合に限り、実際に力を比べる。方法は二つだ。指定された魔物を先に討伐するか、冒険者同士で直接戦うか。今回は、どちらも東京異界で行われる」
「待て」
友丸は思わず山王寺を止めた。
「冒険者同士で戦って、順位を決めるのか?」
一斉に視線が集まった。
櫻子が黒縁眼鏡の奥から、友丸の顔をじっと見る。
「友丸。本当に知らなかったの?」
「貴様、そんなことも知らないのか?」
塁まで呆れた声を出した。
「順位決定戦が行われるときは、テレビでもインターネットでも中継されているぞ」
「そうなのか」
「そうなのか、ではない。世界中が見ている」
友丸にも、Sランク冒険者同士が戦う映像を見た覚えはあった。
ただし、国際大会か何かだと思っていた。世界ランキングの順位を決める試合だとは、まったく記憶していない。
「順位に興味がないから、頭に残っていなかったんだろう」
燿が言う。
「たぶん、それだな」
「納得するな」
塁が眉を寄せる横で、山王寺が苦笑した。
「誰と誰を比べるかも、どちらの方法を使うかも、会議側が決める。推薦された者が、自分と相性のいいランカーを指名することはできない」
指定された魔物を討伐する競技では、二人が同じ場所から同時に出発する。
対象となる魔物を先に発見し、討伐した者が勝者だ。戦闘能力だけでなく、探索や追跡を含めた総合力が試される。
適した魔物がいない場合や、直接戦った方が判断しやすい場合には、冒険者同士の試合が選ばれる。
「断ることはできるのか?」
「できるわ」
櫻子はそう答えたあと、すぐに言葉を続けた。
「でも、正当な理由もなく断れば負けよ。比較する相手より、上の順位にはなれない」
「五十位の人間が、ランキング外の候補者との試合を断った場合は?」
「そのままランキング外になる可能性があるわ」
負傷や、国家規模の緊急任務など、会議が正当と認める事情がある場合に限り、順位決定戦は延期される。
単に戦いたくないという理由では認められない。
「冒険者同士の試合は、東京異界内の広い区画を封鎖して行う」
「観客は入れない。政府の撮影班が入り、その映像を世界中へ中継する予定だ」
「殺し合いではないんだろ?」
「当然だ。相手の殺害は禁止されている」
とはいえ、戦うのはSランク冒険者同士だ。
試合区画の近くには専門の医療班が待機し、希少な異界産治療薬も用意される。それでも、絶対に死者が出ないとは言い切れない。
「そこまでして順位を決めるのか」
「五十位以内に入れば、それだけ周囲の扱いも変わる」
塁が口を開いた。
「国や企業から届く依頼も、提示される報酬も、それまでとは比べものにならない。希少な異界産装備や、高価な治療薬を条件に出す国もある」
二十一位から五十位までの冒険者であれば、他国政府から通常の異界攻略や調査を依頼されることもある。
しかし、二十位以内は別格だ。
一国だけでは対処できない大規模な異変でも起きない限り、他国政府が派遣を求めることは認められていない。
「一度決まった順位は、次の会議までの三年間変わらないわ」
櫻子が言う。
「途中でランキングから外れるのは、死亡や引退、冒険者資格を失った場合くらいね。だからこそ、決定するまでの審査も厳しいのよ」
「それで、山王寺さんと櫻子も忙しいのか」
「そういうことだ」
「各国との調整に、会場の準備まであるからね。しばらくは落ち着けそうにないわ」
櫻子が肩をすくめる。
その直後、廊下の向こうから塁を呼ぶ声が聞こえてきた。
「塁様。絢香様がお探しです」
塁はすぐに茶を置いた。
「話は終わったな。私は行くぞ」
「まだ終わったとは言っていない」
燿が止めるより早く、塁は立ち上がっていた。
「妹を待たせるわけにはいかないのでな」
そう言い残し、迷うことなく座敷を出ていく。
閉じられた襖を見つめながら、友丸は呟いた。
「本当に、絢香が最優先なんだな」
「昔から言ってるでしょ」
櫻子が、呆れたように笑った。
説明分かりにくいかもしれませんが、3年ごとにランキング変わると思ってて下さい。
分かりづらい文章となってしまい、申し訳ありません。 今後ともよろしくお願いいたします。




