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ザムザ  作者: 塩崎栞
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三十二章 行くべき場所

 中庭は、花々の強すぎるほどの香りに満たされていた。

 シャガの花、スズラン、ダチュラ、クリスマスローズ……。

 空間いっぱいに花弁を広げている花たちを、私はワンピースの裾をつまんで、一つ一つ踏み潰していく。足の裏で潰れた花は甘い汁を分泌し、一際鮮やかな芳香を放つ。


 かくれんぼは行き詰っていた。


 双子が隠れそうな場所を重点的に探してみたが、あの美しいシャム双生児はどこにも見当たらなかった。焦っているうちに時間だけが過ぎ、残り時間はすでに十分となっている。これから屋敷中の部屋を見て回るなんて、試すまでもなく不可能だ。


 最後に淡い期待を胸に抱きながら、中庭に来た。

 

 一週間前の晩、私はここで双子が夢遊病のように歩き回るのを見た。ワンピースの裾が翻るのを見た。 

 小部屋にカミーユが現れたのなら、双子も中庭にいるのではないか。そんな単純な考えだった。


 中庭には私しかいない。双子を見つけることはできない。


 別館が静かに聳え立っているのが、ひどく不気味だった。冷たい石造りの外観は昨晩の姿と同じだが、私はあの中に赤ん坊の死体があることを知っている。


 その盲目の赤ん坊は、どうやら私の敵ではなかったらしい。


 私は視線を別館から逸らす。まだ直視できない。死体を弔わなくてはいけないことも、あのままではオリヴィエがあまりにも可哀そうなことも理解している。理解しているのだが、足が前に進まない。


 自分より弱い存在に、自分の家族に、ナイフを突き立てた感触は私の首をゆっくりと絞めてくる。


 別館に背を向けると、一筋の光が目を貫いた。

 あまりにも眩しい光に、私の体は平衡感覚を一瞬失う。ぱちぱちと瞬きをしても、一直線に差し込んだ光の筋の残像は中々消えなかった。


 あの光は何だったのだろう。今は夕方で、太陽は日中のような明るさと勢いを失っているというの に……。


 光が飛んできた方を見ると、屋敷から見てちょうど一時の方角だった。


 一時の方角……聞き覚えがあった。


 見上げた先にはあの塔が、夕焼けに染まる空を刺すようにして建っていた。どこか古風で、どこまでも忠実な中世のヨーロッパの騎士を彷彿とさせる……。一目見たときから気になっていた、屋敷の敷地外の建物……。


 一週間前のあの晩、私が辿りつきこそすれ、扉を開けることはできなかったあの塔の先端が、日光を反射して煌めいている。私を呼んでいるかのように、目印となっているかのように。


 ――必要なときがきたら、きっとあの塔の頂上へ登ることができるわ。


 カミーユは言った。彼女が嘘を言うわけがない。扉を開けることができなかったあの晩は、本当に必要なときではなかったのだろう。


 今は? 今は本当に必要なときではないのか。


 行くか、行くまいか、心が揺れた。あの塔は屋敷の敷地外だ。行くだけでそこそこの時間を必要とする。少なくとも、今から十分で行って帰ってこられるわけがなかった。


 制限時間を過ぎたら当然、かくれんぼは私の負けとなる。負けになったら、私はどうなるのだろう。どんな結末が待っているのだろう。そもそも双子は一体どこにいるのだろう。


 疑問符に頭が満たされ、身動きが取れなくなっていたときだった。


 ひらりと、花々の向こうで何かが動いた気がしたのは。


「あ……!」


 思わず声が漏れる。ひらひらと動くものを必死に目で追いかけた。

 白い、フリルがついたワンピース……。腰のところで不自然に縫合されている……。双子がいつも着ているもの……。


 視界に映るのは花々の間を舞うワンピースの裾だけで、双子の姿はどんなに目を凝らしてもなかったけれど、そこにいるのはリーンとリースだと確信できた。


 この光景は、あの晩と同じだ。夢遊病のように中庭を歩いていた二人。あのとき彼女らは、月光が届かぬ闇へと消えていった。


 今は塔がある方向へ向かっている。

 私は塔に行くべきなのだ。


 ぎいっと、何か重たいものが動く音がした。

 屋敷内から聞こえてくる音はひどく億劫そうで、まるで本来は動かないものを無理やり引っ張ったかのような感じだ。じゃらり、と鎖が落ちるような音がそれに続いた。


 一連の音は玄関ホールから聞こえてくる。


 ……ああ、なるほど。そういうことか。


 テラスから屋敷内に入った私は、玄関ホールを挟んで向かいの玄関扉を見る。

 見えない鎖が巻き付いているような様相を呈していた扉は、威厳は保ったまま、明らかに重苦しさを捨てていた。積もっていた埃もいつの間にか取り除かれ、自分の役目を果たすときを待っているかのようだ。


 玄関ホールを横切って扉の前に立った私は、ゆっくりとドアノブに手を伸ばした。浮き彫りが施されているそれは冷たかったが、不思議なほど私の掌にすっぽりと収まった。

 ドアノブはがちゃりと音を立てて回った。体重をかけると、扉は軋みながらも確かに動いた。


 今まで一度も使われていなかった玄関扉が、開いた。


 私の目の前には、屋敷の玄関から塔までを繋ぐ石畳の道がくねくねと曲がりながら伸びていた。


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