十章 秘密と空白
どきりとする。一歩下がって、それでも気になって恐る恐る目を凝らすと、やはりひらりひらりと何かが動いていた。
淡い紫で、フリルがたっぷりついていて、二人用の服を無理にくっつけたような歪な形をしている。
一瞬遅れて、双子がいつも着ているワンピースだと気づく。腰が繋がった彼女たちは、服も腰の部分で結合している。
リーンとリースがそこにいるのか。
双子のワンピースの裾が風に舞った。暗闇から双子の二人分の腕、足、胴体、顔が徐々に浮かび上がってくる。舞台のライトが一気に点いたかのように、双子は中庭に登場した。
双子は私の前を歩いていた。私からみて左方向に一直線に進んでいるから、私の位置ではリーンの横顔しかみえない。
それでも彼女たちの口がしっかりと閉ざされ、前方のある一点だけを見つめた状態で、ぴたりと足並みを揃えて歩いているのが分かった。
彼女らも散歩だろうか。それにしてはいつもの愛らしい声も会話も聞こえないし、何より表情が全く動かない。
いつもの双子は人形のように可愛らしい少女だ。それが今は全く生気を感じない。それこそ生命を持たない本当の人形になってしまったような。
双子の足取りは一定だ。立ち止まることも、つまずくこともなく、浮くようにしてどこかへ向かっている。
夢遊病。
その単語が脳裏をよぎった。双子がそうであることは今まで一度も聞いたことがない。勿論、見たことも。
……私は記憶能力に欠陥がある。忘れているだけではないのか、と問われたら反論することができない。
見たことが、聞いたことがあっても、記憶の空白の中に消滅してしまっているとしたら。
そんなことを考え始めたら、私は何も信じられなくなる。
私の目の前を通り過ぎていく双子を呼び止めることも、目を覚まさせることもできなかった。ただ見送って、そしてようやく双子の足音が全くしなかったことに疑問を抱く。月光が届かない暗闇に消えていく双子の足元を見ると、いつも履いているはずの赤いヒールが見えなかった。
裸足。あの子たちがたとえ屋敷の中でさえ、足に何も纏わないはずがない。
……だとしたら、やはり。
微かな絶望と共に事実を受け入れて、同時にぞっとする。この屋敷には秘密がある。それはずいぶん前から分かっていた。しかし、秘密を隠し持っていたのは屋敷だけではない。全てを知っていると過信して、長年一緒に過ごしてきた家族の病にすら私は気づいていなかった。
いや、それだけではない。
本館の二階を仰ぐ。小さな窓が一列に並び、ガラスが月光を反射していた。私たちのプライベートルームの窓だ。カミーユの部屋は一番奥まった位置だから、窓も一番左にある。天井近くにある、外の景色なんてとてもじゃないが覗けない窓だからそこに人なんているわけはないのに、私はカミーユの姿を探してしまう。
あの双子ですら秘密があったのだ。もしかしたらカミーユにも。
いや、私自身にもあるのかもしれない。私でさえ思いもよらないような秘密が私の中に……。
私の中には闇がある。その闇には正体の分からない何かが巣食っている。それが私の記憶を喰らっているのではないか。だから私は大事なことを知らないのではないか。
足元の地面が崩れていくような感覚。今まで見てきた、感じてきた世界の質量が一気に軽くなる。
私が今まで記憶してきた世界は、何らかの修正が、何らかの侵略が加えられた世界だ。私が何を忘れてしまったのか、心に巣食う化け物は一体何を破壊したのか。
それが分からない限り、私は白昼夢の中を彷徨い続けることになる。虚構の現実に生き続けることになる。
そこに双子やカミーユはいない。彼女らは、少なくともカミーユは全てを記憶しているのだから。全て分かっている彼女らが見る世界は、私とは異なっている。
目の前が黒く塗りつぶされていくようだった。宙ぶらりんの空間の中で、私は呼吸することさえ苦しくなる。
そのときふっと、可憐な声が頭に響いた。
――髪飾り、やっぱり貴方に似合うわね。
美しい姉の、花を纏った乙女の声。
カミーユお姉さま。




