↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その日暮らしのおじさんの冒険  作者: よろず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
102/166

絢香の兄は


 友丸が東京異界の一区へ戻ったのは、絢香の食堂の夜の営業が終わる少し前だった。

深層で黒いスーツを脱ぎ、ジーンズとパーカーへ着替える。装備をまとめたバッグには、こはくにも入ってもらった。


 そのまま絢香の食堂へ向かうと、店の前にはまだ十人ほどが並んでいた。友丸も最後尾へつく。


 ほどなくして店員が営業終了の札を持って現れ、友丸の後ろへ置いた。どうやら最後の客になったらしい。


 二十分ほど待って店へ入る。


「いらっしゃい」


 厨房に立っていた絢香が、友丸の顔を見るなり眉を寄せた。


 何か言いたそうだったが、店内にはまだ大勢の客が残っている。絢香は口を開かず、いつもの定食を用意し始めた。


 友丸も何も言わず、空いていたカウンター席へ座る。


 食事を終える頃には、ほかの客も店を出ていた。


「ありがとうございました」


 最後の客を見送り、従業員たちが閉店作業を始める。絢香は厨房から出ると、店内を見回した。


「残りは私がやるから、今日はもう上がっていいわよ」


「分かりました。お疲れさまです」


 従業員が全員帰ったあと、絢香は入口の鍵を閉め、表の灯りを落とした。


 それを待っていたように、友丸の足元でバッグが動く。


「みゃあ」


 僅かに開けていた隙間から、こはくが顔を出した。そのままバッグを抜け出し、ふわりとカウンターへ上がる。


「待たせたな」


「みゃ」


 絢香は小皿に魚を取り分け、こはくの前へ置いた。それからカウンターを回り、友丸の隣へ腰を下ろす。


「それで、どうだった?」


「前に行ったときと、景色は変わってなかった。蜘蛛の群れが多く棲み着いてたくらいだな」


「それだけじゃないでしょ」


 絢香が横から友丸の顔を覗き込む。


「能力を使ったのね」


「分かるのか?」


「分かるわよ。使いすぎたあとは、昔からそんな顔をしてたでしょ」


 自分では普段と変わらないつもりだったが、まだ顔色までは戻っていなかったらしい。


「少し使いすぎた」


「少しには見えないけど。怪我は?」


「ない。最後はこはくに助けてもらった」


「みゃ」


 魚を食べていたこはくが、顔だけを上げて返事をした。


「まさか、新しい技まで試したの?」


「いや。新しいのを使うには、まだまだだな。今日はとりあえず、能力の基本だけ試した」


「基本って?」


「八本のナイフを繋いで動かした。あとは、糸と毒を何度か切り離したくらいだ」


「何度かって、何回?」


「途中から数えてない」


 絢香が呆れたように息を吐く。


「それは、使いすぎたっていうのよ」


「今の限界は分かった」


「限界まで使わなくても、もう少し手前で分かるでしょ」


「ぎりぎりまで使わないと、正確には分からない」


「そこは昔から変わらないわね……」


 絢香は立ち上がり、厨房から湯気の立つ汁物を運んできた。


「これも食べて。今日は、うちに来る?」


「帰る」


 友丸は迷わず答えた。


「その顔で?」


「歩くくらいなら問題ない」


「だったら、どうして店には来たのよ」


「一か月無料の約束だったからな。食べに来た」


「魔力がなくなりかけても、無料分は食べるのね」


「食べられるときに食べた方がいい」


「みゃ」


 こはくが賛成するように鳴く。


 絢香は二人を見比べ、もう一度ため息をついた。


 友丸が汁物へ手を伸ばしたところで、絢香が何かを思い出したように口を開いた。


「そういえば、兄が言ってたわ。たまには黒田家に集まろうって」



◇


 翌朝。


 枕元に置いていたスマートフォンが鳴った。

 友丸は布団の中から腕を伸ばし、画面も見ずに通話へ出る。


「もしもし」


『私だ』


「誰だ」


『私だ』


「誰だ」


 電話の向こうで、短い沈黙があった。


「……何の用だ」


『近々、黒田家に集まろうと思う』


「面倒だな」


『来なければ、奴をお前のアパートに送り込むぞ』


 男が電話の向こうで楽しそうに笑う。


「賑やかになりそうだな」


 友丸は深いため息をついた。


「いつだ」


『私も仕事がある。数か月以内だな』


「近々じゃなかったのか」


『細かいことは気にするな』


「分かった」


『それと、こはくちゃまも必ず連れてこい』


「こはくちゃま?」


『こはくちゃんのことだ。貴様、知らないのか?』


「切るぞ」


 ピンポーン。


 ピンポーン。


 通話を切る前に、玄関の呼び鈴が続けて鳴った。


 友丸がスマートフォンを耳に当てたまま玄関へ向かうと、扉の向こうから聞き慣れた声がした。


「友丸、今月の家賃まだだよ」


 友丸は、もう一度深いため息をついた。


          

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。