三十六章 終幕
悪夢を思い出す。
悪夢の中の病室で生命維持装置に繋がれていることに気づいた私は、必死にそれを取ろうとした。
いつまでも夢の中にいたかったから。それが繋がっている限り、夢の中に帰ることはできないと思ったから。
その悪夢をオリヴィエに食べられた。悪夢は消滅した。夢の中の世界での悪夢とは現実だ。それを組み合わせて考えると、私は現実を失ったことになる……。
こいつのせいで、私は帰る場所を失ったのだ。
私の悪夢を食べるオリヴィエを見た瞬間、私の体の内側から沸き上がった言葉。帰る場所を失う。私は現実を失った。それが意味することはなんだ。
一拍遅れて、状況を理解した私は膝から崩れ落ちた。ああ、そうだ。そうだったのだ。ここに来るまで何で気づかなかったのだ!
オリヴィエは悪夢を食べることで、私が異世界の食べ物を口にしてしまったことを、知らせているのではなかったのだ。
あの夢の中の世界での儀式とは、私のこれからの運命を決めるもので。
私が現実に戻ることができるか、できないかを決定づけるのが、あのワインと林檎だったのだ。どちらかでも体の中に流し込み、私の体がそれを受け入れてしまったら、私はもう現実に戻ることはできない。
逆にどちらも吐き出すことができれば、現実に戻ることができる。
私の体はワインを受け入れた。あの時点で、私は現実に戻れないことが決定した。だからオリヴィエは悪夢を食べたのだ。現実に戻るという選択肢を、私から奪ったのだ。
悪夢が、現実が、消滅したのと同時に、私を生かすための生命維持装置は切られた。恐らく、母と医者の判断によって。
現実の私は死んだ。死んだ者に夢を見ることはできない。
待ち受けているのは闇だけだ。カミーユも双子もオリヴィエもいない、ただただ底なしの闇。自分の存在を認識することすら不可能な闇が、私を手招きしている。
床が崩れる。母には見えていない床の裂け目に呑み込まれる。咄嗟に母に向かって伸ばした腕が空を切る。
一瞬見えた母の顔は、とても満足気だった。さっきまで見開いていた目を和らげて、唇には薄っすらと笑みさえ浮かんでいる。
……ああ、そうなの。
小さな声で呟く。
私も、母を真似て薄っすらと笑ってみせた。
私の生命維持装置を切ったことが、私が死んだことが、貴方にとってはそんなにも心安らぐことなの。
私は貴方をずっと追い求めていたのに。夢の中の世界でさえ、悪夢に魘されて。
それなのに貴方は、こんなときでさえ私の手を取ってはくれないのね。
私は落ちていく。終わりの見えない闇へ、死の香りで満たされた何処とも分からない場所へ落ちていく。
永久に明けない闇に狂い続ける。




