炎使いと撮影者
森へ飛び出した直後、頭上から巨大な枝が振り下ろされた。
友丸は速度を落とさず、黒いナイフを斜めに振り抜く。切断された枝は二人の左右へ落ち、大量の花粉を撒き散らした。
「核の場所に心当たりはあるのか?」
「今から探します」
「それでよく飛び出せたな」
「カヅチさんも同じでしょう」
「私は、お前が見つけると思って来た」
地面を這っていた根が、二人を囲むように持ち上がる。
友丸が先頭に立って切り払い、カヅチがあとへ続いた。炎を使えば周囲の花粉まで爆発するため、先ほどのように広範囲を焼くことはできない。
森の奥へ進んでも、景色は変わらなかった。
行く手を塞ぐように新たな木々が育ち、振り返れば、通り抜けたはずの場所も若木に埋め尽くされている。
「本当にきりがないな」
友丸は足元を横切った根へ、黒いナイフを突き立てた。
切断面から芽が伸びる寸前、残った根が大きく脈打つ。
膨らみは、森の奥から友丸の足元まで走ってきた。傷ついた場所へ、新たな組織を送り込んでいるように見える。
「こっちです」
「何か分かったのか?」
「再生に使っているものが、奥から流れてきています」
「魔力か?」
「多分」
「またそれか」
「見えないんだから仕方ないでしょう」
二人は根が伸びてきた方向へ進路を変えた。
別の根を切ると、やはり同じ方角から再生が始まる。何度か確かめるうちに、足元を走る根は人の胴ほどの太さになっていた。
後方から、硬いものが砕ける音が響く。
木々の上へ持ち上がった巨大な枝が、無数の銀光に貫かれた。少し遅れて全体へ亀裂が走り、細かな破片となって崩れ落ちる。
柳たちも、まだ持ちこたえている。
「急ぐぞ」
二人は太い根に沿って森を駆けた。
やがて前方の木々が途切れ、開けた場所へ出る。
その三十メートルほど先に、巨大な幹が立っていた。
横幅だけで五十メートルを超え、左右は周囲の森へ溶け込むように伸びている。見上げても頂上は青白い枝葉に隠れ、どこまで続いているのか分からない。
幹の根元には、一本の亀裂があった。
地面から十メートル近い高さまで、黒褐色の樹皮が縦に割れている。亀裂はゆっくり開閉を繰り返し、そのたびに奥から黄色い花粉を吐き出していた。
カヅチが右手を向ける。
炎を放つより早く、幹の左右から二本の枝が伸び、亀裂の前で交差した。
「守ったな」
カヅチが狙いを上へ変えると、枝もそれに合わせて上がる。
友丸が右へ走れば、地面を這っていた根が進路を塞いだ。左へ回ろうとしても、別の枝が亀裂の前から離れない。
木の魔物は二人を追い回すよりも、一本の亀裂を守ることを優先していた。
「分かりやすいですね」
「あの奥に核があると、自分で教えているようなものだ」
カヅチが両手を広げる。
「私が枝を引き離す。お前は亀裂を開けろ」
「爆発に巻き込まないでくださいよ」
「それくらい自分で避けろ」
赤い炎が左右へ走った。
亀裂を守っていた二本の枝が迎え撃つように動き、炎へ覆いかぶさる。周囲に漂う花粉が引火し、連続して爆発した。
巨大な枝が炎に包まれ、幹の左右へ押し戻される。
亀裂までの道が開いた。
友丸は地面を蹴った。
正面から根が突き上がる。
友丸は右へずれ、すれ違いざまに切断した。続けて横から薙ぎ払われた枝へ飛び乗り、その上を走る。
亀裂まで、残り十メートル。
足場にしていた枝が大きく跳ね上がる。
友丸は宙へ投げ出されながら身体を捻り、目の前へ伸びてきた細い枝を切り落とした。そのまま地面へ着地し、亀裂へ向かって踏み込む。
あと五メートルまで迫ったところで、頭上が暗くなった。
幹の高い位置から、ビルほどもある枝が倒れ込んでくる。
友丸を押し潰すためではない。
枝全体を横たえ、亀裂を完全に塞ぐつもりだった。
回り込む時間はない。
黒いナイフで切断するには、あまりにも大きすぎる。
その時、友丸の目の前まで迫った枝の先端が、不意に歪んだ。
次の瞬間、巨大な枝は、端から何かに吸い込まれるように消え始めた。
爆発も、切断音もない。
先端から根元へ向かい、枝が空間から削り取られていく。あとには木片一つ残らなかった。
離れた場所にいたカヅチが、消えた枝へ視線を向ける。
友丸はそのまま亀裂へ駆け寄った。
両側から樹皮が盛り上がり、隙間を塞ごうとしている。
閉じるより早く、黒いナイフを亀裂に突き立てた。
そこから一気に上へ斬り上げる。
分厚い樹皮が左右に割れ、亀裂の奥から大量の花粉が噴き出した。
「カヅチさん!」
友丸が横へ飛び退く。
待ち構えていた炎が、開かれた亀裂へ飛び込んだ。
幹の内部で爆発が起きる。
最初は一度。
続けて、さらに奥から二度、三度と爆音が響いた。
内部に溜め込まれていた花粉へ次々と火が移り、誘爆が幹の中心へ向かって走っていく。
