ヨーロッパで今話題のカメラ
黒田家に集まるといっても、すぐの話ではなかった。
絢香の兄も仕事が立て込んでいるらしく、早くても数か月先になるという。日取りが決まったら改めて連絡すると、翌日、絢香から短いメッセージが届いた。
その日の午前中、今度は近藤から電話がかかってきた。
『……今日、時間ありますか』
「ある」
『お店に来てもらえませんか。少し、お願いしたいことがあって』
友丸もちょうど、使っているカメラを調整してもらいたいと思っていた。
「昼頃に行く」
『……待ってます』
通話を終えた友丸は、窓辺へ目を向けた。
朝食を食べ終えたこはくが、クッションの上で丸くなっている。先日は深層まで連れていった。数日は異界へ入る予定もないため、休ませておくことにした。
「少し出てくる。留守番を頼む」
「みゃ」
こはくは片目だけを開けて鳴くと、すぐに顔を前足へ埋めた。
昼前、友丸はカメラを入れたバッグを持って、秋葉原にある近藤の店を訪れた。
電子機器を扱う小さな店だ。表の看板は出ているが、表に客の姿はない。扉を開けると、奥から近藤ではない明るい声が飛んできた。
「あっ、来た! あなたが近ちゃんの言ってた人?」
カウンターの前にいた若い女性が、友丸へ興味深そうな視線を向けている。
「カエデです。よろしく!」
カエデは、異界攻略を中心に配信しているAランク冒険者らしい。登録者は百万人を超え、途切れることのない喋りと明るい性格で人気を集めているそうだ。
その後ろでは、背中まで伸びた髪で目元を隠した近藤が、いつものように俯いていた。
「……カエデさん。声が大きいです」
「これくらい普通だって。コンちゃんが小さすぎるの」
友丸はカウンターへバッグを置き、中からカメラを取り出した。
「最近、映像が少しぶれる。見てもらえるか」
「……分かりました」
近藤がカメラを受け取り、すぐに作業台へ向かう。
カエデが店の隅に置かれたケースを開けた。中から出てきたのは、人の頭ほどの大きさをした球形のカメラだった。
「これ。ヨーロッパで増えてる、自動追尾カメラ」
撮影する相手を登録しておけば、一定の距離を保ちながら自動で追いかける。日本ではまだ主流になっていないが、ヨーロッパの冒険者配信者を中心に利用者を増やしている機材だ。
「近ちゃんに調整してもらったから、今日、東京異界の浅層で試すの。コンちゃんとのコラボ配信でね」
「……それで、坂田さんにも来てもらえないかと」
作業台へ向かったまま、近藤が小さな声で続けた。
「自動で撮るなら、俺はいらないだろ」
「……比べる映像が必要です。それに、途中で動かなくなったときの予備も要ります」
「同じ戦闘を自動カメラと人間が撮って、どっちが見やすいか比べるの。面白そうでしょ?」
カエデはすでに、友丸も参加するものと決めているようだった。
「自動カメラに、俺が映り込む可能性がある」
「……大丈夫です。そのための機能も入れてあります」
近藤が作業台の端にあるモニターを操作する。自動追尾カメラの映像へ友丸の姿が入ると、顔だけが一瞬でアニメ調の顔へ変わった。
目元だけを隠す加工ではない。顔全体をAIが別の顔へ置き換え、友丸が横を向いても、その動きに合わせて追い続けている。
「誰だ、これは」
「……坂田さんです」
「俺ではない」
「すごい。これなら一緒に映っても平気だね」
「だからといって、参加する理由にはならない」
「じゃあ、お願い!」
「断る」
友丸が即答すると、近藤の手が止まる。
「……今日、付き合ってくれたら、カメラの調整代はいりません」
「何時に出る?」
「決めるの早くない?」
カエデが楽しそうに笑った。
それから一時間ほどで、二台のカメラの調整は終わった。
友丸たちは店を出ると、そのまま東京異界へ向かった。配信を行うのは、浅層にある開けた岩場だ。出現する魔物の危険度は低く、カメラを試すために走り回っても、ほかの冒険者の邪魔になりにくい。
配信開始の五分前。
カエデが自分の装備を確かめる隣で、近藤はバッグからアニメキャラクターの顔をかたどったマスクを取り出した。素顔のままでは相変わらず俯きがちで、必要なこと以外はほとんど喋らない。
「近藤さん、自動カメラの準備は?」
「……できてます」
近藤がマスクを被り、自動追尾カメラを起動する。
黒い球形のカメラが地面を離れ、カエデと近藤を画面の中央へ収めた。二人が左右へ動くと、一定の距離を保ったまま滑るようについていく。
友丸は少し離れた場所で、近藤から渡されカメラを構えた。彼が撮る映像は、自動追尾カメラとの比較用だ。配信中に自動カメラが止まれば、そのまま代わりの映像として使われる。
カエデが指を三本立てた。
二本、一本と折り、最後の一本が閉じられた瞬間、自動追尾カメラの赤いランプが点灯する。
「みんなー! 今日も元気に燃えてるかー! コンだよー!」
浅層の岩場へ、近藤の声が響き渡った。
先ほどまで小声で話していた人物と同じだとは、友丸にも思えないほどの変わりようだった。
「そして今日は、カエデちゃんとの久しぶりのコラボー!」
「どうも、カエデです! 今日はヨーロッパで話題の自動追尾カメラを、実際に異界で試していきます!」
二人が並んで手を振ると、画面の横を流れるコメントが一気に加速した。
《この二人の組み合わせ待ってた!》
《開始からうるさい》
《コンちゃん今日も絶好調》
《カメラが勝手に浮いてる?》
《動き滑らかだな》
自動追尾カメラが二人の周囲を回り、斜め後ろにいた友丸まで画面へ入れる。
その瞬間、友丸の顔全体が、AIによってアニメ調の青年へ置き換わった。
《後ろの人、顔どうなってるの?》
《急にアニメキャラ出てきた》
《誰?》
カエデが振り返り、アニメの顔になった友丸を見て笑う。
「さっそく映ってるよ」
友丸は何も答えず、カメラの外へ移動した。
「顔を隠すAIも正常に動いてまーす! それじゃあ、さっそく始めよう!」
近藤の声に合わせるように、自動追尾カメラが二人の前へ回り込む。
日本ではまだ珍しい機材を使った実地配信が始まった。




