黒田家の家族達
黒田家の集まりが開かれたのは、それから数か月後だった。
友丸がこはくを肩に乗せて正門をくぐると、広い駐車場には何十台もの車が並んでいた。運転手つきの高級車もあれば、家族向けの大きな車や、使い込まれた自動車もある。
屋敷へ続く道では、先に到着した者たちが荷物を運んでいた。
背広姿の男が酒の入った箱を抱え、その隣を、子供の手を引いた女性が歩いている。庭からは大勢の話し声と、肉の焼ける香ばしい匂いが、あたり一面に立ち込めていた。
「随分と集まったな」
「みゃ」
友丸も、ここまで多いとは思っていなかった。
玄関には靴が収まりきらず、臨時に用意された棚が廊下まで続いている。そこで出迎えた香菜によると、すでに二百人近くが到着しているらしい。
広間だけでは足りず、庭にも机と椅子が並べられていた。
黒田家で直接育った者だけではない。黒田家と関係する養護施設の出身者も来ている。卒業して何十年も経つ者から、つい最近施設を出たばかりの若者まで、世代も幅広かった。
庭では、教師になった者が子供たちを集めて遊び、病院勤めの女性が転んだ少年の膝を診ている。普段は部下を何百人も抱えている会社の重役も、ここでは年長者に使われ、楽しそうに料理を運んでいた。
冒険者や政府職員も少なくない。
山王寺は、かつて自分が任されていた施設の卒業生たちに囲まれている。その近くには近藤の姿もあった。配信で使うマスクを外し、幼い頃から知る者たちと笑っている。
絢香や北田、櫻子の姿も見えた。
昔と変わらない顔ぶれの中に、友丸の知らない者もいる。
「久しぶりだな、友丸」
横から肩を叩かれた。
振り向くと、五十代くらいの男が立っていた。友丸が幼い頃、同じ敷地で暮らしていた一人だ。
「お久しぶりです。元気そうですね」
「それだけか? 十年近く会ってなかったんだぞ」
「久しぶりに会った相手へ、ほかに何を言えばいいんです?」
「この前も随分と話題になってたじゃないか。イケオジだったか?」
「最初に言うことがそれですか」
男の隣にいた小学生くらいの少年が、友丸を見上げる。
「父さん、この人が友丸?」
「そうだ。昔はこいつも、お前と同じくらい小さかったんだぞ」
「でも、昔からおじさんみたいだったって聞いた」
「見た目の話か?」
「考え方」
「余計に悪いな。誰に聞いた?」
少年が庭の方を指差した。
そこにいた数人が、一斉に友丸から目を逸らした。
友丸がそちらへ向かおうとしたところで、別の場所から声が飛んできた。
「忍者が来たぞ!」
「海外では侍だろ!」
「普通のおじさんじゃなかったのか?」
「超イケオジも忘れるなよ!」
あちこちから笑い声が上がった。
先日の近藤の動画は、この場にいる者の多くが見ていたらしい。
もっとも、それがなくても撮影者の正体に気づいていた者は多かった。話すときの声や立ち方だけでなく、魔物との距離の取り方やナイフでかまえる際の癖まで、昔とほとんど変わっていない。
幼い頃から友丸の戦い方を知る者にとって、猫のマスクだけで正体を隠すのは無理があった。
「随分前から気づいてたのか」
「当たり前だろ」
「お前、昔から同じ動きしてるぞ」
「もう少し上手く隠せよ、撮影者さん」
「別に、お前らに隠してたわけじゃない」
友丸が答えると、また笑いが起こった。
この中の誰かが外で話せば、友丸の正体はすぐに広まる。
それでも、これまで情報が漏れたことはなかった。
友丸が公表していないのなら、屋敷の外では知らないふりをする。誰かに口止めされているわけではない。黒田家で暮らした者にとって、それは確認するまでもないことだった。
「こはくちゃんだ!」
子供の声が庭に響いた。
十人近い子供たちが駆けてきたため、友丸はその場で足を止める。
「本当に飛んでる!」
「触ってもいい?」
「こはくちゃん、お魚あるよ!」
「みゃ」
魚という言葉を聞いた途端、こはくの耳が動いた。
「食べすぎるなよ」
「みゃあ」
返事だけを残し、こはくは友丸の肩から飛び立った。子供たちの頭上を一周してから、魚の載った皿を持つ少女の腕へ降りる。
子供たちが歓声を上げる。
