三十三章 最後の塔
五分とかからなかっただろうか。
あれだけ遠くに見えていたのが嘘のように、私は石畳の道を辿って、塔の扉の前まで来ていた。
見上げれば首が痛くなってしまうほどの高さを持つ塔は、薄暮の闇に覆われている。
石造りの側面がしっとりと濡れていた。所々に空けられている窓代わりの小さな穴からは、色濃い闇が漏れ出している。
私は目の前の古びた扉を、不思議な気持ちで眺める。
一週間前の晩、カミーユにここに連れて来られたときに、私はオリヴィエと会った。土を口に詰め込んだオリヴィエは、扉の前に立つ私の後ろから迫ってきた。
そうだ。彼女は、扉の前に立つ私の後ろにいた。彼女は私を塔の中に入れようとしていたのだ。
それに対して、私は彼女から逃げようとした。彼女がこの場所にいることを、彼女が自分を追ってくることに、私は本気で恐怖を感じていた。
逃げようとした私が扉を開こうとすると、ドアノブは動かなかった。オリヴィエを見つける前は、確かにドアノブは動いたのにも関わらず。
今なら理由がよく分かる。
私はあのとき、現実よりも夢の中の世界にいることを望んでいたのだ。ここが夢の中の世界であることを自覚していなくても、私は無意識のうちに、この屋敷でずっと過ごすことを、カミーユと双子とずっと一緒にいることを願っていた。
ここは私が作り上げた世界。その願いに私自身が気づいていなくても、私が願っている限り、その願いは世界に反映される。だからドアノブは動かなかった。塔に登ることは出来なかったのだ。
あのときはまだ猶予が残されていた。私の無意識の願いが、この世界にすぐに反映される程度には。
今は違う。カミーユは消えた。死んでしまった。私は彼女と永遠に一緒にいることを望んでいたにも関わらず。
タイムリミットが迫っている。
それは私がワインを飲んでしまったあの瞬間から、オリヴィエが私の悪夢を食べたあの瞬間から、決まっていたことなのだ。
ここが夢の中の世界である限り、この世界は永遠には続かない。必ず終わりが訪れる。その終わりがどのように訪れるのかは分からない。
行きつく先は楽園か地獄か。それを決めるのは私自身だ。
ドアノブを握る。氷のように冷たかった。
二度目に開ける扉は古く、重く、軋んだ音を立てている。細く開いた隙間に自分の体を滑り込ませようとしたときに聞こえたのは、鈴のように軽やかな声。
「シオンお姉さま」
見上げると、側面の穴から双子が顔を出していた。リーンにリース。体が繋がっている彼女らは器用に腰をねじり、小さな穴から顔を二つ出している。
いつ見ても、その顔は人形のように整っている。
「ここまで来てくださったのですね、シオンお姉さま。もうすぐ五時です。かくれんぼが終わる前に、私たちを捕まえてくださいな!」
「頂上のところで待っていますわ、シオンお姉さま。さあ、早くいらして!」
ああ、やはりここは夢の中の世界なのだと、白い肌を輝かせて笑う双子を見て思う。
花を纏った乙女も、あまりにも可憐なシャム双生児も、自分の薬指をうっかり食べてしまう盲人も、現実にいるわけがないのだから。




