二十五章 リフレクション
砕けたドールハウスは埃をかぶっている。
せめてテーブルの上に戻しておこうと手を伸ばしたとき、私は周りに散らばっているミニチュアの家具たちに見覚えがあることに気づいた。
本や画集がぎっしりと詰まった本棚。大量の資料が置かれたテーブル。びっしりとイラストが描かれた紙の束や、年代物のレコード。鈍い銀色に光っているこれは、映画などを見るためのメディアプレイヤーだろうか。
ドールハウスの内部も見てみると、壁紙や床にも既視感。
これは、悪夢に出てきたあの少女の部屋ではないか?
メディアプレイヤーに映る映像を凝視して、必死に何かを得ようとしていた少女。最後には「誰か」によって完全に壊され、崩された部屋の主の。
なぜあの少女の部屋がドールハウスになっている? これは確か極東のある国の住宅をモデルにしていたはずだが……。
そういえば、と私はあの悪夢を思い出す。儀式の一週間ほど前から見ている悪夢の光景は、すぐに頭の引き出しから引っ張り出すことができた。
私は悪夢の中で、あの少女を、あの部屋を慈しんではいなかったか。愛おしいと、あの少女と話がしてみたいと本気で思っていた。あの部屋に行ったことも、あの少女に会ったこともないはずなのに……。
……本当に?
目の前のドールハウスを見る。私がこの部屋を見つけたときから、ドールハウスはテーブルの上に置かれていた。私はこれに懐かしさをかんじてはいなかったか。温かさを見出してはいなかったか。
私は悪夢以前にこの部屋に行ったことはないか。
瞬間、ある光景がフラッシュバックした。電撃のように何か明るいものが脳裏を走り抜け、鮮明な映像を残していく。
私は燃え盛る火の中にいた。顔も腕も足も胴体も火に呑み込まれ、意識も朦朧としている中、私は火の向こうの自分の部屋を眺めていた。
幼い頃から貯金をためて、こつこつ集めていた収集物。画集も小説も映画もイラストもレコードも、私と同じく火に呑まれていた。全て焼き尽くされていた。私の宝物たちが灰と失せていくのを眺めながら、私は満足だった。
だって自分が思う「本当に美しいもの」と共に死ねるなんて、これほど光栄なことはない。
私は火の中でうっとりと微笑む。私の大切なものたちを燃料としてますます燃え盛る炎は、目の前まで迫ってくる。
そこで映像は途切れた。
スイッチを切り替えたように、意識が小部屋に戻る。呼吸が乱れていた。私は喘ぐ。どうして今まで気づかなかったのだろう。
このドールハウスのモデルは、悪夢に出てきた少女の部屋だ。そして、その少女とは私自身だ。
「誰か」によって自分の世界を破壊されて、絶望した悪夢の中の少女は、過去の私だったのだ。
頭を強く殴られたような衝撃。まさかあの少女が私なんて、でもそうとしか考えられない。あの少女を見て、自分がかつて何かに打ち込んでいたことを思い出したのも、あの少女が描いたイラストに双子とカミーユがいたのも、だから当たり前だったのだ。
カミーユと双子は私が作り上げた、架空のキャラクターだ。
自分が「美しい」と思うものを詰め込んだ、理想の究極形。何枚もイラストを描いて、何通りものデザインを試して、ようやく出来上がった、私にとっての完璧な作品であり、神であり、血を分け合った姉妹でもあるのが、あの二人だ……。
では、さっき脳裏に浮かんだあの映像は? 自分で火を用意したとはどういうことなのか。あの少女、つまり過去の私は「誰か」とどういう関係なのか。肝心なことは思い出せない。
私が意識的に消していた、この屋敷に来るまでの記憶。今の映像と深い関係があるはずなのに、もう少しのところで出てこない。
頭をかきむしる。ぷちぷちと髪が抜ける音がした。
「シオン」
そっと後ろから、誰かの手が私の手に重なる。その手は死体のように冷えている。私はこの温度の手の持ち主を知っている。
「あんまり髪をかきむしってはだめよ、痛んでしまうでしょう」
私の後ろに座っているカミーユは、細い指で私の髪を梳かした。その透き通った声に、抑揚のない話し方に、それにしてはあまりにも優しい触れ方に、私は安堵を通り越して泣きそうになってしまう。
そっと彼女の名前を唇に乗せた。




