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ザムザ  作者: 塩崎栞
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二章 かくれんぼ

 レンブラントの傑作「夜警」に描かれている少女と目が合うと呪われるらしい。


  どこで聞いたのか。出所すら分からない噂だ。それでもこうして絵画を眺めていると、ソファー越しでさえぞわりとした圧を感じる。

 まだ少女と目が合っていないのにこれなのだから、目が合ってしまったら私はどことも分からない場所に放り出されてしまうのだろう。


 美しいものは人を心地よくさせるが、あまりにも美しすぎると恐ろしくなる。

 だからこそ真の美しさを人は求め、同時に拒絶する。人によっては、全てを捨ててでも得ようとする。


  以前、姉に言ったことがあった。

 美しいものに出会わずに正気のまま死ぬなら、狂ってでも本当に美しいものに出会いたい。


 大袈裟ね、なんて笑っていたけれど、私がすでに狂っていることに彼女は気づいているのだろうか。


「シオンお姉さま」


 不意に妹の声が響いた。取り留めのない思考が霧散する。

「…… おかしいわね。どこにいらっしゃるのかしら」

 何もかもが石造りの屋敷の中で、廊下の音は特によく響く。扉越しでさえ、こっちに来ていることが音の反響からはっきりと分かった。私は慌ててソファーの影にうずくまる。

 動いた拍子に、床の埃がぱっと舞った。

 音を立てないように注意しながら、耳を澄ます。

 愛しい双子の妹たちは、頭の先からつま先までそっくりだ。声も勿論例外ではない。姿を確認しない限り、どちらがどちらか声だけで判断することは難しい。

 すぐにもう一人の声がした。


「シオンお姉さまは、隠れるのがお上手ね。このままではアフターヌーンを逃してしまうわ。どうしましょう、リーン」

「あわてることはないわ、リース。ダイニングへ行ってみましょう。テーブルの下はまだ覗き込んでいないでしょう?こんなに広い屋敷といっても、隠れるのには限界があるわ。

きっともうすぐ見つかることよ」

「あら、その通りだわ。それにテーブルの下を覗くなんていい考えね、リーン」


 くすくす。

 クスクス。

  笑いあう声。直接その姿を目にしていなくても、眉の上で切り揃えた前髪を揺らし、白い肌を寄せ合う妹――リーンとリースの姿が鮮やかに想像できた。

 私より五歳幼い双子の声は、鈴が鳴るように軽やかだ。

 同じように体も、背中に羽が生えているようで不自由さを感じさせない。


「じゃあ、行きましょうか、リース」

「ええ、リーン」


 双子がいつも履いている赤いヒールの音が、ことりことりと遠ざかっていく。二人の足音はぴたりと重なり、遠くから聞けば一人の人間が歩いているようにしか聞こえない。

  私は丸めていた体を伸ばし、ほっと息を吐いた。


 昼食からアフタヌーンまでの長い退屈時間を潰すために、私たちはよくかくれんぼをする。提案するのはいつだって双子だ。

 楽しいことが大好きな彼女らは、かくれんぼに独自のルールを追加した。いわゆる賭けで、隠れた人が時間以内に全員見つかるかを最初に予想する。制限時間は午後三時から五時までの二時間。お金なんてものはこの屋敷にはないから、賭け金はアフタヌーンに出される紅茶とお菓子だ。

 私は「全員は見つからない」に必ず賭ける。

 物心ついたときからずっと住んでいるこの屋敷は、次女の私でさえ、把握している部屋より把握していない部屋の数の方が多いほど広い。

  屋敷の全ての部屋を回ろうとしたら何時間かかるのか、考えるだけで恐ろしい。それほど敷地は広大だ。


 だからか私も双子も、そして他の姉妹も、この屋敷の敷地外から出たことがなかった。日光を取り入れるための窓でさえ、とても高いところに設置されているから、外の景色なんて見えるわけがない。

 そのことに不自由を感じたことはなかった。

 敷地の外に出ずとも、ここには姉妹がいて、まだ見つかっていない部屋がいくつもあって、かくれんぼをするにも困らない。十分だ。


 それに、外にはろくでもない奴らばかりがいることを私は知っている。それに自分が深く傷つくだろうということも。


 どうして知っているのだろう。外に出たことはないのに。

  本か何かで読んだのだろうか。


「シオンお姉さまぁ、もういいかぁい」


 双子の声が遠くに聞こえた。私はなるべく大声で「もういいよぉ」と返す。

 かくれんぼに参加するのは、いつだって双子と私だ。というより、姉のカミーユは食事の準備で忙しいし、末っ子のオリヴィエはまだ一歳にも満たない赤ん坊だから、双子の相手をするのは必然的に私になる。たまにカミーユが加わることもあるが、基本的に三人で行うこの暇つぶしを私はひどく気に入っている。


 今日も、かくれんぼが始まってすぐに私はこの部屋に来た。


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