十二章 盲人と獣
赤ん坊が土を食べている。
じゃりじゃりと音を立てて、口いっぱいに土を頬張っている。その真ん丸とした腕も足も黄土色に汚れ、ワンピースもあちこちが破れている。
赤ん坊の両目は潰れている。潰れた目が私の顔を真っ直ぐに見ている。
くらりと眩暈がした。
「オリヴィエ……!」
今にも発狂しそうだった。一歩下がり、塔のひんやりとした扉に体を押しつける。
じゃりじゃりじゃり。
オリヴィエ――盲人の末っ子の咀嚼音が大きくなる。口に入りきらなかった土の塊がぽろぽろ落ちていく。短い腕と足を動かし、四つん這いのままこちらに近づいてくる。
何で。何でお前がここにいる。ここは屋敷の敷地外で、私以外誰もいなくて、そもそも私ですらカミーユの助けを借りないと来られないような場所で。
それなのに何でお前がここにいる。
手探りで扉の取っ手を掴み、力任せに下げようとした。動かない。鍵がかかっているかのように、びくともしない。
私は泣きそうになる。
どうして。どうして開かないの。
あと三歩ほど歩けば触れてしまいそうな距離まで、オリヴィエは近づいていた。咀嚼音がはっきりと聞こえる。くちゃくちゃと土と唾液が混じりあう音もする。
潰れた目と目が合っている。
喉から悲鳴が迸る。私はがむしゃらに走り出した。屋敷へ帰る道なのか、方角は合っているのか、何も分からないまま月光の中を駆ける。
木々の枝が皮膚に突き刺さる。蜘蛛の巣が顔に貼りつく。花の棘が刺さった足裏から血が流れる。それでも止まることなく走り続けた。止まってしまったら、後ろを確認せずにはいられなくなる。
もし視界にオリヴィエがいたら。私は今度こそ本当に発狂してしまう。
月の下を走るうちに、私は人間から獣の姿へと変化していく。手を地面につけて、四つん這いで駆けていく。破れたワンピースが風に攫われていく。いくらか軽くなった私はより速く、より力強く地面を蹴る。ぼろぼろになっていた足裏が、いつのまにか柔らかい物体に包まれている。
自分がどこにいるのか、もう分からなかった。
だだっ広い草原に出たところで、月に向かって遠吠えを上げた。しゃがれた醜い声が、反響して跳ね返ってくる獣の声が、自分のものであることを自覚する。数えきれないほどの涙が毛を伝っていった。
その後、自分がどう屋敷に帰ってきたのかを私は覚えていない。
気づいたら、ベッドの薄い毛布に包まれていた。硬い枕に頬を押し付けて、薄く目を開ける。ひどく疲れていた。視線だけを動かし、石造りの寒々しい一室が、屋敷の私の部屋であることを確認する。
帰ってこられた。どことも分からない、それこそ悪夢のような場所から。
安心すると同時に、猛烈な眠気に襲われる。
泥のように眠った。




