三十四章 頂上の部屋
塔の頂上まで続く螺旋階段は、ひどく暗い上に冷えていた。
窓代わりの小さな穴から射しこむのは闇ばかりで、足元すら照らしてくれない。一歩踏み外せばそのまま落ちてしまいそうな暗闇の中で、冷たく凍えている石の壁に手をつきながら、私は一段一段踏みしめて登っていく。
頂上に双子がいるとは思っていなかった。この塔は、私を夢の中から現実へと戻す、いわばワープポイントなのだ。そんな場所に双子が、夢の中の世界の住人である彼女らがいるわけがない。
なら、私は何を目指して登っているのか。納得できるような答えはなかった。
カミーユが連れてきたから。リーンとリースが導いたから。オリヴィエが塔の中に私を入れようとしていたから。そんな他人任せの理由ばかり思いつく。
……オリヴィエ。あの末っ子の正体を、私はもう分かっていた。というより、今までの彼女の行動を思い返せば、答えは自ずと浮かび上がってくる。
ダイニングルームで。彼女は泣いて私を気絶させることで、私がこの世界の食べ物を口にしないようにした。彼女のおかげで、私は夢の世界に囚われずに済んだ。
塔の前で。彼女は私を塔の中に入れようとした。結果的に私は逃げ出してしまったけれど、彼女は私を現実の世界に戻そうとしていた。
儀式中、別館で。彼女は私の悪夢を食べた。私はこの行為を彼女の悪意の現れだと受け取ったが、違った。彼女は知らせてくれていたのだ。私がこの世界の食べ物を口にしてしまったことを。元の世界に完全に戻る可能性が、薄くなってしまったことを。
彼女は、私が完全に夢の世界に浸ってしまわないためのストッパーだった。だからこそ、私は彼女を恐れていた。以前の私は現実に戻る気なんてなかったから。夢の世界でずっと生きていたかったから。
その彼女を、私は殺してしまった。彼女がいない夢の世界で、何が私を待ち受けているのだろうか。
私は、気が遠くなるほどの螺旋階段を上り終えた。掌も足の指も凍っていたが、全く気にならなかった。乱れた息を整えようともせず、私は目の前に広がる空間を眺めた。
白い壁に白い床。天井も染め上げたように真っ白だ。
広々とした空間は、息苦しいほどの静寂で満ちている。時折蝉の鳴き声が聞こえるが、窓ガラス越しに届く声は今にも潰れそうなほど弱弱しい。部屋全体がじっとりと湿っていて、立っているだけでも肌に汗が滲んでくる。
部屋の中央にはベッドが置かれている。
そこには一人の少女が横たわっている。ベッドも、少女も、綺麗に整えられている。何本ものチューブが、ベッド脇の機械に収納されている。
見覚えがある。しかし色んな箇所がちょっとずつ違っている光景。これは、この部屋は……。
「私が見ていた悪夢……?」
そして、オリヴィエが食べた悪夢でもある……。
あの悪夢は壊されたのではなかったか? なぜ塔の頂上にこの部屋があるのだ。あの少女は、ベッドに横たわっている少女は……。
私だ。あの少女は私だ。
直接火に炙られたことで、真っ黒に染まった皮膚が剥がれ落ち、鼻が崩れ、唇はめくれあがっている。
この世のものとは思えないほど醜い姿(私は醜い。それは焼身自殺する前からそうだった。醜い自分の顔を鏡に映す代わりに、私は絵画や小説や音楽、映画といった「美しいもの」にのめり込んだ。「美しいもの」に身を浸すことで、一瞬でも自分の醜さを忘れたかったのだ……)を曝して、ベッドに横たわっているのは間違いなく私だ。
後ろを振り返る。今まで私が登ってきた塔の螺旋階段は、完全に消え失せていた。
代わりにあるのは、これもまた真っ白な横開きの扉。細く開いた隙間からは、廊下を行き交う看護師や患者の姿が見え隠れしている。
私は愕然とする。再び、ベッドの中の少女――私を見た。
ここは現実……?
ここはどう見ても、病院だ。私が悪夢で見ていた病室だ。夢の中の世界で、悪夢とは現実だった。
塔の頂上に辿りついたことで、私は夢の中から帰ってこられたのか。
しかし、この違和感は何だ。何か大切なことを見落としている気がする。とても重要なことを……。
「……誰?」