その声につられ、大人たちまで集まり始めた。スマートフォンを向ける者もいたが、撮った写真を外へ出していいか尋ねる者はいない。屋敷の中で撮ったものを勝手に公開しないことも、昔から変わらない決まりだった。
こはくは次々と差し出される魚を前に、どれから食べるか真剣に悩んでいる。
友丸よりも、明らかに歓迎されていた。
こはくが子供たちに連れていかれたあと、友丸の周りには冒険者をしている後輩たちが集まってきた。
ランクも活動する地域も異なっている。国内の異界を中心に活動している者もいれば、海外の調査へ参加した経験を持つ者もいた。
尋ねられたのは、東京異界で飛んできた針を落とした方法だけではない。
複数の魔物と戦う際の立ち位置、気配の薄い敵を見つける方法、武器の選び方、撤退を決める基準。普段組んでいるパーティーの連携について相談する者もいた。
友丸は一人ずつ、能力や使っている武器を確認してから答えていった。
同じ魔物と戦うにしても、前衛と後衛では見るべき場所が違う。速さに自信がある者と、防御を得意とする者でも戦い方は変わる。自分のやり方をそのまま教えるのではなく、相手に合わせて直すべき部分を伝えた。
言葉だけでは判断できない相談については、次に装備を持ってくるように言った。
後輩たちは真剣な顔で聞き、中にはスマートフォンへ内容を残している者もいる。質問が途切れてもすぐには離れず、友丸がほかの者へ話す内容まで聞いていた。
友丸自身の鍛え方について尋ねた者だけは、途中で絢香に止められていた。
能力を使い切るまで試さなければ限界は分からないという友丸の考え方を、後輩にまで真似させるつもりはないらしい。
冒険者たちへの話が一段落すると、今度は帽子を被った若い女性が近づいてきた。
黒田家の施設で育ち、現在は人気アイドルグループの一員として活動している娘だった。友丸とは何度か会っているが、顔を合わせるのは数年ぶりになる。
「友丸さん、今度、私たちの新曲のPVに出てもらえませんか?」
「俺が?」
「はい。この前の近藤さんの動画を見て、合いそうだと思ったんです。できればこはくちゃんも一緒に」
「企画が決まったら見せてくれ。出られるかは、それからだ」
「はい。ありがとうございます」
嬉しそうに頭を下げたあと、女性はこはくのいる人だかりへ向かっていった。
入れ替わるように、今度はテレビ局で働いている後輩が声をかけてくる。
「友丸さん。俺からも一ついいですか?」
「テレビには出ないぞ」
「まだ何も言ってませんよ」
「お前が企画書を持ってるからだ」
後輩の手には、薄い封筒が握られていた。
「異界で活動する冒険者を扱った番組です。無論、顔を隠しても構いませんから、装備の選び方や、初心者が気をつけることを話してもらえないかと」
「俺より、話すのが上手い冒険者はいるだろ」
「います。でも、話題になっている人の話が欲しいんです」
友丸は差し出された封筒へ目を落とした。
すぐには受け取らなかったが、後輩も無理に押しつける事もなかった。
「置いていけ。あとで読む」
「いいんですか?」
「読むだけだ。出るとは言ってないからな」
「それで構いません」
後輩はほっとしたように笑い、封筒を手渡した。
異界へ潜る者。人を教える者。病気や怪我を治す者。会社で働く者。人前に立つ者と、その姿を番組にする者。
黒田家を出たあとに選んだ道は、それぞれ違っている。
普段なら交わることのない者たちが、ここでは同じ机を囲んでいた。年長者が若者の相談に乗り、卒業生が現在施設で暮らしている子供たちの相手をしている。
誰かに命じられているわけではない。
自分たちがしてもらったことを、次に来た者へ返しているだけだった。
友丸が暮らしていた頃より、黒田家に関わる人間は増えている。知らない顔も多くなった。それでも、屋敷の中に流れる空気は昔と変わっていなかった。
「みゃあ」
人混みから戻ってきたこはくが、友丸の肩へ降りる。
腹はすっかり膨らんでいた。
「食べすぎるなって言っただろ」
「みゃ」
「返事だけはいいな」
こはくの頭を撫でていると、縁側に立っていた香菜と目が合った。
「友丸様、少しよろしいでしょうか」
「どうした?」
「こちらへお願いします」
香菜はそう言って、屋敷の奥へ続く廊下を示した。