巨大な幹が内側から膨らんだ。
亀裂を中心に何本もの亀裂が走り、正面の樹皮が大きく弾け飛ぶ。
その奥に、赤黒い球体が埋まっていた。
直径は三メートルほど。上下左右から伸びた太い管によって、幹の中央に固定されている。
球体が脈打つたび、管を通じて周囲の枝や根へ魔力が流れていた。
「あれが核ですね」
「ああ!」
核を守ろうと、残っていた枝が一斉に集まってくる。
友丸は正面から迫る一本を断ち、核の前へ飛び込んだ。
下側の管を切断し、幹を蹴って跳び上がる。左右の二本へ続けて刃を走らせ、最後に上から伸びていた管を斬り落とした。
支えを失った核が、わずかに沈む。
「退け!」
カヅチの声に、友丸は核の前から飛び退いた。
掌から放たれたのは、拳ほどの小さな炎だった。
赤い光が一直線に走り、露出した核へ触れる。
炎は球体の表面に沿って薄く広がった。
周囲には爆発性の花粉が漂い、切断された管からも噴き出している。それでも、炎はほかの何にも燃え移らない。
巨大な幹も、周囲の枝も、すぐそばにいる友丸でさえ熱を受けていなかった。
燃えているのは、核だけだった。
赤黒かった球体が内側から白く輝き、急速に形を失っていく。数秒後にはすべてが焼き尽くされ、黒い灰となって崩れ落ちた。
森全体の動きが止まった。
持ち上がっていた枝が地面へ落ち、新たに生まれた木々から青白い光が消えていく。開いたばかりの葉は萎れ、空中を漂っていた花粉もゆっくりと降り始めた。
友丸は周囲を見回し、黒いナイフを下ろした。
「終わったみたいですね」
「ああ」
カヅチは頷くと、先ほどまで巨大な枝があった場所へ目を向けた。
「お前の異能力か?」
「その一部です」
友丸は黒いナイフを鞘へ戻す。
「内緒にしててくださいね」
「分かってる」
カヅチは友丸の背中を強く叩いた。
「痛いですよ」
「それくらい我慢しろ。戻るぞ」
二人は来た道を引き返した。
核を失ったことで、森を作り直していた木々も枯れ始めている。行く手を塞いでいた枝をどかしながら進むと、ほどなく調査隊の姿が見えてきた。
中央では西郷の結界が調査員たちを守り、その周囲を柳たちが固めていた。
柳のそばに浮かぶ針は、すでに十本にも満たない。
結界へ向かって倒れ込む巨大な枝を、残った針が一斉に貫いた。枝は途中から粉々に砕け、細かな木片となって降り注ぐ。
別の方向から伸びてきた枝は、絢香と北田が左右から攻撃を叩き込み、結界の脇へ逸らした。
それを最後に、森から新たな攻撃が来ることはなかった。
「間に合いましたね」
戻ってきた二人を見て、柳が周囲の針を消す。
「待たせたな」
「あと少し遅ければ、絢香さんたちに任せて休んでいました」
絢香も構えを解いた。
友丸を見つけたこはくが、そのそばから飛んでくる。
「みゃ」
「ちゃんと待ってたか?」
「みゃあ」
こはくが、いつものように友丸の頭へ収まった。
調査班が周囲の魔力と花粉の濃度を測定すると、どちらの数値も下がり続けていた。巨大な樹木型魔物が再び動き出す様子もな。
「これ以上の調査は行いません。最低限の試料を採取したあと、来た経路を戻ります」
反対する者はいなかった。
新たな森林エリアを発見し、前回の撤退原因となった睡眠作用についても調べることができた。通信手段を失い、複数の参加者が魔力を消耗している以上、先へ進むべきではない。
必要な試料を集めた調査隊は、予備の中継器を設置してから帰還を始めた。
通信が復旧すると、北田のカメラから再び映像が送られる。
《戻った!》
《全員いるか?》
《配信が切れてから何があったんだよ》
《撮影者さんもいる》
《全員無事みたいだ!》
流れ続けるコメントの前で、北田が状況を説明する。
「通信の途絶中、森林全体を形成していた超大型の魔物と交戦しました。すでに討伐を完了しており、調査隊に重傷者はいません。本日の調査はここで終了し、全員で帰還します」
画面が、安堵する視聴者の言葉で埋め尽くされた。
帰路では新たな魔物と遭遇することもなく、調査隊は結界と防護装備を維持したまま川を渡った。
設置された仮設拠点を経由し、東京異界のゲートを抜ける。
政府職員が装備や採取物を回収している横で、カヅチが冷却容器へ目を向ける。
「魚は持ち帰れたんだろうな?」
「研究用の試料を除いて、少しだけね」
絢香が答える。
「店で出すなら連絡しろ」
「安全性が確認されてからよ」
「今日食べても平気だっただろ」
「未知の魔物を、お客さんに出すのとは話が別」
「みゃ」
こはくが冷却容器を見つめながら鳴く。
「こはくも、検査が終わってからだからね」
「みゃあ……」
残念そうな声に、近くにいた調査員たちから笑いが起こった。
こうして、東京異界深層の二次調査は、誰一人欠けることなく終了した。




