我ら生き征くが為に生を想い
「はー。もういつもエンジン掛かるの遅いんだから」
「はい、あれでこそウミカちゃんです」
そんな、走りながらやれやれといった肩をすくめるシノハに同意するユイナ。
そして、零型の読み通りフルクウェールの囮となったオトギとウミカ、そしてユイナとシノハ側の両方を追うため、触手を分裂させる。変わらず向かってくるがその速度は先程より落ちている。
「はい、そこを左、下に。もうすぐです」
「おっしゃー! ラストスパート!」
通路を抜け、部屋に入り、階段を降りる。城の外部に当たる場所らしく、窓と、開いた扉から外の景色が見える。扉からバルコニーに抜けそこから繋がる壁上の細い一本道の長い空中回廊とも言うべき歩廊の先。そこに塔が建っており、出入り口には零型と会った部屋の扉と似たような扉が設置されている。
「あの塔の内部が倉庫です」
「おっけー!」
バルコニーに出ようとする二人。
しかし、そこには、それを阻むように壁の下からフルクウェールの死骸がバルコニーに踊り出ようとぐちゃぐちゃと不快な音を立て端からせりあがっていた。
「ってもう来てる!?」
「本体から分離して分体が先回りしていたようですね」
バルコニーを下から包むように死骸は浸食してきており、先の歩廊にも死骸は湧き出している。
「ええい、こうなったら、先行ってユイナ!」
零型の下半身を置き、バルコニーに出るシノハ。歩廊に向かって、手りゅう弾を空中に投げ炸裂させる。すると、装飾程度の造りの欄干ごとせり出ていた死骸は吹き飛び、他のせり出そうとしていた部分も委縮する。
加えて、サブマシンガンを放ち、あちこちから向かってきている死骸を消し飛ばしていく。
「っ! 頼みます。抱えますね、零型さん!」
「はい」
ギギッと音が鳴り零型の関節は動き、ユイナが背負う形で零型は運ばれる。
シノハの傍を通り抜け、ユイナは歩廊を走る。後ろからはついに先程追いかけられていた触手が遂に現れる。
それを見て、シノハは通った歩廊を爆破する。いくらかのフルクウェールの体躯が地面へと落ちていく。
歩廊を吹き向ける風、かなり高い壁らしく地面は遠い。後ろから聞こえる銃声と爆音、肌を撫でる爆風。後ろを気にする暇もないため、振り返らずにただ走る。普段のユイナならばなんということはない、たった百メートル程の距離。
「……っ、はぁ。ぜぇ……」
しかし、零型という見た目以上の重量感を持つゴーレムを抱えていてはそうはいかず、その通路の半ばで足は遅くなる。浅く、漏れる息。汗がユイナの頬を伝う。
「おらぁ!」
シノハの威勢のある声の後、響く爆発音。塔までの歩廊、ユイナの後ろでは、ユイナたちの方へ向かおうとする死骸をシノハは蹴散らしている。
少しの間、止まったユイナだが、息を吸い、吐くと、再び足を動かし始める。しかし、壁伝いに這いフルクウェールは着実に追いつこうとしている。
「……これは提案ですが、いざとなれば、二人で私を置いて逃げてください。そうすれば、最終手段で私が自爆するので、皆さんが逃げる時間を」
「な、嫌、です! 自爆、なんて」
顔を真っ青にしユイナは提案を一蹴する。
「……私は人の為に生まれました。私の為に人が害するようなことがあっては」
「だからってそんな悲しいこと言わないでください! それじゃ、何の意味もないんです、私は嫌なんです」
息を切らしながら塔に近づいていくユイナ。突如、それを遮るように欄干の死角から死骸で出来た触手が傍に現る。
「ッ」
「甘いわぁ!」
しかし、触手はシノハの放った弾丸に消し飛ばされる。
「ありがとう、シノハちゃん!」
「次から、次へと……っていうかなんか段々増えてきてない!?」
脚を進めるユイナ。しかし、フルクウェールそのものがユイナたちの方へと集まっているのか、城の自体の死角から次々と這いだし失った部分を補填して、シノハが削っているにも関わらず段々と死骸は距離を近づけてくる。
「……貴方方、貴方は、どうしてそこまで」
「逆にそんな打算がないと駄目なんですか!? ……私はもう、何も守れないなんてもうまっぴらごめんなんです! 誰かに手を差し伸べてっ、一緒に笑い合えたのなら。それだけで私は良いんです……!」
「そーだよ、零型は深く考えすぎ!」
続いたサブマシンガンを打ち放つシノハの声。汗を流し息も絶え絶えになりながらもユイナは駆ける。
「ってヤバいヤバい、もう無理かも!」
攻撃もさほど意味をなさず、より体積を増し、勢いを上げ今にも襲い掛からんとするフルクウェール。
「……こんじょー!!!」
限界の体、それでも、ユイナは更に走る速度を上げていく。塔が眼前に迫る。
「後少しだよ、ユイナ!」
「……はぁ、零型さんの覚悟と考え、とっても真っすぐで素敵だと思います! でもそれだけじゃなくたってもいいじゃないですか!」
後方では零型を片手で持ち上げ押しながらシノハが片手のサブマシンガンで向かってくる触手を打ち落としていく。
「それがきっと生きるってことだから! そのためだけに、生まれたとしても! 例え、望まれて、なんかなくたって!」
前をただ向き走るユイナ、その目は汗が滲み視界がぼやけていても閉じることなく扉を捉える。
