四章 彼女たちのアフタヌーン
屋敷に執事やメイドはいない。服を着るのも、食事の準備も、テーブルセットも、全て自分たちでしなければならない。
なぜ使用人を雇わないのか。あまりにも広すぎる屋敷に、なぜ自分たち五人しか住んでいないのか。なにも説明されないまま過ごしてきた。カミーユは「もう少し大人になったら、ね?」と言っているが、恐らく彼女も何も知らないのだろう。
この屋敷には秘密がある。十年以上ここにいる自分たちすら見当もつかないような秘密が。それはひどく蠱惑的で、美しくて、私をうっとりさせると同時に不安にさせる。
その秘密が暴かれたとき、私は私のままでいられるだろうか。そんな恐ろしいことをちらりと考える。
私がカミーユに手を引かれてダイニングに入ると、既に双子がいた。二人とも椅子に浅く腰掛け、ぶらぶらと足を揺らしている。アフタヌーン・ティーを逃したことに不満を抱いているのは明らかだった。
天井近くの窓から日光が淡く差し、舞う埃を照らしている。外はまだ明るいはずなのに、室内がいやに底冷えしているように見えるのは、石造りの内装のせいだろうか。
マントルピースの暖炉の火さえ、澱んだ空気に押さえつけられているように弱々しい。
私たちに先に気づいたのは、双子の姉リーンだった。アーモンド形の瞳をくるりと回し、微笑んだ。
「シオンお姉さま」
その声に、妹のリースもこちらを向く。姉より激しい感情表現を持つ彼女は、リーンと同じ紫の光を宿した瞳を細めた。
「シオンお姉さま、どこに隠れていらしたの? テーブルの下、暖炉の中、棚の隙間まで探したのにいなかったわ!」
納得いっていません、と言わんばかりの勢いに苦笑する。
「秘密の隠れ場があるのよ。もう少し慎重に探せば、必ず辿りつくわ」
「秘密の隠れ場って、この屋敷はどこもかしこも秘密だらけですわ! 一つ一つ確認していたら、何年かかることやら」
「ねえ、リーン?」とリースが左を向くと、左にいるリーンが「ええ、リース」と肩を竦めた。その動作と連動して、リースの肩も同じ高さまで上がる。
半身が繋がっている彼女たちの動作は、いつもぴたりと重なっている。
「次にするときは、もう少し分かりやすいところに隠れてくださいね、シオンお姉さま」
「もうカミーユお姉さまのお菓子と紅茶を逃すのは我慢ならないわ」
「我慢ならないって、そのルールを付け足したのはリーンにリース、あなたたちでしょう」
するりと会話に入り込んだカミーユの声は静かだった。
彼女はアフタヌーン・ティーの準備を始めていた。テーブルをセットする手の動きは乱れ一つなく、英国の完璧な午後五時が整えられていく。
今日はクロテッドクリームとジャム、蜂蜜を添えたクランベリースコーンと、ダージリンのストレート。バスケットに盛られているのは、不吉なほど真っ赤な林檎だ。
脳がとろけそうなほど甘い蜂蜜の香りと、ダージリンの高貴な湯気が、彼女や私の肌を包んでいく。
決して威圧的でない、しかし逆らえないカミーユの声音に、双子は口をつぐんだ。
こういうところが、カミーユが長女たる所以なのだろう。怒るわけでも諭すわけでもなく、ただ淡々と事実を言う。それはあまりにも正しくて、ぞっとするほど冷たくて、彼女に何か言われたら黙るという選択肢しかなくなってしまう。
彼女はこの屋敷に君臨する女王の亡霊だ。私たちは彼女が支配する国の国民であり、取り巻きの家来であり、恩恵を享受する聴衆にすぎない。
「……でも、食べたかったわ。カミーユお姉さまの作るお菓子は絶品ですもの」
「……同感よ、リーン。かくれんぼで負けた私たちが悪いのだけれど、せめて一口だけでも欲しいわ」
「そう気を落とさなくても、あげるわよ。私はまだあまりお腹が空いていないから」
君臨する女王の前で、私は双子をついつい甘やかしてしまう。
リーンとリースが可愛いからだけではない。彼女たちが持つ危うさが、私をひどく魅了するのだ。
リーンの右半身とリースの左半身は、腰の部分で生まれつき結合している。シャム双生児というらしい。自らの肉体や臓器を分身と共有する彼女らは、一種独特な美しさがあった。この世のものではない、私たちとは違う聖域に住んでいる神聖な生き物のような。
境目がなく繋がった彼女らの体の上には、人形のように整った顔が頼りなく乗っている。そのアンバランスさが、時として強烈な色香となって私を惑わすのだ。
双子はぱっと顔を輝かせた。テーブルに身を乗り出すその時でさえ、彼女たちの体は離れようとしない。
「ありがとうございます、シオンお姉さま」
「次のかくれんぼは絶対私たちが勝ちますからね、シオンお姉」
さま、といいかけたリースの声を凄まじい泣き声が遮った。
聞き慣れたしゃがれ声に背筋が凍る。一気に全身が冷えた。鼓膜が痛くなるほど甲高い泣き声は、石の壁に反響して部屋を満たし、私はどんどん息苦しくなってくる。
「あらあら」とカミーユが呟いた。私の後ろにある扉に視線を移す。
「オリヴィエね」