「……ユイナ」
「貴方は……魔力受信、扉、開放します。飛び込んでください」
零型の言葉と同時にすぐ傍まで来た塔の扉が音を立てて開く。
「大判ぶるまいじゃーーー!」
シノハは持っていたありったけの手りゅう弾のピンを抜き後方に迫るフルクウェールに投げつける。
巻き起こる爆風と音を立てて崩れる歩廊の一部、フルクウェールもまた爆発を喰らいその身を焦がす。
飛び込む三人、風に当てられ扉に吸い込まれるように入っていく。塔の中に横倒しに倒れるユイナと零型、シノハ。
「ぐへっ」
「施錠」
零型の言葉と共に扉はピピッと音を立て勢いよく閉まる。そのすぐ後に、強く叩きつける振動音が扉越しに響いた。
「ふへぇー、セーフ……」
「それで、どうすれば!」
「その台に載せてください。次は魔力を充填するために箱を探してください。銀色。十字のデザイン、大きさは頭一つ程です」
「ほいほい」
二人は零型を台に置くと指定された物を探し始める。塔内は倉庫になっており、いくつも並んだ棚に無造作に雑多に物が置かれ、上から動力不明の石のような光源が倉庫内を照らしていた。
「えぇと、これですか!?」
「それです。次は指示に従って、私と台を操作してください。中身を取り出して、その後は台に設置し……」
音を立てて零型の身体の機構が開かれ、台もカシャカシャとパネルを開きだす。そして、零型の指示に従い二人は零型の身体に組み込まれた機構の操作を開始する。
「装填認識、魔力が充填されるまで少々時間がかかります。……先程の話ですが、私にあるのなら……私の生きるとは何なのでしょうか。人の為に、それ以外があるのなら」
それは、今までのはきはきとした物言いではなく、どこか途切れ途切れに、零型は操作している二人に問いかける。
それを聞いてシノハはふっ、と笑う。
「もー、分かってないなー。それを自分で探すのが大事なんじゃん!」
それに釣られユイナも口元を綻ばせ。
「そうです。人の為に。それだってきっと、博士さんたちが零型さんに込めた最初のただありふれた何てことはない願いだったはずです」
「ていうか、本当にそういうロボット望んでるなら心とか作らないっしょ!」
その無機質な機械仕掛けの零型の瞳。
「……」
「零型さんのしたいことは何ですか?」
「私は……」
紡がれ出す言葉。その時、二人にはその零型の瞳に映る光が灯ったかのように見える。それはまるで、灯が激しく燃えるかのように。
「私は……街だけじゃなく、世界を、見てみたい。もっと、たくさんの、博士が見た景色を私は知りたい」
「! なら、これからたくさん見ましょう! 一緒に!」
打ち明けられた、思考の奥底に眠っていた零型の願い。それに強くユイナは応える。同時に充填が終わったらしく、音を立てて露出していた零型と台の機構は収納されていく。元の普通の少女と遜色のない身体へと戻る零型。
「充填完了……ええ。零型、独自思考に基づき、提案を了解します」
「ちょっ、なんかヤバめなんだけど!」
シノハが窓を向き冷や汗をたらす。その窓に映る景色は塔を覆わんとする死骸、しかもそれだけではなく、孔のような場所から光が集まっていき、同時に倉庫内が揺れ出す。
そして、光は球状に集まったかと思うと一層強く輝き───。
「───戦闘機装、開放」
それは閃光にも似た一撃。フルクウェールの死骸の体躯が放った光は塔を飲み込み、全てを崩壊させていく。閃光と轟音が終わった後、塔とは到底言えない残骸のそれは辛うじて残った土台を残し、地面に落下していく。そして煙の立ち込める中、フルクウェールはその死骸の体躯をゆらゆらと動かす。かつてあった生き物としての本能だけしか残っていないにも関わらず。まるで思考を介し、本来あった何かを探すように。死体も何も残っていない塔跡を疑問に思うかの如く。
そして。その体躯はやがて何かに気づいたかのように止まり、もたげていた体躯を上に。まるで、何かを見上げるかのように。
「防御術式展開、異常無し。並びに飛行術式展開に異常無し。機能良好、操作、駆動系統等々全て良好」
それは風に包まれるかのように。声の主は空と一体になったかのように大空を舞っていた。
「す、凄い……」
「わー! すごー! 飛んでる、空!」
「防御術式、解除」
空中に浮かぶ、球状に構築された半透明の正多面体が消える。
その中心にいた首にしがみつくユイナとシノハをぶら下げながら二人を抱える零型。フルクウェールから距離を取るため高度を上げ、空中を飛翔する。
零型の背中から生える透き通るような機械と組み合わさった光の翼、脚部の先の魔方陣からはまるでジェット噴射の如く光が噴き出ている。そして、服までも様変わりし、服は消え、その代わりに足や手を中心に装甲とも言うべき、機械としての面が露出したような鎧と肌が一体化したかのような見た目に変わっている。
その様子にシノハは今日何度目かの、目を輝かせる。
「ってなんかいろいろ変わってない!? この世界にもあるんだ! こういうの! ねぇユイナ!」
「えぇ……それは」
「『戦闘機装』、有事の際の戦闘を行うための複合魔法構築術式。───これが私の奥の手です」




